1. トップページ
  2. 死に場所はあなたの腹の中がいい

村咲アリミエさん

村咲アリミエと申します。 一次小説を書いています。

性別 女性
将来の夢 本を出す。
座右の銘

投稿済みの作品

3

死に場所はあなたの腹の中がいい

15/04/20 コンテスト(テーマ):第八十回 時空モノガタリ文学賞 【 テーブルの上 】 コメント:7件 村咲アリミエ 閲覧数:1217

この作品を評価する

 人生は一度きりだという言葉に、証拠はない。

 例えば死ぬ間際に、ループする可能性だってあるのだ。輪廻かもしれない。死ぬ間際に、今までのすべての魂の情報を思い出したら?
 人間だったあのころ、私はそういうことを考える人間だったことを、まず思い出した。私の考えは当たっていた。ループではなく、輪廻。死の間際に思い出す、今までの魂の情報、すべて。その輪廻の始まりは人間だった。言葉で思考するためだろう。機械的で合理的なこのシステムを持つのは、人間だけだ。

 私は今、天井を見上げていた。まわりには、レタスだろうか、野菜が敷き詰められている。
 周りの食べ物を羨ましいと思う。私だけが、ただ天井をぼんやりと見つめ、箸が通過する度に意味もなくどきどきする。私を掴んでくれと思う。

 人間であったころ、私は「アフリカでは毎日食事ができない子どもだっているのだから、残さず食べなさい」といった類いのことを言われ、嫌悪感に苛まれたことを思い出した。
 何を綺麗事をと思ったのである。
 では、この残された食事をアフリカに送るにはどうすればいいのか。それを考えるべきではないのか。なぜ飢餓に苦しむ子どもがいるのかを考え、即急に自分ができることをすべきなのだ。というかそもそもアフリカに限定するのがおかしい。どの国にだってそのような子ども、大人だっているだろう。ステレオタイプの押し付け!
 残さず食べるための理由として、飢えに苦しむ子どもを引き合いにだすのはおかしい、そう思い、怒りを覚えつつ、食事を腹いせのように残してやった。困った子ねと言いながら、残飯を捨てる親を見て、ざまあないと思ったりもしたのだ。

 その怒りは間違っていないだろうとは思うが、同時に、どんな理由につけても、物を残さずに食べるようにという教育精神は、否定すべきものではないとも、今なら思う。

 死の間際に。

 食べ物を残してはいけない。飢餓で苦しむ人たちに、すぐに目の前の食べ物を転送できたらいいのだが、そういう世の中でもない。たらふく食べられる環境下にいる人たちは、与えられた食べ物を全てたいらげ、健康的に生き、飢餓の二文字を辞書から消せるように、努力すべきである。
 そうだ、ひねくれないで、そう考えることのできる柔軟さがあったのなら。
 こんな苦しみを味わうことはなかったのだ。
 おそらく、これは罰である。人間だったあのころの、幼いながら、しかし確かにあった傲慢さにたいする、十分な罰だ。

 私は今、テーブルの上の残飯。生きたまま皿にのせられた魚の刺身。子どもが私を覗きこみ、きもちわるいと眉を潜める。その子どもの母親は言う。飢餓の国の、なんたら、かんたら。
 今までのこの魂の生命活動、全てを思いだし、しかしこのような悲しみの最期は初めてだと考える。
 こんなに苦しいのか。頼む、食べてくれ、私を。
 どうしてあなたに食べられないまま、誰にも食べられないまま、残飯となり処理されるのか。いやだ、死に場所はあなたの腹の中がいい。テーブルの片隅、皿の上から、死体処理は残飯の中なんて、そんな、そんな。
 言葉にすることができるはずもない。私は、今、魚なのだ。

 席をたつ人々を視界の隅で捉えながら、ああ、次は何に生まれるのかわからないけれど、この苦しみが魂に記憶され、何かを残すなどと言う行動にはでないような生きざまでありますようにと願いながら、意識が薄れていくのを実感する。

