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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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崩れる

15/04/13 コンテスト(テーマ):第五十四回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1504

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 最初に、かゆみ止めの軟膏の小瓶が、崩れた。
 こたつテーブルに、座っていたクニオは、その一部始終を目撃した。
 まず、ふたの部分の端が、ふっと薄くなったような印象をうけた。それをたとえて言えば、テレビの画像のドットが急に荒くなったとでもいっておこうか。
 ちかごろ、老眼がすすんできた彼は、てっきり目のせいだときめつけた。
 だが、瓶のふたがみるみる、砂でできた城に水をかけたときのように崩れおちていき、次に下の瓶がおなじように、崩れてゆくのをみたクニオは、これは視覚の問題ではないことに気がついた。
 瓶は、ものの三十秒ほどで、跡形もなく消えてしまい、これまで瓶があったところにはかすかに、まさに吹けば飛ぶような粉がみとめられた。
 軟膏は、もうほとんど使い切っていて、瓶は、どのごみの分別なのか迷っていた彼だったので、消滅はむしろありがたかった。
 クニオは一人住まいだった。
 彼はいまみたことは、誰にもいうまいときめた。いったところで、誰がそんなこと、信じてくれるというのだ。
 どんなことでもそうだが、時がすぎれば、このこともやっぱり忘れてしまうだろう。じじつ、クニオはそれからたまっていた衣類の洗濯をし、ベランダでその洗濯物を干し、何日ぶりかで部屋を掃除をし、コンビニ弁当で昼食をすませたころには、かゆみ止め軟膏のことはなかば忘れてしまっていた。
 次に、棚に並べてあったお茶とスポーツドリンクのペットボトルが、崩れた。
 クニオはこのときも、コタツテーブルに座って、それが崩れていく様子を、つぶさにみまもっていた。
 ペットボトルが崩れる時は、中身の液体はどうなるのか。やっぱり、バシャッとこぼれおちるのかと思いのほか、そうではなく、水もまた細かく、細かく崩れてゆき、後にはやっぱり、わずかな粉だけが残った。
 洗面台においていた髭剃り器が見当たらないことに気づいたクニオは、もしかしたらこれもと、一瞬疑ったが、それはこの前使ったまま置き忘れてい寝室の隅で見つかった。
 崩れがおきるときは、かならず自分がいあわせることを、クニオはその後の体験で知るようになる。
 電池が切れたきり、ほったらかしにしてある目覚まし時計が、崩れた。
 軟膏の瓶同様、突然輪郭がぼやけると同時に、それは形をくずして最後に微量の粉と化した。
 このときになってもクニオがまだ、次々に物が崩れるのをまのあたりにしながら、なんの行動にも出ようとしなかったのは、一言でいえば、めんどくさかったからにほかならない。
 彼はいま、失業保険で暮らしていた。
 月に一度、就職活動の有無の報告にハローワークにでかけるほかは、ほとんど家でじっとしていた。
 動くことは、体力の消耗につながり、当然腹もへる。腹がへったら、食わなければならず、食うものは、金をださなければ買えない。彼がリスペクトしているのは、一日過ごすのに木の葉数枚でこと足りる、ナマケモノだった。
 しかし、ある日、電子レンジが崩れ出したときには、さすがのクニオもあわてた。
 電子レンジのような高価な―――といっても特価で一万円程度だが―――しろものは、なぜか彼の中では、崩れないという意識があった。崩れるのは、崩れてもいいような、ほとんど使い切った軟膏の瓶とか、埃をかぶった目覚まし時計のような安価なものと勝手にきめつけてきた。電子レンジが崩れたら、あとに残る高価なものも―――といってもたいてい、特価で一万円以内のしろものだったが―――危ないのではという危機感が、かれのなかにこのとき芽生えた。
 ひとつ発見したことは、電子レンジのようなかさばるものも、崩れた後には、すでにこれまで崩れたものと同じに、わずかな粉しかのこらなかったということだ。したがって、残された粉からは、そのもとの姿を想起することは容易にはできないにちがいない。後々の証拠のために、粉の保存も考えたが、結局それもめんどくさくてやめにした。
 あるときクニオは、台所からもってきた一本のスプーンを手にして、崩れろ、崩れろと、一心に念じてみた。
 もしこれでスプーンが崩れるようなことがあったら、過去にスプーン曲げで一世を風靡した面々のように、金と名声が手にはいるのではと彼は考えた。細々と失業保険で毎日をくいつないでいる彼のような人間が、いかにもおもいつきそうなイージーな発想だった。
 結局、スプーンは、崩れなかった。これによって、これまでの崩れ現象は、人の意思とは関係なく起こっていることがわかった。
 クニオが、それからというもの四六時中、ビデオカメラを携帯するようになったのは、いうまでもなく崩れの現場を動画におさめるためだった。
