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日谷 弥子さん

別サイトですが、小説を初執筆中です。これがどんどん長くなり、終わりが見えないので短編も並行することにしました。

性別 女性
将来の夢
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生きる

15/04/21 コンテスト(テーマ):第八十一回 時空モノガタリ文学賞 【 三匹の子豚 】 コメント:0件 日谷 弥子 閲覧数:985

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 狼が雄叫びを上げている。
 もう深夜に近い。狼の声は、木枯らしのひゅうひゅう鳴く音と混じり、競い合う。
 目をつぶっていた母さんが、隅の敷き藁の上で縮み上がるのが見えた。
 あいつだ。僕たちの住処の周りを嗅ぎ回ってた。

 上の兄さんが入って来た。
 大丈夫だ、と母さんに声をかける。今日じゃない、と。
 下の兄さんも入って来た。そうだよ大丈夫だ、と相づちを打ってから、母さんの傍に寄って、鼻で敷き藁を整える。
 近くに人間が来ているのだそうだ。布を張って即席の住処を作っていたから、数日居るに違いないと言う。
 人間は、僕たちの天敵だ。でも上の兄さんと母さんは、人間が狼の死体を担いで楽しそうにしているのを見たことがあると言う。ということは、奴らは狼の天敵でもあるのだ。だから狼は、しばらくは動けないはずだ。ならばこの際、人間が居ることは有り難い。

 母さんは上手く歩くことが出来ない。こないだの春、人間が張った縄に引っかかって、足を取られてしまったのだ。母さんは絡み付いた縄を引き千切って必死で逃げた。けどそのときから左脚が変な方向にひん曲がって、今も言うことを聞かない。
 母さんが怪我をしたとき、僕はほんの赤ん坊だった。一緒に生まれた兄弟は、たくさん居たのだそうだ。でもあの頃、母さんは食べ物を受け付けなくて、乳が出なくなっていった。それで赤ん坊たちは皆、死んだ。何故か生き延びた、僕以外は。そのせいだろうか、僕は今もひ弱なままだ。
 僕たち家族は、母さんと、上の兄さんと、下の兄さんと、僕。上の兄さんと下の兄さんは一緒に生まれた。他にも居たけど、皆小さいうちに死んでしまったり、道に迷って居なくなったり、人間や狼に食われてしまったり、した。

 上の兄さんが、砦は出来たかと僕に聞く。僕は、まだだと答える。兄さんは、レンガなんかで作ってるからだと言う。しかし。
 出来るだけ丈夫なものを作りたいのだ。
 僕らはここから離れられない。母さんは、遠くまで歩くことが出来ない。
 僕らの住処の裏手は高台になっている。その上にある大きな古い木の根元は部分的に崩れて、根っこのところが「ほこら」になっている。そこの前にレンガを積み上げて壁を作って、砦にするのだ。背中側は自然の土壁だ。
 大体は出来ているのだ。今は、出入口をどう作ったものか悩んでいるところ。
 下の兄さんも、出来上がらなけりゃ意味が無いと言い捨てて、また出て行こうとする。下の兄さんも、兄さんの担当の砦を作っている。出掛けに、上の兄さんに、兄さんの砦は出来たのかと聞く。上の兄さんは口をひん曲げて、唸るように笑った。俺の砦は俺の身体だと言う。でも下の兄さんに、それでも身体を隠すとこは作っておかないと不利だぞと言われて、それじゃ藁でも使って即席にこしらえるかなと言いながら、下の兄さんに続いて出て行った。
 上の兄さんは、肉体派だ。頑張ったら狼に勝てるかもと本気で思ってる。本気で狼と戦って、母さんを守ろうとしている。きっと即席の砦を作りながら、攻撃の作戦を立てるのだろう。
 下の兄さんは、細身ですばしこい。音を立てないで草むらを歩くことが出来る。このところは毎朝、夜明けの狼がまどろむ頃を見計らって、奴がどこに居るか偵察に行く。そうやってしょっちゅう出掛ける用事があるから、僕みたいに時間のかかる砦を作ることは出来ない。木っ端をかき集めて、寄せて積み上げていると言っていた。
 というわけで、砦は、僕ら兄弟でひとつずつ作っている。
 砦の数と配置は、僕が考えた。僕らの住処の一番外側から順に、上の兄さんのやつ、下の兄さんのやつ、僕が作っているやつ。砦が破られたら、ひとつずつ内側のに移って、応戦する仕組み。

 狼が、また雄叫びを上げた。
 あいつは、馬鹿だ。人間に居所を知らせているようなものだ。でもきっと、腹が減って、叫ばずには居られないのだ。そんな声だ。
 僕も砦の続きを作りに住処を出る。眠らずにやらないと間に合わないかもしれない。
 はっきり言って兄さんたちのは期待出来ないから、僕が絶対強固なものを作らなけりゃと思っている。それでも、狼に勝てるかと言うと、分からない。結局、何をやっても駄目なのかもしれない。もくもくと不安の雲が涌き上がって来る。僕は頭を振って、払いのけた。

 そのときだ。

 すぐ近くに、バタバタと土を蹴る音と、唸り声。兄さんの叫び声。
 …狼だ!今日なのか!
 僕は慌てて声の方に走り出す。でも、急ブレーキで止まった。
 まず母さんを僕の砦に移さないといけない。母さんの所に走る。
 怒声が大きくなる。…人間の声も混じって来た!
 いけない。もう戦ってはいけない。
 狼と人間と、両方を相手にして勝った豚なんて、聞いたこと無い。
 
 助けなければ。
 逃げなければ。
 早く。僕の砦に。


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