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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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眼鏡をかけた、頭が良くない小学生のディアレクティークに身を寄せて

15/05/01 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:9件 クナリ 閲覧数:2276

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 高校二年の秋の合唱際を控えたある日のHR。先生が、
「バイオリンが弾ける人はいない? 今度の歌では、ピアノに加えてバイオリンも演奏に欲しいの」
とクラスに呼びかけた。
 首を縮めている私の後ろで、誰かが声を上げた。
「村瀬さんが昔やってました」
 ふざけんな、と叫びたくなる。
「村瀬さん、そうなの。じゃあお願い。ピアノは前に決めた通り、杉村君ね」
 杉村が無愛想に、「はい」と答える。小学生からの腐れ縁のこいつは、ピアノが特技だった。
 杉村、お前はとうに私がバイオリンをやめたことを知っているはずだ。庇え、私を庇うのだ。そう念じたのも空しく、杉村はぼけっと外を見ている。
 自分で断れるくらいの気力があれば、音楽をやめたりはしていない。

 夏の終わりの日本海は、既に冬の陰鬱さを漂わせていた。
 砂浜の端で、私は埃を被ったケースから、バイオリンを取り出した。こんなに小さかったかと驚く。
 楽譜を砂の上に置き、スカートなのにあぐらをかいて、バイオリンを構えた。
 この時には私は、開き直っていた。失敗しても文句言うなよと、本音からズレた強がりを胸中で唱える。
 シーズンオフの海岸に人はいない。音響効果はゼロ。ノイジィな波音。いい加減な姿勢。楽器に絡む砂。
 この劣悪な条件は、私の底辺演奏にふさわしかった。
 だから、何も怖いはずが無い。
 息を吸い、弦をゆっくり滑らせて、長く低い音を鳴らした。リズムを刻む。旋律が構成されて行く。
 ――音楽が生まれる。
 その瞬間、胸の奥で、ガラス窓を鉄パイプで叩き壊すような音がした。
 ごまかしようのない冷や汗が、全身から噴き出した。手が震え、涙腺が揺れる。頭が熱い。
 生まれかけた音楽は、ばらばらになって海風に散った。
 やっぱり。やっぱり、だめなんだ。



 私は小学生の頃から眼鏡をかけていたけど、それは単に先天的に視力が弱かったからで、勉強も読書も嫌いだった。
「村瀬って眼鏡かけてるくせに、頭よくないよな」
 そんな風に、よく馬鹿にされた。女子のクラスメイトからも、「見掛け倒しなんだね」と無邪気に笑われたことがある。
 運動も苦手だったので、「何の取り柄も無いんだな」とも囃された。
 人に誇れるものを持たない自分が、人生の落伍者のように思えた。
 バイオリンを始めたのは、小学校五年生の時だった。私は特別上手ではなく、上達も遅かったけど、それなりに練習したおかげで、演奏は私の唯一の特技になった。
 頭のどこかで、バイオリンがある限り私は落伍者にはならないという自負があった。

 中学一年生の時だった。
 クラスで劇をやることになり、私がバイオリンでBGMを弾くことになった。その時、ちょうど半年前くらいからバイオリンを始めたという佐々木さんが、私が病欠などした場合の代役として指名された。
 本番の一週間前、私達は教室の隅で、演奏する曲の練習をしていた。
 佐々木さんの腕前は、とうに私を追い越していた。
 私は、自分が上手でもなければ上達も遅い、何の取り柄もない人間だということを忘れていた。
 佐々木さんは、クラスメイトから口々に賞賛された。
 その中で、
「これなら、村瀬いらないよ」
 誰かのその一言が、嫌にはっきり聞こえた。
 そして初めて私は、胸がひび割れる音を聞いた。
 私は、その場から逃げ出した。すぐに先生に頼んで、演奏からも外してもらった。
 劇では、いてもいなくてもいい木の役をあてがわれた。
 劇の最中、私が最後に弾きかけた音の残骸だけが、ずっと胸の中にこだましていた。



