1. トップページ
  2. Flog in a Well

光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

性別 女性
将来の夢 可愛いおばあちゃん
座右の銘

投稿済みの作品

6

Flog in a Well

15/05/18 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:8件 光石七 閲覧数:1281

この作品を評価する

 僕がアンナと出会ったのは六つの時だった。鉱物商の父に連れられて訪ねた小島の研究所。そこの責任者レン博士の一人娘がアンナだった。
「実験の途中なのに」
仏頂面で連れて来られた白衣姿の七歳のアンナ。彼女が三歳で化学式を理解し父親の研究を手伝い始めた天才少女で、すでに独自の研究にも着手しつつあったことなど、当時の僕は全く知らなかった。一緒にいても難しい言葉を並べるアンナに僕は戸惑った。
「ユウカイネツって?」
「知らないのか? 来い、実験を見せてやる」
アンナは僕を研究室に引っ張り込んだ。
「氷に塩を入れるとこんなに冷たくなるんだ」
「これくらい常識だ。ライは頭が悪いんだな」
周りは研究に関わる大人ばかりであるうえ島から出たことがないアンナには、普通の子供の感覚がわからなかったようだ。
 その後も僕はたびたび父と小島の研究所を訪れた。
「今度は君が僕の家においでよ」
「実験が中途半端になるから、一区切りしたらな」
そう答えるアンナだったが、いつも一区切りつく前に次の疑問が湧いて更なる研究が始まってしまう。
「留守の間は誰かに頼んだら?」
「その間に何か発見があったらどうする? ライの家まで船と鉄道で一日半、すぐ戻れないじゃないか。何より私は自分の目で確かめたいんだ」
「全く……。なんでこんな辺鄙なトコに研究所建てたんだよ?」
「ここの気候はママの療養に最適だったんだ。ママの看病も研究もできるよう、パパがここに決めた。ママは私を産んですぐ死んでしまったけどな」
レン博士は愛する妻が眠る島を離れられなかった。幼いアンナの育児と研究にも追われていた。そして物心ついたアンナは研究に夢中になり、島から出ない生活が続いていたのだ。
「アンナ、今度は何の研究?」
「バクテリアだ。こいつらの能力は農業や医療に活用できる。強力なバクテリアを作り出してゴミを一瞬で処理、というのもアリだな」
「へえ」
十三歳になっても相変わらずぶっきらぼうだったが、アンナのまっすぐな情熱を僕は好ましく思っていた。レン博士は優しく穏やかな人だったし、皆に可愛がられながら、のびのびと好きな研究に没頭するアンナが眩かった。
 それから二年後、アンナは大臣の要請で本土の大きな研究所に移ることになった。呼ばれたのはアンナだけで、レン博士は島に残るという。
「バクテリアの研究が認められたんだって?」
「まだ研究途中だけどな。向こうにはもっと充実した設備があるし、とことん研究してやる」
「いよいよこの島から出るんだな。これで僕の家にも……って、アンナは隣町でも研究をほっぽって出かけるなんてできないか。僕が会いに行くよ」
「よくわかってるじゃないか。向こうでまた会おう」
アンナは笑っていた。
 だが、僕はなかなかアンナの元を訪ねられなかった。新たな鉱脈の情報があり、父と共に国を離れていたからだ。三年後にようやく再会したが、アンナの顔は憔悴していた。
「アンナ、大丈夫? 無理して僕と会うよりも休んだほうが……」
「いや、ライに会いたかったんだ」
アンナは微笑んだが、やはり元気がない。
「……研究が大変なの?」
寝食を忘れるほど楽しそうに研究に取り組んでいた島での姿とはまるで違う。
「……ライ、私が今どんな研究をしてると思う?」
「バクテリアじゃないの?」
「そうだ。でも、私が望む形じゃない。上の連中……生物兵器にするから強力なバクテリアを早く完成させろと……」
アンナが顔を覆った。
「そんな……」
「毎日せっついてくるんだ。失敗すると責められる。他の研究はさせてもらえないし、もう辞めたい。辞めたいけど……」
「そうしなよ。我慢することないって」
「……ダメなんだ。私がここで研究を続けるという条件で、パパの元に多額の支援金が支払われてる。私が途中で辞めたりしたら契約違反でパパが……」
アンナは泣いていた。僕はどうすることもできなかった。
 二か月後、アンナが首を吊って死んだと聞いた。

「ライ君、久しぶりだね」
小島の研究所で白髪が増えたレン博士が迎えてくれた。
「葬儀には来られずすみません。アンナに花を手向けに来ました」
「ありがとう」
アンナの墓は海岸近くに母親の墓と並んで建っている。
「アンナはこの島が一番落ち着くんでしょうね」
「井底之蛙……」
博士が呟いた。戸惑う僕に博士は寂しげに微笑んだ。
「東洋のことわざさ。『井の中の蛙大海を知らず』ってね。広い世界を知らず、見識が狭いことのたとえだ。でも……大海を知ることは蛙にとって必ずしも幸せとは限らない。そもそも蛙は海では生きられないからな。私はアンナのためを思って送り出したが……耐えられない大海なら引き返してよかったのに。金の心配なんかせず、井蛙に戻ればよかったのに……」
博士の目から大粒の涙が落ちる。潮風がそっと吹き抜けた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/05/19 泡沫恋歌

光石七 様、拝読しました。

アンナのような、ツンデレ女子は可愛いです。

無理な研究で心身を消耗させて、自死したアンナは可哀想ですが、
自ら選んだ研究者の道、結局、避けられない運命だったのでしょうか?

