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アシタバさん

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博士と海

15/05/04 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 アシタバ 閲覧数:1116

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 ある大手製薬会社で突拍子もないプロジェクトが持ち上がった。
 宇宙開発や深海探索などの国家的事業の為に過酷な環境下でも人間が生きていける薬を作る、というのだ。これが成功すれば世紀の大発明になることはまず間違いないだろう。ところが、本当の理由は実につまらないものだった。
 この会社には若くてとても優秀な女の博士が働いている。彼女は様々な研究で会社に利益をもたらしていた。ただ性格が問題で、会社の重役がほめてもニコリともしない。部下が一生懸命努力してもいっさい評価などしなかった。まるで血の通わないロボットみたいだ、とよくささやかれていた。
 そして、とうとう彼女はやってしまった。先日おこなわれた会議で、社長の経営手腕に対し、歯に布着せない意見を述べてしまったのだ。内容は的外れではなかったが、まともな社員は決して言わないことを言ってしまったのだった。
 若い才能への嫉妬が爆発した。つまり、このプロジェクトは夢物語を押し付けて、博士が根をあげるのを会社が待っているのである。
 なんとも敵の多いこの博士には助手が一人いる。この助手は物好きで博士を慕っていた。いざプロジェクトが始動して、助手はあることに気が付いた。夢物語のはずの研究が、少しずつ結果を出しているのである。ただ研究内容に関してはプロフェッシナルであるはずの助手や他のメンバー達にもチンプンカンプンで理解しているのは博士だけだった。まるで、魔法のようだった。博士は他の皆に理論を説明しようとはしなかったので、チームのメンバーは不満をもったが、それを助手が抑えつつ博士のサポートに徹した。助手の甲斐甲斐しい働きにも、博士は噂の通り感謝のかけらも見せなかった。
 ある日、助手は休憩中に博士を見かけて声を掛けた。彼女は一枚の写真を見つめていた。「なんですか? それは?」と聞くと「海よ」と感情のない声で答えた。何のことは無い海辺の写真だった。
「綺麗ですね。海がお好きなのですか?」「ええ、とても好きなの」
 これ以上の会話は無く、途切れた。助手のことなど目に入っていない様子で、恍惚と写真を眺めていた。そんな博士に助手はあきれながらもいつも興味をそそられていた。
 プロジェクトは現実味を帯び始め、会社側は手のひらを返したように協力をしはじめた。豊富な資金と研究機材によって、薬の開発は一気に加速した。そして、とうとう動物実験の段階へと到達した。
 薬を投与したマウスを深海の環境を再現した特殊な水槽に放り込む。通常ならマウスは窒息して、水圧に押しつぶされるのだが、実験体のマウスは平然と水槽の中で動いていた。実験は成功だった。プロジェクトメンバーはこの結果に喜び、助手がちらりと博士を見ると、珍しく彼女も微笑んでいた。
 この結果を聞いた会社がホテルに宴会の席を設けた。参加を断ろうとする博士を助手は強引に引っ張っていった。宴会場では博士の天性の才を皆が褒めちぎっていたが、少量の酒で博士は酔いつぶれて、早々に助手がタクシーで送ることになった。
 タクシーの車内で助手は博士の寝顔を眺めていた。すると、彼女は何の前触れなくパチリと目を開けた。「気分はどうですか?」と助手が尋ねると、彼女はいきなりこう答えた。
「わたしは人間に向いていないの」博士の答えに、助手は彼女がまだ酔っているのだと思った。博士は話を続ける。
「海は素敵よ。人間社会みたいに煩わしいことなんてないもの。綺麗で自由な海の中を泳ぎまわることにずっと憧れていたわ」博士がじっと見つめてくる。
「あなたはどう思う?」不思議に思ったが、しばらく考えて助手は「僕はやっぱり陸が良いですよ」と答えた。そう、と言って博士はそれっきり話をしなくなった。
 タクシーが止まったのは研究室の近くだった。ここでいいのですか、と助手が尋ねたが博士は問題ないと答えた。彼女のさようならが助手の耳にやけに残った。
 翌日、事件が起きた。研究室のデータがすべて無くなっていたのだ。パソコンの中のデータは消去されて、紙の資料は重要なものだけ持ち去られていた。警備員は博士が昨晩やって来たと話し、連絡をするも電話は通じなかった。完成した薬も、もちろん無くなっており、唯一残っていたマウスは水中で息絶えていた。助手が取り出して確認すると、体毛の奥に妙な感触があった。それはまるで魚の鱗のようだった。
 会社は必死に博士の行方を調べたが、結局、足取りはつかめず、夢の発明にあと一歩届かなかったことを歯ぎしりして悔しがった。彼女は国外に研究を持ち出したという噂もながれたが、数カ月もたつとあっさり落ち着き、皆の記憶から博士のことは消えていった。
 唯一、助手だけは博士の行方に色々と想像をめぐらせた。会えるとは考えていなかった。ただ彼はほんの少しだけ人間社会から消えた博士のことを羨ましく思うのだった。


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このストーリーに関するコメント

15/05/22 光石七

拝読しました。
決して誰とも馴れ合わず馴染もうとしない、博士の一貫した性格がいいですね。
彼女は自分の研究成果を使って自由になれたのでしょうか。はっきり書かれていない分、想像を掻き立てられます。
面白かったです。

15/05/30 アシタバ

光石七様

コメントありがとうございます。
力量に乏しいのですが読んでいただいた方に色々想像してもらえる話を書きたかったので、そのような感想を頂けてとても嬉しいです。ありがとうございました。

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