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時代の終わり〜西南戦争前夜〜

15/05/18 コンテスト(テーマ):第八十四回 時空モノガタリ文学賞 【 江戸時代 】 コメント:2件 るうね 閲覧数:5694

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 明治十年のある夜、大久保利通は静岡の徳川慶喜邸に招かれた。
「よく来てくれた、大久保」
「は」
 行燈のともされた慶喜の居室に入り、彼と相対した大久保は自然と頭を垂れた。将軍職を辞し、この静岡に蟄居してから十年になるというのに、いまだに大久保の頭を下げさせる何かが、この慶喜という男には備わっていた。
「今日呼んだのは他でもない。西郷のことよ」
 西郷隆盛。
 幼馴染みであり、同志でもあった男の名を聞かされ、大久保の胸が騒いだ。なぜ、慶喜の口から彼の名前が出てくるのか。
「先日、西郷からこのような書状が送られてきた」
 そう言って、慶喜は懐から一通の書状を取り出した。
 大久保は受け取り、目を通した。
「これは」
 思わず、うなる。
 決起を促す書状であった。
 この度、薩摩で新政府に対する反乱を起こすことにした。ついては、その旗頭として反乱軍に加わってもらいたい。
「つくづく、西郷という男は徹底した男よな」
 慶喜は苦笑する。
「私を殺すため、江戸という時代を完全に過去のものとするために、士族を集め反乱を起こし、その旗頭として私を担ぎ上げようというのだからな」
 慶喜の洞察に、内心、大久保は舌を巻いた。
 西郷はこの反乱が成功するなどとは微塵も考えていまい。ただ、士族の不満を糾合し、それを新政府軍によって鎮圧させることで明治という新時代を盤石のものにしようとしているのだ。そのため、古い時代、江戸時代の最後の象徴とも言える慶喜を担ぎ出そうとしている。凄まじいのは、新時代のための犠牲として、西郷は自身の命すら差し出す覚悟であることだった。
「なぜ、これを私に?」
 大久保は慶喜に問うた。
 慶喜にしてみれば、こんなものを馬鹿正直に表に出す必要はない。密かに燃やしてしまえばいいだけの話である。
 慶喜は阿呆ではない。
 ただの阿呆ならば、一も二もなく西郷の策に乗っていただろう。
 では、なぜ慶喜は大久保にこの書状を見せたのか。
「さて、そこよ」
 大久保の問いに、慶喜はにやりと笑い、
「正直な、迷うておる。この反乱に与するか否か」
「どういう……ことでございますか」
「新しい時代のために、私は死ぬべきではないか、ということよ」
 大久保は絶句した。
 これからの日本のため、慶喜は死ぬかどうか迷っている。江戸という時代を終わらせ、明治の世を盤石とするために。
「だが、正直、私は死にたくはない」
 そう言って、慶喜は肩をすくめる。
「だから、お前に決めてもらおうと思ってな。その書状をいかようにも使うがよい。決して私は恨んだりせぬ」
 思わず、大久保の手が震えた。
 この書状をいかようにも使っていい。それはすなわち、慶喜の生殺与奪を大久保が握ったということであった。ここで重ねて大久保が反乱に与するよう促せば、慶喜は決起するだろう。いや、そこまでせずとも、この書状をもって、慶喜を刑死させることなど、いまの大久保にとっては造作もないことだ。
 もう一度、大久保は書状を眺める。
 そして――。
 やおら、行燈の火に書状をかざした。火は、すぐに書状に燃え移り、あっという間に灰にしてしまった。
 慶喜は、黙ってそれを見つめていた。
 そしてただ一言、
「よいのか」
 大久保は床に手を突き、頭を下げた。
「個人が時代のために犠牲になる。そのようなことがない時代こそが、新時代だと思いますゆえ」
「ふむ。なるほど」
 個人ではなく、広く人民に時代の責を負わす、か。
 慶喜は小さくつぶやき、
「果たして、そのような時代が来るものかな」
「難しいかもしれませぬ。が、いつの日か、必ずや」
「その時こそ、本当に江戸という時代が終わりを迎えた、と言えるのかもしれんな」
 そう言って、慶喜はあくびをした。


 翌、明治十一年、大久保利通は紀尾井坂にて暗殺される。
 慶喜は大正二年まで生きた。


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このストーリーに関するコメント

15/06/16 光石七

拝読しました。
西南戦争の背景は入り組んでいて難しいという印象を個人的には持っていますが、もしかしたらこういうこともあったのかもしれないと思わされました。
西郷、大久保、慶喜、それぞれが新しい時代のために考え行動していることがうかがえ、幕末・明治の偉人たちの志の高さに思いを馳せた次第です。
素敵なお話をありがとうございます。

15/06/17 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

江戸時代を直接書くのではなく、その次の明治に焦点を当てることで、浮き彫りにする形を取っていました。
西南戦争は調べれば調べるほど深みにはまっていくので、ある程度のところで切り上げ、独自の解釈をもとに話を組み立てました。偉人たちの活躍した昔に思いを馳せていただけたとのこと、何よりの賛辞です。
お読みいただき、ありがとうございました。

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