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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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海の中の森

15/05/18 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:1214

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 フランチェスカお嬢様は中庭で、色とりどりに咲き誇る満開の薔薇を愛でていらっしゃいます。
 おんとし十七歳のお嬢様もまさに今が花盛り。ボーンチャイナの磁器を思わせるような、きめ細やかな純白の肌。ヴェネチアンブロンドと呼ばれる赤みがかった豊かな金髪。薔薇でさえお嬢様を引き立てる小道具のようです。
 お嬢様の後から、孔雀がついてくるのはいつものことでした。お嬢様の十歳の誕生日にと、貴族でもあり、商人でもあるお父上が遠い印度の国にて買い求めた鳥。お嬢様だけに、なついていました。身体に鮮やかな青を身にまとい、勿論、美しい鳥なのでしょうけれど、広げたその羽の模様が目玉に見えるのです。目玉が私を睨んでいる。その不気味さに、いつまでたっても私は慣れません。
 今夜はフェニーチェ劇場でお芝居を観ます。わたくしもそれにお供しました。舞台の近くの桟敷席には貴族の方たちが座られます。未婚の女性に限らずお忍びでいらっしゃった人々は男女問わずマスクをつけるのです。二階、三階にいくに従って様々な階級の人々が混ざり、天井桟敷ではその熱気が渦巻いているようでした。お芝居の出来が良ければ歓声が沸き起こり、そうでなければ野次が飛び交い、芝居が中断されることもしばしば。今晩のお芝居も、一部の観客達にとってストーリーが納得出来なかったのでしょうか。天井桟敷を発端として始まった野次が伝播し、一時騒然となり途中で幕が降ろされてしまったのです。
「しばらくロビィに出ていましょう」
 私はお嬢様の後を追いました。一階席専用のロビィの椅子に座り、うっすらかいた汗をハンカチーフで押さえていらっしゃる時でした。鳥のくちばしを模した、顔の上半分だけの白いマスクを付けた殿方が近づいてきました。黒いマントをはおっています。両手にはアニスの香り漂う水を入れたグラスを持って。
 「こんばんは! ごきげん麗しゅう。今夜は湿気のこもる夜ですな。美しい花が水切れで枯れてしまっては残念です。遠慮は御無用です。あなたもどうぞ」
 殿方は、わたくしにも水を差し出しました。しばらく今夜のお芝居のことなど、お二人で楽しそうに語らっていました。
 カラン、カラン。お芝居が再開する鐘が鳴らされました。
「さあ、席に戻りましょう。今宵は思いのほか楽しいひとときを過ごせました。厚かましいようですが、またお会いできますかな。よろしかったらこのハンカチーフを受け取っては下さらないでしょうか?」
 少し考えてからお嬢様はそれをお受け取りになりました。薄絹の白いハンカチーフには水色の糸でイニシャルが刺繍してあります。P、と。殿方はピノと名乗りました。
「では、わたくしのも受け取ってくださいませ」
 Fと刺繍されたお嬢様のハンカチーフを、殿方は恭しく受け取りました。ハンカチーフは肌に近いという意味において、至極身近でプライベートなものであります。お互いのハンカチーフを交換するということは、私的な交際を示唆するものなのです。
 その日を境にお嬢様の密やかな恋が始まりました。小さな運河に面したお屋敷専用の船付き場にP様がゴンドラで迎えに参ります。しずしずと銀色の漣と共に運河に漕ぎ出でるさまは、まるでヴィッキオの絵画のように美しく、月の輝く晩などは、ため息が出るよう。お二人の逢瀬はいつも海の上でございました。
 ただあの孔雀が「キーキー」と騒ぐことがあって、その時ばかりは少し興ざめではありましたが。
 ――悲劇は突然やってきました。
 触れるだけで切れそうな、ぎりぎりまで研がれたナイフのような三日月の夜。お嬢様の為にと、P様は花火を用意されたのです。が、火薬が暴発し、火の塊となってゴンドラにいたお嬢様に直撃してしまいました。ぼうっ。火だるまになったお嬢様の髪。そのあと悲鳴と共にお嬢様は海に飛び込み、そのまま二度と浮かんでくることがなかったのです。なんとも、おいたわしいことでございます。
 不思議なことに、一緒に乗っていたP様も忽然と消えてしまったと、ゴンドラの漕ぎ手、ゴンドリエの男が証言したそうです。
 P様は、ホテルダニエリに長逗留しているトスカーナの材木商だと、以前お嬢様が申しておりましたのを頼りに、ホテルに問い合わせたところ、そういった人物は泊まっていないとの事でした。ピノ、は松の木を表す言葉。もしかしたら、P様は松の木の精だったのかもしれない、そんな突飛な考えがふと頭をよぎります。この島の下には、幾万本の松の木が埋まっているといいます。この島はそうやって作られた危うい人工の島なのです。
 孔雀もいなくなりました。お嬢様を探しに、目のついた羽で、空へ飛んでいったのかもしれません。

 二人は今頃、どうしていらっしゃるのでしょうか。楽しい恋の続きをなさっているのやもしれません。
 そう、このヴェネチアの海の中の森で……。


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このストーリーに関するコメント

15/05/19 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

美しいお嬢様と謎の男ピノ・・・不思議な恋の物語が幻想的な世界へと誘ってくれます。

お嬢様は何処へ行ってしまったのでしょうか?

もしかしたら、ヴェネチアの海の中の森が選んだ生贄だったかも知れない
と思えてきました。
海の底で永遠の時を生きているのでしょうか?

15/05/19 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

あやうい人口の島だけど、美しすぎる島のなせるいたずらだったのでしょうか? 不思議な逢瀬は、海の底に場所を変えただけ? それとも松の精にお嬢様は連れ去られてしまった? いろいろと想像しても、答えは水に消えてしまいもはや、探せないのでしょうね。

15/05/24 鮎風 遊

旅の続きは終わらず…。
前編から本編を読むと、なんとも言えぬ味わいを感じました。
これをシリーズものにして頂き、
またこの続きをぜひ読んでみたいです。

15/05/26 冬垣ひなた

そらの珊瑚さま、拝読しました。

あでやかで不思議な物語、とても引き込まれました。
ピノはヴェネチアの松の木の精だったのか、それとも……?
現実的に考るとお嬢様の美しさを妬んだ
何者かの刺客じゃないかとも思ったりするのですが、
ヴェネチアという舞台を活かした美しい幕引きで
素敵な劇を見せていただいたような読後感でした。

15/06/03 そらの珊瑚

画像は「freepik」さまよりお借りしました。

15/06/03 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
或いは「生贄」だったのかもしれませんね。
不思議な世界、楽しんでいただけたら幸いです。

草藍さん、ありがとうございます。
木は切られてもなお長い時間を生き続けているといいますから
もしかしたら、海の下でも地上にいるときと同じように
命ながらえているのかもしれません。

鮎風 遊さん、ありがとうございます。
シリーズ、考えてはいませんでしたが、いつか機会があればせひ挑戦してみたいです。

冬垣ひなたさん、ありがとうございます。
あえて種明かしはしない幕引きとしてみました。
刺客、というのも面白いですね。

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