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雫さん

性別 女性
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籠の鳥

15/05/14 コンテスト(テーマ):第五十六回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件  閲覧数:1242

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「お母さん、行って来るね!」
 制服を着て、鞄を肩にかけた少女がリビングに顔を出す。彼女の名前はサヤ。小柄で整った顔立ちをしている。ブラウンの瞳よりも目を引くのは、後ろでひとつに纏めた美しい金髪である。纏めているにもかかわらず、毛先は腰にまで達している。見た目は10代後半。近くの高校に通っている。
「行ってらっしゃい」
 そう返すのは彼女の義理の母親、エリである。背が高く、ごく普通の顔立ちをしている。黒い瞳とセミロングの髪。見た目は40代前半。サヤの声に食器を洗う手を止め、彼女に微笑みかけた。
 エリの言葉に笑顔で返したサヤは、家を出発した。
 学校へ向かうサヤの足取りは軽い。それは彼女が充実した学校生活を送っているという証拠でもある。校門で友人を見つけ、駆け出した。
 日が傾いてきた頃、サヤは帰宅した。夕食時にエリに学校での出来事を話すのは、彼女にとっての楽しみでもあった。エリもまた、その話を楽しみにしているのだった。
 翌日、いつもと同じように朝食を摂っているとエリが声をかけてきた。
「もう、学校に行く必要はないわ」
「……嘘でしょ?」
サヤは目を見開いて、エリを見つめる。
「嘘じゃないわ」
 首を左右に振り悲しそうな表情を浮かべている彼女に対して、エリはきっぱりと告げる。
 サヤは泣きそうになるのを堪えながら、リビングを飛び出した。
 廊下の壁に寄りかかり、唇を噛む。玄関に向かうもののすぐにでも家を飛び出したい衝動を必死に抑える。棚から自分の靴を出し、エリが来ないことを確認してから、頭を冷やすため自室へと向かった。

 この日の夜、エリが眠ったのを見計らって、サヤは隠し持っていた靴を履いて、裏口から家を出る。行くあてはないが、少しでも外の空気を吸いたかった。街灯に照らされた夜の街を歩きながら、心が軽くなったような気がしていた。同時に、家にい続けることがどれだけ苦痛であるのかを思い知った。
 歩いている彼女の前に何者かが近付いて来る。咄嗟に身構えた彼女だったが、見覚えがあったので、顔を曇らせる。サヤの前に現れた人物は、エリであった。
「ごめんなさい」
 謝るサヤを気にも留めず、周囲に視線を走らせたエリは彼女の手首を掴み、足早に家へと向かった。
 やけに周囲を気にして、無言のままの彼女にサヤは疑問を抱きながらも、抗う気力はなかった。理由は分からないが、エリの放つ雰囲気が恐ろしいと感じてしまい、足が竦みそうになる。見つかったら逃げ切れないから、次は気を付けようと強く思うのであった。
 帰宅後、「2度と家から出ないで」とだけ告げて、エリは寝室に戻って行った。

 それから5日間、夜になるとこっそり家を抜け出していたサヤだったが、その度に連れ戻されてしまい、その翌日からは家で大人しく過ごすようになった。この日を境に彼女は感情を表に出すことを止めた。この時から、1日1回、エリはサヤの髪に触れるようになった。
「本当に綺麗な髪ね」
 リビングで椅子に座ったサヤの後ろに立って髪を触っているエリは、実に幸せそうな笑みを浮かべていた。それを鏡越しに見ていたサヤは不快感を覚えた。何故そう思うのか疑問だったが、答えは分からなかった。
 無言のサヤを余所に、エリはただ髪を撫で続けるのであった。

 家に閉じ込められてから1週間後、エリが髪に抱く愛着はエスカレートし、髪に1日3回は触れないと落ち着かなくなっていた。この日も、エリが思う存分髪を撫でている時に彼女の独り言が聞こえてきた。
「……私もこんな髪だったら良かったのに。私がこんなふうに美しい髪だったら、きっと誰もが私に見惚れるわ……!」
 それを聞いた瞬間、サヤの心の奥底にある不快感が増す。これ以上、触れられたくない。リビングを飛び出し、自室に戻るとドアの鍵をかけた。
 ドアに背を預け、深呼吸をする。少しでも落ち着こうとしていた彼女だったが、ノックの音で身を固くする。
「どうしたの? 怖いことなんて何もないんだから、出ておいで」
 ドア越しにエリのいつになく優しい声が聞こえてきた。それを聞いた瞬間、サヤは背筋が凍るような感覚を覚えた。
「ねえ、何で家にいるように言ったの?」
 ドアはそのままに、普段通りを装ってサヤが尋ねた。
「こんなに綺麗な髪をしてるんだもの。外に出たら悪い人に捕まっちゃうかもしれないでしょ? あなたに怖い思いをさせたくないの」
 その言葉を受け、サヤは唇を噛む。
 閉じ込められてからというもの、自分の本心を理解していながら、それを強引に押し殺していた。けれど、いい加減、それも限界だった。
「嘘を聞きたいんじゃない」
 サヤの冷ややかな言葉にエリは震える声で尋ねた。
「どうして? どうしてそんなことを言うの……? 嘘なんか吐いてないわ。これだけは分かって。全部、あなたのためなのよ?」
「自分のためでしょ。ずっと私の髪にしか関心がない。……もう家にはいたくない!」
 舌打ちをしそうになるのを堪え、サヤは怒りを爆発させた。
「家にいたくない? そんなこと言わないでちょうだい! ここが一番安全なのよ!」
「安全じゃない! ……私が外に出るのがそんなに嫌なんだね」
 叫びながらも、サヤは彼女の本心を察してそう言った。
「当たり前よ! 私以外の誰かがあなたの髪を見たり、触れることなんてあってはいけないのよ!」
 その言葉から何を言っても無駄だと判断したサヤは、ドアから離れ、机上にハサミと鏡を用意する。
「どうしたの? 返事をして?」
 その声には耳を貸さず、深呼吸をする。右手にハサミを持ち、左肩にひとつに纏めた長い髪を見つめてから、何の躊躇いもなく切った。
 切った髪が床に落ちる。そんなことには気にも留めず、サヤはドアを開ける。エリを押し退けて玄関へ向かう。
 ノブを回して押してもビクともしない。不思議に思ってドアを見る。内側から何重にも鍵がかけられていた。
「切ったの!? あんなにきれいな髪を……」
 その声で振り返ると、床に両膝をつくエリの姿があった。それを見て、正気ではないと彼女は判断した。
「なんて馬鹿なことをしたの!? ああ、私が大事にしてきたあの子の髪が、あんなに短くなるなんて考えもしなかった……! あの髪に触ることが、1番の幸せだったのに!」
 感情を露わにしながら本音を吐露するエリを、サヤは無表情に見つめていた。
「でも、その髪もいいかもしれないわね……?」
 しばらくして、エリは顔を上げる。大きく見開かれた双眸は血走っており、歪んだ笑みを浮かべている。
 髪の束を大事そうに左手に持ち、後ろに隠していた右手をゆっくりとサヤの方へ出す。その手には包丁が握られていた。
 ――これ以上、近づかないで! ……死にたくない!
 唯一の希望が失われたことを悟り、声なき悲鳴を上げるサヤの瞳からは、一筋の涙が零れるのであった。                               完


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