 私が海に向かって放り投げると、バイオリンは波打ち際の辺りに落ちた。
 バイバイ、私のコンプレックス。
 拾う人も、拾いに行けと言う人もいない。
 波が、艶のある木肌をなぞって行く――……

 バイオリンをやめた時、友達ではない人達が口々に言った。
 ――やめることないよ。上手くなくたってさ。楽しく弾ければいいよ。誰かと比べたって仕方ないから――
 そんな馬鹿な。下手なままで、楽しいわけがない。誰かと競いもせず、それで楽しいわけがない。
 下手でもいいから楽しく弾ける人なんているんですか。
 私は違う。
 私は。私はどうしたい。
 自由がいい。努力したければすればよくて、嫌になったらやめればいい。
 頭を振り、私は今にも波にさらわれそうなバイオリンに駆け寄り、拾い上げた。
 海水と砂にまみれている。もうまともに弾けないかもしれない。
 ごめん。ごめん。
 でも、それでもこいつは、バイオリンのまま。
 私も、私のまま。

 ふと堤防を見上げた。
 いつからいたのか、杉村がぼけっと立っている。
 声をかけようにも遠過ぎる、お互いに一人ずつでいられる位置。
 見られていたのかな。
 少し、恥ずかしかった。


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このストーリーに関するコメント

15/05/02 南野モリコ

クナリさん、初めてコメントさせて頂きます。

これまでも何作か読ませて頂いていますが、
私はこの作品が一番好きでした。

主人公は、本当はバイオリンが大好きなんですね。
ピアノではなくバイオリンを選んだというだけで自己主張があるし、
特別になりたいという気持ちが人一倍強いように思いました。

だから、自由と努力の狭間で悩むんでしょうね。
小説を書いている自分と重なり、思わずコメントさせて頂きました。

これからも新作を楽しみにしています。
ありがとうございました。

15/05/03 クナリ

ミナミノモリコさん>
ありがとうございます。
何でバイオリンなのか、とか、そもそもバイオリン自体をどう思っているのか、といった「説明」を省いているので、なかなか説得力のある話にするのは難しいかな…と思っていたのですが、評価していただけて大変光栄です。
好きだからこそ上手くなりたいし、上手くなれないことに悩むものだと思うんですよね。
無思慮な許容って、場合によっては「あなたが何をどう悩んでようがどうでもいいよ」と言ってるのと同じことになる状況もありますし。
少なくとも自分だけは、「そんなに下手じゃだめだよ」って言えるようなものがあることは、幸せなのかそうでないのかは分かりませんが。
向き合いたいうちは向き合える、ということは幸せなんだろうなあと。
それが幸せな自由なのかもしれないなあと。
こちらこそ、コメントありがとうございました!

15/05/04 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

海辺は楽器を演奏するのに音の問題に関しては最高の場所でしょうね。でも、あの砂や風はあまりいいとは言えないでしょう。それをあえて選び楽器をそれもバイオリンを弾く、でもこの海辺という舞台設定だから成り立った作品内容だと感心しました。
バイオリンは難しいです。まともな音を出すだけでも苦労だと聞いたことがあります。弾き始めの人の音は雑音というより暴のなしかもですね。主人公にとって今度の合唱会はきっといいものになると私は思います、何かを得たことでしょうから。

15/05/05 たま

クナリさま、拝読しました。

とても難しい内容ですね。ここまで仕上げるにはかなり苦労されたでしょうか。ラストが鮮やかです。このラストがあってこの掌編が完結しましたね。主人公の様々な心象をすべて繋ぎとめて鮮やかです。
ことばに貴賎はないと言います。小説のプロットにも貴賎はあってはならないと思います。
混沌とした作品に果敢に挑戦するクナリさんに拍手を送ります♪

15/05/05 つつい つつ

ひとり自問自答し悩む主人公。なのに、ラストにただぼけっと立っている杉村君がいるだけで、互いに干渉したわけでもないのに、ほっとするというか開けるというか、すごく不思議な感覚が味わえておもしろかったです。

15/05/08 クナリ

草藍さん>
おそらく、人気がないということ以外は、砂浜は最悪の楽器の練習場所でしょうね(^^;)。
確か有名なバイオリニスト様が富士山の頂上でバイオリンを演奏された時、風は強いし音は響かないし(当然)そもそも半端なく寒くて音楽どころじゃないし、えらいことだったと言いますから、それと同じようなものでしょうね。
なんとなく絵になるんですけどね、海と演奏…。
そう、新たな気付きによって、次の発表の場が主人公が変わる場となればいいのですがッ(他人事のように)。
コメント、ありがとうございました!