 CG全盛のいまの時代、いくら動画上で物が崩れたとしても、誰もそれを、事実とうけとめないことは彼といえども先刻承知していたが、確かに起こっているこの不確かな出来事の、唯一自分が目撃者だということを、世間に知らしめたかった。
 これまでなにひとつとして、社会に対して自己をアピールするような手段をもつことのなかったクニオが、はじめて獲得した決定的なこれは事象だった。
 もしもナマケモノが、ニンニクたっぷりのすっぽん料理を常食にしていたら、生きることにもっと精力的になるように彼も、崩れを目にしてからそのライフスタイルに、大きな変化があらわれた。
 彼のビデオカメラには、その後におこった数回の崩れがおさめられた。
 いますぐ、この動画をYOUTUBEで発表しようとも考えたが、そのまえに、だれかに一度みてもらうことにした。
 この動画が、どれだけのインパクトをもたらすか、生身の人間で実験してみるのも悪くはないだろう。
 三日後、クニオは家に、千里を呼んだ。三年つきあっている女性で、彼が仕事にありつくまで会わない約束をかわしていたが、今回だけは例外をみとめてもらうことにした。
「もしかしてそれ、アドタルトビデオじゃないでしょうね」
 動画のことを告げると、千里は、そんな邪推をしたらしい。
「ちがう、ちがう。そんなんじゃない」
「よかった。で、なんなの?」
「口では説明できないから、まずこれを、見てほしい」
 クニオは、パソコン画面に、室内の物が崩れてゆく様子を、再生させた。
「なんなの、これ」
 千里は、たいして興味もなさそうにいった。
「これ、リアル映像なんだ。現実に、瓶とかペットボトルとか電子レンジが、おれの目のまえで崩れて、見えるか見えないぐらいの粉に変ってしまったんだよ」
 クニオは、期待をこめて彼女をみつめた。が、その彼女が見せたのは、大きなあくびひとつだった。
「きゅうによびだして、なにをいうのかと思ったら、そんなわけのわからないことなの? あたし、あなたと違って明日、仕事があるのよ。はやくかえって、寝るわ」
「これ、すごいことだとおもわないか? なにもしないでも物が、崩れてゆくんだよ。みんな、びっくりするよ」
「画面のなかの物を消してしまうぐらい、だれでもできるわ」
「これはトリックじゃないんだ。現実に起こった出来事なんだって!」
 かみあわない会話にいらつきはじめたのは、クニオよりもむしろ、千里のほうだった。
「ほんとに帰る。こんど電話するときは、きちんと仕事みつけてからにしてね」
「まってくれよ。この映像は、本当なんだ」
「もういいわ、元気でね」
 たちあがろうとしかけた千里のからだが、そのときぐらりと揺れた。
「ち、―――千里」
「なんでも、ないわ………」
 いいながら千里は、下半身から崩れはじめ、腹部、胸部、首、頭がつづいて崩れていった。
「ああ………」
 クニオは、腕をひろげて、いままで彼女がいたところの空間を、むなしく抱きすくめた。
 人間までが、崩れていくなんて、さすがにおもいもしなかった。だが、それはじゅうぶん予期できたことなのだ。クニオは、戦々恐々とした境地に立たされた。人間ひとりが、目の前から消えていくのは、かゆみ止め軟膏の入った小瓶が消えるのとはわけがちがう。
これは、めんどくさいといって、ほっておけるものではなかった。
 彼は、千里が崩れた場所にのこっていた微量の粉を、丁寧にあつめて、ティッシュでくるんだ。それがいったいなにを意味するかはじぶんでもわからなかったが、瓶の粉のときのように息でふきとばすようなことはさすがにできなかった。
 このままなにもかもが崩れていって、地上からいっさいの物が消えていき、そのうちこの大地さえ崩れはじめ、最後に地球が崩れてしまったら、じぶんは宇宙空間にひとり、ぽつんととり残されてしまうのだろうか。そんな荒唐無稽な想像に、クニオは本気で怯えた。じぶんは、崩れをこの目でみとどけるために存在しているのだという認識がまたしても頭をもたげた。それは、この世の最後のものが崩れるのを、みとどけることを意味しないだろうか。
 彼は、心のなかでつよく願った。もう、なにも、崩れませんようにと、
       何度も、何度も、くりかえし
            願った。
                じぶんのからだが
                  崩れて
                      いくの
                         にも、
                              まっ
                             た 
                               く 気
                                が

                              つ
                             
                                 か

                                   ず


                                   に 
                            
                                       。




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