 私は、残される。葉っぱに包まれて、苦しみながら。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/04/21 草愛やし美

村咲アルミエさん、拝読しました。

生まれ変わりにこんな設定があったとは驚きです。輪廻することも含め全ての魂があった過去を思い出すなんて凄いですが、恐ろしくもあります。そして、もし魚だったら、それも残飯だったら、残さないで食べなくてはと思いますね。思えば同じことを私も何度か子供らに言いました、あれそのまま返ってくるのでしょうか、ああ、どうしましょう。願わくばと私も思うしかないのでしょうね。汗

村咲さんうまいです、いつも感心しています。とても面白く楽しませていただきました。

15/04/21 草愛やし美

すみません、お名前を打ち間違えてしまいました。アリミエさんでしたね、ごめんなさい。

15/05/03 クナリ

自分めは低俗な人間なので、おいしいものを食べるときに「命をいただきます」などという精神性はまったく発揮せずに、ああおいしいおいしいと言って食べるだけなのですが(なるべく残さないのはかろうじていいところかな(^^;))、御作中のような価値観はどこかで意識していたいとも思っています。
こうした悲しみとか寂しさというものは人間特有なのでしょうけど、生存としての能力とは別次元の、種の持つ才能でもありますよね。これを、人間以外の生物になっても持ち越したら、まったく違った景色が見えるのでしょうね。
お説教していたはずのお母さんが残飯を捨てるシーンは、深い意味を含んでいる気がして印象的でした(^^;)。

たまに、好き嫌いではなくおなかいっぱいでもう食べられないと言っているのに、「アフリカの子供たちのことを思って!」という先生もいますよね…。

15/05/08 村咲アリミエ

草藍様

こんにちは。コメントありがとうございます。
返信がとても遅くなってしまい、申し訳ございませんでした。

この輪廻感、生まれ変わりの設定は、いつのころからか頭の片隅に存在していました。
前世などという言葉があるように、魂の数というのはそんなに多くなくて、根っこのところは同じ、枝分かれして、時空や種族を越えて様々な生命となっていたら……すこしホラーでもありますよね。
自分がもし残飯となってしまうのなら、というのもまたホラーなのかもしれません。死ぬ間際にこんな後悔をするなんて、いやですよね;

いつも感心しているとのお言葉、本当に嬉しくおもいます! ありがとうございます。
楽しんでいただけたのでしたら、それがなによりでございます。

それと、名前のことは全く気にしていませんので、どうぞおきになさらず。

コメント、本当にありがとうございました!

15/05/08 村咲アリミエ

クナリ様

コメントありがとうございます。

いただくのは、生物の命と、料理してくれた人の時間だと聞いたことがあります。
ついつい忘れがちで、私も美味しい美味しいと食べてしまいますが、根底にきちんと残しておきたい意識ですね。

死に場所を選ぶ、というのは確かに人間独自かもしれませんね。
魚の視点で物語を書くのははじめてでしたが、あくまで魚の中に入っている人間の視点でしたので、こんな書き方になったなあと思います。
ご飯を捨てるという行為もまた、生物としては稀有なのかもしれません……。

おなかがいっぱいなのに食べさせる、というのも裕福な証拠ですね。
アフリカの子どもというのは、決まり文句みたいになっているのかもしれません。

コメント、本当にありがとうございました! 嬉しかったです。

15/05/08 村咲アリミエ

志水孝敏様

コメントありがとうございます。

テーブルは死が並ぶ場所だなあと、志水様のコメントを拝読しながら考えました。
斬新、という言葉がとても嬉しく、今幸せでいっぱいです……!
なんて嬉しいお言葉でしょうか。ありがとうございます。
同時に、納得もしていただけて嬉しいです。
物語を読んでいただく上で、納得していただけるかどうかはとても重要なポイントだと思っています。

そして、さらに最後の一文も嬉しく……!
嬉しい、幸せ、といった言葉しか出てこないのが悔しいほどです。
ありがとうございます。光栄です。

ではでは。コメントありがとうございました!

ログイン