W・アーム・スープレックスさん

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夢想

15/04/20 コンテスト(テーマ):第八十二回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1826

時空モノガタリからの選評

「もしもこの観測所に、海がおしよせてくるようなことがあったら、それは私たちが自分の想像力に完全にのみこまれたことを意味する」という一文が怖いですね。一体どちらが夢なのか……。想像力の生み出した海にのみこまれたと思わせておいて、予想外のラストはとても斬新だと思います。

時空モノガタリK

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 よせては返す波の,単調な調べが聞こえたような気がした。ワーダは、観測所の窓から外を見た。
 この、砂ばかりの無人惑星に観測員として派遣されてすでに一年がたつ。穏やかな気候、温暖な大気、地下からくみあげる水は豊富で、濾過することもなくのむことができた。しかしここには、川も湖も、そして海も、なかった。
「どうしたの、ワーダ?」
 ナオミの声に、彼は我に返った。
「波の音がきこえたような気がしたんだ」
「私もなんども聞いたわ。観測所の外では、潮の香りまでかいだわよ」
「海のない惑星にながくいると、海のことばかり考えてしまうな」
「でも私、なんだかそのうち、海が本当に出現するような気がしてならない」
「理論家のきみが、そういうことをいうのか」
「ちょっと、外に出ない」
 きょうの観測データーの記録はすんでいた。ワーダは椅子からたちあがると、彼女とならんでドアからデッキに出た。
「あ、ほんとだ!」
 ふきつけてくる風にワーダは、つよい潮の匂いをかいだ。
「ね、耳をすまして―――」
 ナオミにうながされて彼は、いまにも地平線上にどろりと溶け落ちるかとおもえるような赤くどんよりした太陽をみやりながら、かすかに、遠くからひびいてくる音に意識を凝らした。
「あれは………くりかえす、波のさざめき………飛び散る飛沫………」
「すぐそばまで、海はちかづいているのよ」
「ナオミ、これはきっと、海を見たいというつよい願望に刺激されてぼくたちが、あたかも本当に潮騒をきいたり、潮の匂いをかいだりしたような気になっているだけのことだ。想像力のいたずらにすぎない」
「たぶん、そうなんでしょう。でも、砂だけの星の上に、存在するのはあなたと私という特別な環境のなかでは、想像力もまた、特別な作用をおよぼすのではないかしら」
「特別とは―――」
「普段よりもっと、強烈な働きをするってこと」
 ワーダは、就寝時にみる夢の、生々しい極彩色の世界をおもいだしていた。その夢のもつリアルさは、起きているとき以上の現実味をおびていた。そのため、目がさめるたびに、目にうつる光景が奇妙に希薄なものに感じられるほどだった。
 いま五感がとらえた海の存在もまた、ナオミのいうように、研ぎ澄まされた神経がつむぎだした想像の所産といえるかもしれない。
「海がちかづいてくるというのは、つまり、我々の記憶の中の海が、だんだんと現実味をもちはじめていることを物語っているということか」
「もしもこの観測所に、海がおしよせてくるようなことがあったら、それは私たちが自分の想像力に完全にのみこまれたことを意味するのじゃないかしら」
 それはそれで、恐ろしいことだったが、それでもワーダは、これまでいやというほどながめてきた一面、赤茶けた砂ばかりの地表が、青々とした海で覆われる光景を、一度でもながめられるものなら想像でもなんでも、ながめてみたかった。
「どちらがさきに、海をみることになるかしら」
「できるなら、いっしょにみたいものだ」
「そしたら二人で、海にとびこみましょうか」
「いいね」
 二人は笑みをかわすと、ふたたび観測所の中にもどっていった。

 その夜、ベッドの中でワーダは、打ち寄せる波音に、目を覚まされた。
 彼はまどろみながら、ああ、夢をみているんだなと、ぼんやり考えた。
 それにしても、いま聞こえる波音の、なんと鮮明なことだろう。
 このまま、覚めることなく夢をみつづけていたいものだと思っていると、いきなりドアが開き、ナオミが顔を突き出した。
「すぐに、デッキに出て」
 緊迫した彼女の声に、ワーダは飛び起きた。
 三個の月がうかぶ観測所の外に彼女とともに出た彼は、それぞれ色調のことなる月光の下にひろがる、海面をみた。
「海が………」
 なぜか彼は、ナオミの手を、力いっぱいにぎりしめた。
「痛い! ワーダ、これは夢じゃない」
「現実なのか」
「そうよ。海が、私たちのまえに、姿をあらわしたのよ。この波の音を聞いて。潮の香りをかいで。さあ、はやく、この肌で海水を感じるのよ」
 いうなり彼女が、上着をぬぎだすのをみてワーダも、いそいで着ているものをはぎとった。
 二人が海にむかって、月の光に乳白色に照り輝く裸身をおどらせるとほぼ同時に、観測所の建物が、デッキが、海のなかに崩れるように消えていったのは、その直後のことだった。

 ◇

 海は、夢想を終えた。
 この海ばかりの世界にあって、海が存在しない世界というものがどういうものかを、興味にかられて思い描いているうちに、二人の男女、砂の大地、観測所が次々に浮かんできた。あれから男女はどうなるのか、そのつづきはまた、いつか気がむいたら、思い描くことにしよう………。
 海は、いまみた夢想の余韻をかみしめながら、ふたたび静かに、波打ちはじめた。






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このストーリーに関するコメント

15/05/19 光石七

拝読しました。
海が無い世界を私も考えてはみたのですが、話が膨らまなくて。
二人の夢想が現実となり飲み込まれて終わったかと思いきや、本当のラストは予想外でした。まさに夢想、波の音が聞こえてくるようです。
楽しませていただきました。

15/05/20 W・アーム・スープレックス

光石七さん、今晩は。

私もいまあらためて作品を読みかえしてみて、書いた時よりは冷静に分析できたつもりでいます。SF作家のブラットベリあたりの影響をうけているなと思いました。『予想外のラスト』もうそれだけに命を賭けているようなものですが、楽しんでいただけて、なによりです。

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