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高橋螢参郎さん

何でもいいから金と機会おくれ

性別 女性
将来の夢 二次元に入って箱崎星梨花ちゃんと結婚します
座右の銘 黙り虫、壁を破る

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ゆきつくところ

15/04/17 コンテスト(テーマ):第八十回 時空モノガタリ文学賞 【 テーブルの上 】 コメント:3件 高橋螢参郎 閲覧数:1100

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 目覚めると、そこには真っ白な平原が延々と続いていた。
 それが敷き詰められた雪の比喩でないのは二、三歩歩いてみてすぐにわかった。こつん、こつん、と高く張った足音がしたからだ。足元を覗き込むと、床はぼんやりと僕の影を映し込んでいる。大理石、いや、白磁か。手で擦ってみると、きゅっ、きゅっと音がした。よく磨かれているらしい。気を抜いた瞬間滑って転びそうだ。
 再び遠くに視線をやっても、地平線が広がるばかりで何もありはしなかった。
 このでたらめな世界に、僕は諦めてへたり込んだ。
 死んだ、んだよな。多分。
 広げた手のひらをまじまじと見つめてから、今一度自分の身体がどうなっているのか観察してみる。足音がするからには足はきちんとある。それもいつもの革靴を履いたままで。
 ああ、どこからどう見たって人生最後の時のままだ。天国に来てまでスーツ姿とは。
「……天国に決まってるよな」と、僕は殺風景な景色の真ん中でネクタイをゆるめながら、独り呟いた。

 生まれてこの方、僕は何ひとつ悪い事なんてしてこなかった。
 貧しかった家計を気遣って学校は全部公立を選んだし、本当は行きたかった東京の美大だって諦めた。無遅刻無欠席で、友人が武勇伝として語る万引きなんかも一度たりともした事がない。重ねて言うと、うちはあまり家庭環境が良くなかった。事ある毎に親父からは拳が、母親からは罵声が飛んで来た。いつ非行に走ってもおかしくなかったと親戚のおじさんおばさんは大学を卒業した時口々に褒めこそしたが、それだけだった。誰一人としてささやかな善意を具体的な行動に移してくれはしなかった。
 就職してからも遮二無二働いた。毎日誰よりも早く出社して、一番遅くに帰った。家では妻になじられ、子どもに馬鹿にされ、それでも浮気もせず、形だけの夫婦生活を周りに求められるままこなし続けた。他にも理不尽な事は無数にあったけれど、人生は試練の連続なのだと思って耐え抜いた。
 そして最後は、深夜の事務所で書類に埋もれながら独り机に突っ伏して死んだわけだ。これで僕が地獄に送られるなら、天国は最初から存在しないのだろう。
 現世で何一つ不平不満を漏らさなかったんだ。今少しくらい高望みしたって罰は当たるまい。僕は灰色の空を見上げ、このモノクロームの世界から救い出される瞬間を信じてひたすら待ち続けた。
「うん、悪くないな」
 低く唸るような声が、頭上から不意に静寂を破った。
 しかし天から降りて来たものは蜘蛛の糸ではなく、銀色に光る巨大な槍だった。四つに枝分かれしたその穂先がこちら目掛けて振り下ろされたのを、僕は間一髪のところで飛び退いて避けた。「ん?」という疑問符と同時に槍は再び持ち上げられ、二度、三度と僕を襲った。躱す度あの硬い床にひっかき傷が増えていく。もし直撃を貰えばひとたまりもないだろう。仮に死んでいたとしても串刺しにされていい気分はしない。
「活きがいいのは結構だが」
 ちっ、という舌打ちの音を聞いて僕は再び天を仰いだ。声の主は頬杖をついた、山のような大男だった。その全長は杳として計り知れない。そしてその右手に握られていたのは、槍ではなく巨大なフォークだったのだ。
「何をするんだ!」
「何を、とは……また面妖な。食材が口を利くとは」
 つい感情的になって訊いてしまったが、答えは明白だった。この床の正体は巨大な皿。そしてこいつはその上にいる僕を食べようとしているのだ。状況を再確認すると、ぞっと身震いがした。
 だが神か悪魔かわからないが、とりあえず言葉が通じるならば説得の余地はあるだろう。僕はこれまでの身の上を洗いざらい話して許しを乞おうとした。仮に天国へ行けずとも少しでもいい地獄に行けるように。少なくともこのまま食われるよりかは幾分かマシなはずだ。
 しかし大男は悲惨なエピソードのひとつひとつを語って聞かせる度に嬉しそうな顔をするばかりで、一向に憐憫の情を覚えたような素振りは見せなかった。僕は次第に気味が悪くなって、直接的に聞いてしまった。
 あなたは神様ですか。
 大男は答えた。いかにも、と。
 神様なのに、こんなにかわいそうな僕を食べるのですか。
 大男は答えた。だからこそ美味いのだろう、と。
「お前たちも鴨で同じ事をしていたじゃないか。無理矢理餌をやって美味くなるとは、なかなかの発明だ」
 ああ、と僕は不覚にも得心がいってしまった。こいつは姿形こそ人間に似ていても、僕らの事をその程度にしか見ていないのだ。テーブルの上のフォアグラは、味さえよければそれでいい。
「では、改めて」
 絶望に立ち尽くす僕をフォークが深々と貫いた。身体には引っかかるものの、不思議と痛みはない。やはりもう、実体は持っていなかったのだろう。
 大男の喉の音を聞き届けたあたりで、僕の人生は今度こそ終わりを告げた。


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このストーリーに関するコメント

15/04/22 光石七

拝読しました。
人間が食材としてテーブルに載るという発想が面白いと思いました。
真面目に頑張って生きたのに待っているのがこんな結末とは。こういう神様はいてほしくないですね。
ブラックなお話、楽しませていただきました。

15/05/01 高橋螢参郎

コメントありがとうございます。

>光石七さん
何となくコンテスト以前から人間が食卓の上に乗る、というイメージを抱いていたので(明確な上位捕食者のいない人間からするとあり得ない光景)、そこからちょっと広げてみました。
実はある種の命の終着点なんですよね。テーブルの上って

>志水孝敏さん
感動はどうしても助走が要りますからね。ずばっと切り捨ててしまった方が小粒でも印象に残るものが作れるかと。
神様については全く同感です。むしろメタ的な視点で我々人間の事を見ているなら絶対優しくはないだろうな、と。
ありがとうございます。また頑張って何か書きます

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