くにさきたすくさん

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海耳

15/05/16 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:6件 くにさきたすく 閲覧数:2150

時空モノガタリからの選評

言葉遊びの落ちが落語みたいで面白いですね。うまくまとまったショートショートだと思います。母親というのは、えてしてこうした過剰な心配をしてしまうものなのでしょうね。心配する母親と放任の父親という対比もうまく生きているなと思います。

時空モノガタリK

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「大丈夫だよ。もう慣れた」
 息子はぶすっとしている。小学校に上がったばかりだから仕方のない事なのかもしれないが、母親としては気が気じゃない。
「何を言っているの。重い病気だったらどうするの? 耳が聞こえなくなってもいいの?」
「でも何か怪しい」
「変なこと言わないの。やっと見つけたお医者さんなんだから」
 私は息子の手を引いて古びた木造家屋の扉を開けた。

 息子の耳の異常に気が付いたのは先月。普段通りにやんちゃをして私の愛車に傷をつけたことで、普段通りに説教をしている時だ。息子は私の小言に耳を貸さず、終始上の空だった。
「聞いてるの?」
「え? うん。なんだっけ」
 頬を引っ叩いてやりたくもなったが、私に目を合わせようともしない息子の様子に違和感を抱いたので問い詰めてみると、
「何かザーザー聞こえるんだよ」
 と耳に異常があることが発覚した。詳しく聞くと少し前から耳の痛みを感じていたらしい。旦那に相談しても「気にすることは無い」と無関心。それでも心配だからと食い下がると「あんまり過保護にするな。お前はいつも構いすぎだ。息子を信頼できないのか」などと言われケンカになる始末。
 旦那は当てにならない。私は息子を引っぱって病院に駆けつけた。
 しかし医者というのがこうも当てにならないものだとは。「異常は無いです。放っておけば治るでしょう」必死にいろんな病院に当たってみたが、どの医者もそう言うだけだった。
 そして遠く離れたこの街まで足を運んで、やっと違う事を言う医者を見つけたのだ。そこは古びた木造家屋。人づてに案内されなければ病院と認識することは出来なかっただろう。
 診療室に入ると、よれよれの白衣を着た老医がいた。息子を椅子に掛けさせると鼻に掛けた眼鏡をクイと上げ、じょうごのような器具を息子の耳に当て覗き込んだ。
「結構荒れてますな」
 悪い診断だが逆に安堵した。やっとまともな診断をする医者に巡り合えたのだ。
 老医は耳を覗き込んだまま続けた。
「ウミが出来ているんじゃよ」
「そうですか。他のお医者さんにかかっても何も異常はないといわれたんですが」
「若い医者には分からんかもな。珍しい症状じゃから」
「膿みが出来ているのに分からないんでしょうか」
 私の問いに老医は振り向いて答えた。
「膿みじゃない。ウミじゃ。ウミミミじゃ」
「うみみみ?」
 聞きなれない単語に首をかしげた。
「空耳と言うのがあるじゃろ。それが海になったもんじゃ。海耳じゃ」
 説明をされてやっと字面が頭に入った。まだ疑問は渦巻いているが。
 老医は少し優しい口調で息子に言った。
「波音が聞こえておるんじゃろ? 荒れる海の波の音が」
 息子は小さくうなずいた。
「アンタもほら覗いてみなさい」
 促されるまま器具を覗くと、そこにはドアの覗き穴の様な小さなレンズ。その向こうに荒れ狂う海が広がっていた。「荒れている」といったのはこの海の事だったのか。
 老医はカルテを書きながら言った。
「まだ大丈夫じゃ。放っておけば治る」
 それでは他の医者と言っていることが同じじゃないか。私は食い下がった。
「でも症状が悪化するようなことが――」
「放っておけばいいんじゃよ。アンタは母親としてどっしりと構えておればいいんじゃ」
「お薬は――」
「そんなもんはいらん。放っておきなさい」

 医者の言いつけを守ろうとはしたが、やはり心配でたまらない。また他の医者を探したり、良い薬は無いかと調べてみたりした。しかし「海耳」という言葉すら通じない。旦那は「放っておけと言われたんなら放っておけ」と話にならない。毎日のように息子に「大丈夫?」と様子をうかがうが、そのたびに仏頂面で「うん」と答える。心配でならない。
 幾日か過ぎて、ついに恐れていた事態が起きた。
「耳が聞こえない」
 息子はけろりとした顔。だから言ったのに。どうすればいいの? 私は不安でたまらなかった。あの荒れ狂う海が耳から飛び出してくるのではないか。恐怖に駆られあの老医を訪ねることにした。
 老医はため息交じりに言った。
「だから放っておきなさいと言ったろう」
 息子の耳に細長い箸の様な器具をゆっくりと差し込んだ。
「これが詰まって聞こえなくなったんじゃ」
 眉間にしわを寄せながらぐいと手を引くと、箸の先にはこぶし大のぬるっとしたできものが挟まっていた。それは箸の先でだらりと垂れさがりながら、ひとりでにうねうねと動いていた。これは――
「――タコ?」
「そう。耳にタコができたんじゃ。どうせアンタが口うるさく言ったんじゃろう。放っておけば静まっていくものを」
 私のせいだったの?
「構いすぎるとこういう事もあるんじゃ。少しは息子さんを信じてあげなさい」
 そう言えば旦那も言ってたっけ。
 ああ。
 なんだか少し耳が痛い――


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このストーリーに関するコメント

15/05/17 戸松有葉

言葉の遊びが爽快です。これでしっかり一本の物語になっているのはすごいの一言。

15/05/17 くにさきたすく

> 戸松有葉 様

ありがとうございます。
楽しんでいただけて良かったです。
言葉遊びを原点にしてお話を作ると勝手にショートショートぽくなりますね。
落語っぽいという感じもありますが。(^^;)

15/06/01 草愛やし美

くにさきたすくさん、初めまして、拝読しました。

面白い話ですねえ、空耳確かにあります。聞こえた気がするのは本人だけですが、当人には聞こえています。そこから「海耳」昔、有名な詩に『私の耳は貝の殻 海の響きを懐かしむ』でしたっけ?読んだことがありますが、まさにそれでしょうか、全く意味は違っているでしょうが。苦笑 巻き貝に耳を当てるとザーザーと波音聞こえますが、あの状態でしょうね。

海だけにオチが良いですね、笑えます。意表を突く設定の海で楽しませていただきました。

15/06/01 くにさきたすく

> 草藍 様

はじめまして、ありがとうございます。
そうそう。ジャン・コクトーですね〜(知らなかったのでググってきました。(笑))
そういえば耳自体が貝殻の様な形とも言えますね。海と耳は相性がいいのかもしれません。

ちゃんと落とすことをモットーに書いておりますので、そこを評価いただき嬉しいです。(^^)

15/06/16 murakami

入賞おめでとうございます。

耳の中に海がある、って、ちょっと詩情があっていいですね。

これからもくにさきさんらしい作品を書いてください。

15/06/16 くにさきたすく

> 村上 様

ありがとうございます。

言葉遊びとファンタジーは相性がいいようです。(^^)
これからも僕らしい作品を書いていきたいと思います。
テーマを意識しすぎないように……。

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