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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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はい、お時間がきましたようで

15/05/05 コンテスト(テーマ):第八十三回 時空モノガタリ文学賞 【 時間ぎれ 】 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:2710

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母の瑠奈が僕の茶碗に紅茶をついでくれた。
「レモン、ミルク?」
唇をつきだし加減に話す彼女は魅力にあふれていた。
「渡、あたしダイエット中だから、これ、あげる」
と姉の美依菜が焼きたてのクッキーの皿を、こちらにさしだした。
「ありがとう」
僕はさっそく、ブルベリージャムがたっぷりついたクッキーに手をのばした。彼女はコーヒーだけのむと、やわらかな衣服を舞いあがらせながらたちあがった。その瞬間ちらとのぞいたしなやかなその足に、つい僕は目を奪われた。
テーブルのむこうでは、父親がパイプをくゆらせている。僕の視線に気づくと、新聞から顔をあげ、にこやかな笑いをうかべた。
「渡、新しい会社はどうだい」
「うまくいってるよ。上司にはかわいがられているし」
すると母が、
「彼女はできたの」
「え、うーん」
「あ、その顔つきをみると、できたのね」
姉がいきなり僕の顔をのぞきこんできた
「もうどのへんまでいったの。デープキスは」
「ばか。そんなレベルじゃないよ」
「ま、遅れてるわね。渡が相手なら、彼女もきっと、キスぐらいなら、まちのぞんでるはずよ」
「チぇ、他人ごとだと思って。姉さんはどうなんだい。彼氏いるんだろ」
「あたし、さあ、どうかしら」
「あれ、きゅうにごまかしたぞ」
 こちらのやりとりに、父と母が、そして僕たちもいっしょになって笑い出した。窓からさしこむ朝の陽ざしとともに、室内はこれ以上ないぐらい明るいふんいきに包まれた。
「はい、お時間がきましたようで」
 父親だった男が、にわかに生真面目な調子になっていった。母親役の女性も姉だった彼女も、とたんに僕から離れて真顔でたちつくした。
「え、もう時間なのか。いいときって本当に、あっというまにすぎるんだね」
朝の八時からはじめて二時間きっかりで、契約時間は切れた。一万円分の仕事は完了したわけだ。
「それではこれで失礼します」
いまのいままで僕の家族を演じていた三人は、丁寧に頭をさげてから、部屋をあとにした。かれらはみな役者やその卵たちだった。演技の練習と実益をかねてハイユースという疑似生活支援団体に登録しており今朝、こちらの依頼をかなえにやってきてくれたのだ。僕の依頼とは、あたたかで、おもいやりに満ちた気の置けない家族だった。かれらは見事にそれを演じてくれた。僕はさっそく報告書にかれらの評価を書いてウェブで送信した。
両親が早くに離婚し、親戚の家で育てられた僕がもっとも求めるのが、家族の味だった。僕はその希望を依頼書に書いた。そしてやってきたのがかれらだった。たった二時間の仮家族ではあったものの、こころゆくまでみたされた家族との団らんが味わえたのだ、文句があるはずがなかった。
僕は時計を確認すると、次の疑似彼女とのデートにでかけた。これは3時間バージョンで、やはりハイユースからくる女性に、食事と散歩と映画鑑賞をつきあってもらうのだった。このように僕の生活のほとんどは、疑似体験でできていた。
その彼女は約束時間ピッタリに、待ちあわせ場所のショッピングモールに姿をあらわした。僕の好み通りの細身でスラリとした知的な感じの女性だった。三時間というもの、僕は彼女と楽しいひとときを送ることができた。終了時間になると「お時間がきましたようで」の、ハイユーズおきまりの文句で仕事は完了した。
「ありがとう」
僕は礼をいって彼女と別れた。
休日の街は人々であふれていた。僕が駅に向かっているとき、横から誰かが声をかけてきた。
「丹野くんじゃないの」
すぐにはだれだか思いだせないでいる僕に、相手の女性はぐいと顔をこちらにちかづけ、生暖かい息をはぎかけながら、たたみかけた。
「あたしよ、ほら、以前いっしょに勤めていたデザイン会社の―――」
「あ、彩奈」
「思いだした。ひさしぶりね。元気? どこかでお茶でものみましょうよ」
 押しやられるようにしながら僕は、彩奈といっしょに最寄りのカフェに入った。
「あなたが会社をやめてから、あたしもすぐにやめたのよ。だって、あなたがいない職場なんて、さびしくて。あなた、結婚は?」
「してない」
「よかった。あたしも一人よ。ねえ、あのときのようにまた仲良くしましょう」
ほとんど一人でしゃべりまくって僕を辟易させるのは、当時の彼女となにもかわっていなかった。彼女は夕食まだだからと料理を頼み、僕にも促すというよりほとんどむりやり料理を注文させた。

僕はなんども店の、そして自分の時計を気にしはじめた。
「どうしてそんなに時間を気にするの」
それは当然、区切りのいい時間にきたら、はい、お時間がきましたようでの一声がかかって、これまでのなにもかもいっさいを、帳消しにしてくれるはずだからにほかならない。
これまでの僕の生活のすべてが、そうだったように。


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このストーリーに関するコメント

15/05/08 クナリ

てっきり、彩奈さんもハイユースの方かと思えば、ある意味ではさらに物悲しさのあるラストでした…。
ハイユースのもたらす期限付きの人間関係を、寂しいと思わずに当たり前になりつつある(なっている?)主人公に、逆説的な切なさがありますね。

15/05/08 W・アーム・スープレックス

クナリさん、コメントありがとうございます。

自分で書いて何ですが、ハイユースの仕事って、現実にあってもおかしくないような気がしないでもありません。もう少しこのモチーフをふくらませて、新たに作品ができないかなと考えています。

15/05/08 W・アーム・スープレックス

クナリさん、コメントありがとうございます。

自分で書いて何ですが、ハイユースの仕事って、現実にあってもおかしくないような気がしないでもありません。もう少しこのモチーフをふくらませて、新たに作品ができないかなと考えています。

15/06/02 光石七

拝読しました。
家族代行サービスって実際にあるみたいですね。恋人を家族に合わせる時の父親役とか、結婚式に親族として参加するとか。
ラストが意外で、面白くもなんだか考えさせられました。
契約時間内だけの人間関係に慣れ過ぎてしまった主人公が滑稽でもあり、切なくもあり……
面白かったです。

15/06/02 W・アーム・スープレックス

光石七さん、コメントありがとうございます。

逆に言えば、こういう生活ほど楽なものはないですよね。所帯をもたずに年中ホテル暮らしをするようなもので、チェックアウトすればそれっきりというわけでから。そのかわりこの作品の主人公のように、現実が目の前に迫ってきたらあたふたするだけというていたらくな状態に陥らなくてはなりません。ウエブやスマホが中心となりつつある現代のその後は、はたしてどうなっていくのでしょうか。

15/06/02 W・アーム・スープレックス

光石七さん、コメントありがとうございます。

逆に言えば、こういう生活ほど楽なものはないですよね。所帯をもたずに年中ホテル暮らしをするようなもので、チェックアウトすればそれっきりというわけでから。そのかわりこの作品の主人公のように、現実が目の前に迫ってきたらあたふたするだけというていたらくな状態に陥らなくてはなりません。ウエブやスマホが中心となりつつある現代のその後は、はたしてどうなっていくのでしょうか。

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