メラさん

 主に純文学系を書いていますが、特にジャンルにこだわっているわけではありません。気ままに、マイペースに小説を書いてます。

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黒潮

15/04/24 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:1件 メラ 閲覧数:1020

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 ディーとはカナダのトロントで知り合った。彼はインディアン、いわゆるネイティブ・アメリカンで、ずんぐりしているが、日本人とさほど変わらないような容姿をしていた。
「オレはアメリカンじゃないよ」
 ディーは訛りのある英語で話す。そう、彼はインディアンの血を色濃く引いているが、南アラスカのインディアンだった。
 ディーの父の代にアメリカに渡り、ディーは父の死後、カナダに移り住んだという。彼が三十歳の頃だ。今の僕と同じ年だ。
 ディーは六十歳になるが、動きは機敏で、会話も知的だ。ユーモアもある。
 彼は僕にとても親切にしてくれた。
 実はあまりに急なトロントでの長期出張で、僕は僕なりに会社のやり方に何かと腹を立てていた。いくら僕が独身とは言え、ちょっとひどすぎると。
 どこか愚痴っぽくなる僕に、彼はこう言った。
「ALL IS WELL」
 全部上手くいくと。
 いつも穏やかな笑顔のディーのそう言われると、僕は本当に全部上手くいくような気がした。今の悩みなんて、別に悩みでもなんでもないと気付けた。そう、会社とか、給料とか、上司とか。僕が勝手に問題にしていただけなのだ。
 赴任して一週間もしない頃だった。ふらりと立ち寄った中古レコードショップ。ディーはそこの主人だった。
「ん?日本人か?」
 セロニアス・モンクのCDを持ってレジに行った僕に、ディーはどこか遠慮がちに尋ねた。
 そうだと答えると、
「日本の話を聞かせてほしい」
 そう言って隣のカフェに誘われた。僕は特に用事もなかったので、彼とコーヒーを飲みながら小一時間話した。
 僕は日本の――主に東京での――生活を話していたら、彼は歴史や文化に興味があるようだった。僕は知ってる範囲内で、そして自身の英語力の限界内で、かいつまんで日本の歴史を話した。ディーは時々英語の単語や文法につまずく僕の話を、真剣なまなざしで聞いていた。
 レコード屋に数人客が来て、ディーは店に戻った。僕もそのままカフェを出た。
 しかし、やけにディーのことが気になり、休みの日ごと、レコード屋に行き、隣のカフェでランチを食べた。サーモンのサンドウィッチが美味い店だった。
 親子ほどの歳の差があるというのに、ディーと僕が親しくなるのに時間はかからなかった。
 ある日の夕方。彼は早めに店を閉め、僕を誘って近所のパブに出かけた。そこでこんな面白い話をしてくれた。
「オレには日本の血が流れているんだ」
「おいおい、ディーはアラスカだろ?」 
 僕はアラスカの歴史はもちろん、日本の歴史だって怪しいのだが、さすがにアラスカ人と日本人の接点というのは驚かされた。
 しかし、彼の説明はこうだ。
 大昔から、アラスカに沿岸には遠い国からの船が流されていた。そして、ディーの部族の言い伝えでは、ある異国の姉妹が漂流し、その姉妹が二つの部族の祖となったと。
 なんども不思議な話だったが、僕はその場でiPadを使い、そんな記述がないか調べた。
「便利なもんだな」
 パソコンどころか、携帯電話も使わないディーは、僕のタブレットを見て顔をしかめた。都会に住んでいる割には、この手の電子機器が嫌いのようだ。
 調べると、いくつかのサイトが見つかった。
 黒潮に乗って、日本で江戸時代に船でアラスカに流され、ロシア経由で帰国した日本人の話。それ以前にも、正式な記述はないが、アラスカに流れ着いた人はいるという。今でも南アラスカ沿岸には、日本の漂流物が溢れているという。
 黒潮。僕はその潮流の名を彼に伝えた。英訳は分からなかった。
「KUROSIO(クロシオ)」
 ディーはそう呟き、静かに目を閉じた。
 僕がビールを二口飲んだ頃、彼はようやく目を開けてこう言った。
「いい言葉だ。何か、聞き覚えのあるような響きだ」
 僕はなんと答えてよいのか分からず、適当に相槌を打ち、ビールを飲み干した。
 遠い遠い異国。今は飛行機で半日もあればやってこれる。でも昔は何ヶ月も掛けて旅をした。そしてそんな時代に、ひょっとしたら僕とディーは、何らかの繋がりをもっているのかもしれないと。彼に感じる妙な懐かしさは、ひょとしたらだけど、そのせいかもしれない。そう思うと、不思議な気分になる。
 店を出て僕らは別れた。ディーはカナディアン・ウイスキーをちびちび飲んでただけだが、顔が真っ赤だった。僕もビール二杯でほろ酔いだ。底なしに飲める、体がでかくて肌の白い人種とは、僕らは確実に違うようだ。
 僕は冷え込むトロントの夜を、コートの襟を立ててアパートへ急いだ。そして、今や遠い異国となった、日本のことを考える。それと同時に、遠い遠い時代を思う。
 しかし吐き出す白い息がすぐ消えるように、それらは僕の記憶の中で、あっという間におぼろげになり、冷たい風に吹かれて消えていった。
 


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このストーリーに関するコメント

15/05/20 光石七

拝読しました。
異国の者同士でも、遠い昔に先祖が関わりあっているのかもしれませんね。
遠い遠い記憶、あまりにおぼろげで儚い追憶。
ラストの一文がいいですね。
素敵なお話をありがとうございます。

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