志水孝敏さん>
子供の時って、大人になってみると、自分が今子供を見て思うよりもはるかに複雑で多様なことを考えてたような気がするんですよね。
自分では感情をもてあますばかりで、間違っているとわかっても感情任せにすることが「自分らしさ」だと信じたりしてましたし。扱いづらい子供で(^^;)。
アイデンティティのありようは、それが自分にとって鮮烈であればある程、自分よりも大きな価値があると思ってしまいそうです。
そうした要素も相まって、大人にはなかなか解決できない泥沼がいくつも口をあけていて、それはもう危なっかしく。
杉村は作中で何にもしませんが(^^;)、彼もまた、複雑で多様なことを考えているはずです。
それが伝わって、興味を持っていただけたのならうれしいですッ。

たまさん>
拍手いただきますッ。いえー(いえー?)。
中編でやるべきことを掌編に詰め込む、というのが割と自分のいつもの書き方なのですが(成功しているかどうかは別問題ッ)、今回も字数とは格闘しました(みんなそうか…(^^;))。
無駄な記述を削り、優先順位をつけて、文章を入れ替えたり、切ったり貼ったり。楽しいですが、てんてこまいであります。でも、とにかく展開をさせるぞと。ストーリーを作るのだと(成功しているか以下略ッ)。
最後をどの程度書いてどこで切り取るかは悩みましたが、ちょうどいい具合に仕上がっているでしょうか?
他の人が何もしてくれなくても、してあげられなくても、一人ではないよと。そんなことを表現してくれる主人公になってくれていればいいのですけども。
コメント、ありがとうございました!

つつい つつさん>
どんどん閉じていった世界が、自分なりにちょこっとつまびらいた瞬間、景色も広がれば他人も目に入る、と。
どう終われば、この主人公にとってこの掌編は一番いいのかな…と悩みましたが、杉村が何もしないでぼけーとしているところで終わらせてよかったのだなーと思います(^^;)。
君の味方だよ、一緒に頑張ろうね、皆そうだから、皆でやれば大丈夫だよ、大丈夫大丈夫――……と言われることや、手助けされることで、見失ってしまうものもきっとあって、この主人公はそれを恐れています。
たまたま杉村のような接し方をする知り合いがいたことはよかったのですが、実際には無理やりつながることで傷つく人も意外に多いですよね。
…て、何の話やッ(^^;)。
コメント、ありがとうございました!

15/05/22 光石七

海とバイオリン、絵が浮かんでくる組み合わせですね。でも、単なる美しい絵にとどまらず、人の輪から外れたような少女の胸の内をしっかり描かれているのはさすがクナリさんだと思いました。
人との距離感や自分が作る側である場合における芸術に対する姿勢についても考えさせられます。
主人公が少しプラスの方向に進めそうな最後の一節もよかったです。
素敵なお話をありがとうございます。

15/05/22 クナリ

光石七さん>
そうなんです、海とバイオリンは絵になるのです。…環境としてはともかく(^^;)。
美しい映像に、どろりとした感情が混じるのは、結構好きかも知れません。
ものづくり(物質的なモノ以外も含め)って、本当にいろんな価値観が混ざりあって、自分の価値観であれば統一されているかというとそんなこともなくて、特に限界が目の前に立ちはだかった時ってごまかしと本音の間でよく翻弄されたりして。
主人公が最後には自分の感情と向き合ってくれたので、杉村の存在もようやく視界に入ってくれて、そこで終われてよかったです。
こちらこそ、コメントありがとうございます!

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