井の中の蛙でも、幸せならばそれが一番です。

15/05/19 草愛やし美

光石七さん、拝読しました。

ただ頭脳明晰だっただけで、何の悪いこともしていないのにアンナがとても可哀想です。聡明でなければもっと普通の女の子として幸せに生きられたはずなのに……。

その頭脳が良い面で使われなかったことも、とても残念ですね。海の傍で娘と妻の墓を守る博士がとても切ないです。

こういうことがどこかの国に現実にありそうで、とても興味深く読ませていただきました、面白かったです。

15/05/20 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

もともとは科学の追求という純粋な志が、愚かしい政治に利用されて
しまったアンナが哀れでした。
途中で放り出して何もかリセットできればよかったのでしょうけど、
生真面目なアンナらしい最期という気もしました。

15/05/22 レイチェル・ハジェンズ

頭脳と好奇心に恵まれたアンナに、いつ不幸がくるのかとヒヤヒヤしながらも、ライと過ごす可愛らしい光景に癒されていました。
工業高校の者なので、アンナの世界観が好印象でした。

家族思いの家族たち、とでも言えば良いんでしょうかね。
暖かい気持ちになりましたね。

東洋のことわざ、蛙は大海を知らない。
私はリーガルハイというドラマで知った言葉ですが、
このお話を通して意味を考えさせられました。

次回作も期待しています。それでは〜。

15/05/22 光石七

>泡沫恋歌さん
コメントありがとうございます。
口調が男っぽくて雰囲気が凛とした感じの女の子、好きですね。
本土でも周りが温かくてのびのびと研究できる環境だったなら、アンナは死を選ばなかったはずです。
本当は“井の中=俗世間を知らないまま優しい人たちの中で思うままに研究する島での生活”と“大海=悪意や欲望が渦巻く島外での生活”という対比で、アンナが初めて接した俗世の悪意や欲望に傷付き押しつぶされていく様子を描きたかったのですが、構想も推敲も不十分でした。
井の中の蛙でいる方が幸せなこともある、それが伝わっただけでもありがたいです。

>草藍さん
コメントありがとうございます。
ことわざ“井の中の蛙大海を知らず”から、「じゃあ、実際に蛙が海に行ったらどうなるんだろう?」と調べてみたところから思いついた話です。
アンナを思いやってくださり、ありがとうございます。また光石のサドによる犠牲者が増えました(苦笑) アンナ、ごめんね。
舞台は世界大戦が始まる直前の架空の西欧の国というイメージです。そこらへんの描写の詰めも甘かったですね。もっと余裕を持って書けたらよかったのですが。

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
アンナの純粋さと愚かな目的のために彼女の頭脳を利用しようとする存在に着目してくださり、うれしいです。
良くも悪くもアンナは純粋過ぎて、島を出て初めて触れた俗世の悪意や欲望はショックが大きく、逃れる術もわからなかったのでしょう。
構成も書き込みも不十分ですが、汲み取ってくださりありがたいです。

>レイチェル・ハジェンズさん
コメントありがとうございます。
理科、特に物理化学は苦手でして(高校時代中間テストで25点という記録あり)、なんとか科学っぽい描写を入れようと試みましたが、これが限度でした(苦笑)
理系の方から見て不自然でないならば、少し安心できます。
アンナは人の温かさや善意しか知らないまま育ったので、余計に本土での生活は苦痛であり、その温かさや思いやりが蓄積された心ゆえに父親を窮地に追いやるようなこともできなかったのでしょう。
“井の中の蛙大海を知らず”、実際の蛙が云々という意味ではないことは十分承知してますが、井の中の蛙でいたほうが良いこともあるのではないかと。
励ましのコメント、ありがとうございます。

15/05/27 冬垣ひなた

光石七さま、拝読しました。

悲しいです、汚れた世間で情熱の行き先を失ったアンナの最期が可哀想で。
ライに頼るとか、他の生き方を模索出来なかったのは、
純粋さと若さゆえなのでしょうね。
博士も娘が井の中の蛙ではいかんと思っただろうに……。

帰ってきた小島の海に、アンナの魂の安らぎがあるといいですね。

15/05/27 夏日 純希

井の中の蛙の面白い解釈ですね。
確かに、別に世界一を目指して潰されるよりは、
地域一で輝く方がいいかもしれませんよね。

でも、生まれたからには、そこで満足なんかできないのも人なのでしょうか。

最初に井の中の蛙に言及しておけば、物語が一つに引き締まるような気もしますが、
物語の流れが変わってしまって少し残念な気もしますね。

色々と考えさせられました。魅力的な作品を有り難うございました。

15/05/28 光石七

>冬垣ひなたさん
コメントありがとうございます。
アンナは幼い頃から研究漬けでそこに喜びと満足を感じながら育ったので、他の生き方を知らなかったのでしょう。同じ年頃の友人はライだけだし、その友情も頼ったり甘えたりするには未熟なものだったと思います。
いろいろ不足していると自覚している今作ですが、娘に対する博士の思いももっと書き込むべきだったと、冬垣さんのコメントで気付きました。

>夏日 純希さん
コメントありがとうございます。
無理矢理感、こじつけ感がありありですが、大海で生きられなかった井の中の蛙のイメージから離れられず、こんな話ができました。
構成・話の流れに関してはおっしゃる通りだと思います。焦点が曖昧なまま書いて、吟味も推敲も不十分でした。冒頭に井の中の蛙に関する台詞やモノローグを入れようかと思ったのですが、どう切り取るべきか自分で見えてなくて。結局締まらないままでした。
率直なご意見、ご指摘はありがたいです。

ログイン