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ゆい城 美雲さん

お目にかかれて光栄です。 まだまだ未熟者ですがよろしくお願いします。 太宰治の富嶽百景が好きです。 コメントや評価、とても嬉しいです!お返事が遅くなることがありますが、ご了承ください。

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予報士

15/05/19 コンテスト(テーマ):第八十三回 時空モノガタリ文学賞 【 時間ぎれ 】 コメント:2件 ゆい城 美雲 閲覧数:2172

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「妊娠したから、学校辞める」
端的に、かつシンプルに、夜子さんは呟いた。彼女の細っそりした指が弄ぶシガレットホルダーに、街灯の光が乱反射している。それに気を取られながら、私は手短かに、「そうなの」と言った。夜子さんは肩頬を吊り上げて、あんたのそういう興味なさそうなとこ、好きだよと言う。もう一度、そうなのを言いかけて、考え直して、「ありがとう」と呟く。そこで静寂が訪れて、虫が飛び込む街灯の光を、2人で見ていた。
「子ども、欲しかったの?」
不意に口をついた。夜子さんを心配して、とか、否定といった気持ちは少しもなく、ただ、聞いてみたかったのだ。
「別に。でも、そろそろかなって、思ってたよ。不思議だけど、なんか、そんな感じ」
「もう、お母さんになるの」彼女の形のいいおでこを見つめながら聞いた。
「やめてよ。お母さんにはならないよ。あたしはいつでも夜子のまま」
子どもにも、そう呼ばせるわと夜子さんは笑う。父親のことは聞かなかった。多分、愚問だろう。
「あんたは、これから、何になるの」
白い煙が、彼女から出てくる。子どもを産むのも、煙を生むのも、簡単にこなす夜子さんは、ずいぶん遠くに立ってこちらを眺めているようにも思えた。
「わかんない。けど、そろそろ決まると思うよ」
今度は、夜子さんがそうなのと言った。逢う魔が時の優しい風が、私達の頬を撫でて、当て所なくどこかに歩いていく。煙が後を追いかけるように、擦り消えた。隣で、夜子さんは煩わしそうに制服のネクタイを解いた。第二ボタンのしたから、甘いお酒と背伸びしたJAZZが顔を出して、いまかいまかと、私を待っている。
「夜子さんといると、私、子どもすぎて、自分が嫌になることがある」
指のささくれを気にしながら言うと、夜子さんは目をぱちくりとした後、水を染み込ませるように、しっとりと笑った。
「早く成長する必要なんか、無いよ。ゆっくりでも、いいんじゃない。自分にあった歩調で歩いてるのが、一番すごい人よ」
「でも、遅すぎたら、置いてかれちゃうでしょ」発育不足なのだ、私は、昔から。
「誰に置いてかれるの。生まれたときから、あたしは、前にも、後ろにも、横にも、誰もいなかった。あんたは、いるの?」
少し考えてから、やっぱり誰もいなかったかもしれないと思った。ずっと忘れていた、大事なことを思い出したみたいだ。小さい頃集めてた、ガラスの宝石模型のような、きらきらした、小さいものに似ている気がする。彼女の名前はなんだっただろう。思い出せないことに、びっくりした。大人になるということは、自分に大切なものを、ぽろぽろこぼしながら歩くことを言うのだろうか。月光を当ててみても、子どもの頃に帰れる道標になど、なりはしないのに。そうしてこぼしたことも忘れて、白黒の日々を送るのだろうか。そうなら、大人になど、なりたくないものだ。
「たまにさ、考えるの。あたし、10年後は何してるのかなって。何してても、理想じゃなくても、許すことにするの。10年前の不甲斐ないあたしも、好きになれるようにするの」
夜子さんが右手で望遠鏡の形を作って、空を見上げた。
「なんで?」
私もつられて同じことをする。
「自分のしたことを、後悔するのって虚しいからよ。とやかく言う人はいるけど、子ども作ったことだって、10年後のあたしはきっと後悔しないの」
夜子さんが、珍しく真面目な顔をして、手の望遠鏡を覗いている。10年後の彼女が見えているのかも知れない。私の覗いた望遠鏡は、ただ空虚な空間を彷徨っているだけだ。

「これ、あげる。餞別」
話しかけられて、ようやく手を下ろすと、腕全体が痺れていた。そんなに長いこと覗いていたのか、と自分に苦笑した。
「ほら。早く」
もう一度、夜子さんが受け取るように催促した。
夜子さんの手には、煙草が一本あった。黙って受け取って、また、2人して街灯を見ていた。それで、もう二人には十分すぎるほどのお喋りだった。

次の日、彼女は学校に姿を見せなかった。先生は何も言わなかったが、きっと、本当に辞めたのだろう。
とっぷり日の暮れた教室で、長い旅路を行く彼女を見送るつもりで、餞別の煙草を咥える。火をつけようと、見つけておいたマッチをこすると、不完全燃焼を表すオレンジが灯った。先のほうの剥き出しの茶色に橙を近づけると、じゅ、と音を立てて色が混じるものの、一向に火は燃え移らない。しけているのだ。夜子さんらしい。
「しけてる」
声に出したら、面白くなってしまって、一人で笑った。陽気なダイイングメッセージのようにも感じたから。
役立たずの煙草を闇に放って、夜景を眺めると、ビルからもれる華やかな黄色は滲んで黒に飲み込まれ、私のパレットは夜に染まる。彼女の名前も、もうじき思い出せるだろう。なんとなく、今はそんな気がするのだ。


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このストーリーに関するコメント

15/05/20 つつい つつ

 目的も無く、行き先も無く、未来も見えなさそうな二人だけど、自分の歩く道はわかっているような気がして、希望を感じました。

15/05/28 堀田実

話に引き込まれました。面白かったです。

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