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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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剛速球投手が夢だった

15/04/06 コンテスト(テーマ):第八十一回 時空モノガタリ文学賞 【 三匹の子豚 】 コメント:4件 クナリ 閲覧数:1798

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甲子園が掛かったマウンドで、俺の右肩の痛みが鋭さを増した。
タイムを掛けて駆け寄って来た監督に、頭を叩かれた。
「大野、今の一球は何だ。いきなりアンダースローなんて、ふざけてるのか」
「ふざけてません。もう、上から投げられないんです。肩が」
1-7でこっちが負けてる七回裏、ツーアウト二三塁。
打席に立っている敵チームの片山は、今日既に俺から三安打の難敵。
なのに、腕が肩から上に上がらない。
畜生、と唇からこぼれる。
畜生とは何だ、と監督が俺の頭をはたく。
こういう時、何で野球やってんのか分からなくなる。



小学三年生の時にテレビで見た、あるプロ野球投手の直球が凄かった。
キャッチャーに向かって、槍が突き刺さるみたいにカッ飛んで行く。
ピッチャーが投げたボールは、まっすぐ飛んでいるように見えても、キャッチャーに届くまでに少しずつ沈んで行く。
ボールが浮き上がる、とか球が伸びる、というのはその沈み幅が少ないことを言うのだ。
けれどそのプロのボールは、まさしくまっすぐにミットに突き刺さっていた。
一も二もなく、憧れた。

その日から近所の空き地の塀に向かい、ありったけの時間を注いで投げ込んだ。
どんなに俺が懸命に投げても山なりに飛ぶボールが、不満だった。お陰で、早い段階でピッチングのメカニズムを分析する気になった。
理論に裏づけされた俺の投球は、的確に進化した。
体が出来上がって行くにつれ、球速は上がった。コントロールも格段についた。
中学の野球部に入ってからは、野球漬けになった。
剛速球投手が夢だった。
高めの直球で、空振り三振を取るために生きていた。

自分の肩がどうやら人より弱い、と悟ったのはその中学の時だった。
まともに投げていると、五十球くらいで右肩が抜けそうな感じになり、激痛に見舞われる。
それでも、毎日投げまくった。
鍛えれば、強くなると信じた。
今はヤワでも、やった分だけは強くなれるはずだと、努力の価値を信じた。
今日の自分の球速が、昨日より落ちるのが怖かった。
昨日は狙い通りに投げられたコースに、今日は入らなくなるのではないかと思うと背筋が冷えた。
恐怖が、いっそう俺を練習に駆り立てた。
高校で俺がエースとなって甲子園への切符が近づくにつれ、肩の限界は全力投球で四十球になり、三十球になり、やがてピッチングをする前から痛むようになった。
悔しかった。
練習するほどに弱って行く体が、歯がゆかった。
やむなく、打たせて取る練習を強化した。小さな変化球も覚えた。
球数は抑えられ、疲労も溜り難くなったが、奪三振はみるみる減った。
一人のベッドの中で、弱い体に産んだ親を恨んだ。
そんな自分を軽蔑した。
頑張れば頑張るほど、俺の心と体は、理想の俺とは程遠く情けなくなって行く。
布団を被って、泣いた。
夢を持った、自分を恨んだ。



相手は今日三安打の片山。既に、変化球も、今の俺なりの直球も捉えられている。
そして、もう肩が上がらない。
マウンド上、土壇場での俺の選択は、付け焼刃のアンダースローだった。
いざという時のために、練習はしていた。まだ本番で使えるレベルじゃなかったが、コントロールだけはついている。
これしかないと下から投げたボールで、外角低めのストライクを取った。
そして監督が飛んで来て、俺を叱ったのだ。
チームメイトも、
「多少肩が痛くても、真面目にやってくれよ」
「まともにやって負けたら負けたで、堂々と帰れるよ。変なことするなよ」
と口々に言う。
そうか。お前ら、そうなのか。
悔しいのは、俺だけなのか。
その時、バッターボックスから片山の声が響いた。
「ねえ。その大野ってピッチャーは真面目ですよ。早く続きやりましょうよ」
監督が「口出しせんでくれ」と言ったが、片山は更に続けた。
「多分、今そっちのチームで野球やろうとしてんの、その大野君だけですよ」
おい。
何で敵のお前が。
ああ、でも。
そうだ。
これが、野球だろ。

子供の頃に聞いた、豚の話。コツコツとやることの大切さの例え話。
藁の家のような変化球は、片山には、初回に三塁打にされて消し飛んだ。
木の家のような半端なストレートは、既に二度打たれて木端微塵だ。
煉瓦の家にしようと思った下手投げは習得に時間がかかり、完成には程遠い。
それでも。

剛速球投手が夢だった。
なのに、頑張る程に足早に、夢は逃げて行った。
それでも。
俺は、投げるんだよ。
格好悪いだろ。
監督から怒られちまって。
仲間から嫌われもするんだ。
一人ぼっちになるかもな。
それでも。
無駄に意地を張り。
やらなくてもいいことをやって。
人から笑われて。
そうまでして追った夢は、随分遠くなってしまったけれど。
それでも。

最後まで、俺は野球をやるんだよ。
剛速球投手が、夢なんだ。


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このストーリーに関するコメント

15/04/06 海見みみみ

クナリさん、拝読させていただきました。
三匹の子豚の物語としてはまさに変化球ですね。
こう来たかと唸らされました。
チームメイトや監督には恵まれず、敵チームのライバルにだけ認められる。
その皮肉さが逆に燃え上がる理由となり、主人公を再起させる。
「剛速球投手が、夢なんだ」この言葉が印象的な作品でした。

15/04/07 クナリ

海原みみみさん>
3匹の子豚がテーマということで、あのお話のどの部分を切り取るかでは悩んだのですが、これは豚よりもむしろ寓話としてのテーマに焦点を当てた方が思うように話とテーマを結びつけて構成しやすいかな、と思いこちらの作品ではこのようにしました。
コツコツやることの大切さはもちろんなのですが、それが報われるとは限らないんですよね。
それでも、煉瓦の家を建てるんだという決意は自由なわけで。
勝ち抜き性のスポーツ大会では報われない(少なくとも最後まで勝つのはごく少数という点では)努力の方が多いわけでして。
それでも頑張る心に、胸打たれるんですよね。
コメント、ありがとうございました!

15/05/04 光石七

三匹の子豚の教訓といえば真面目にコツコツ積み上げる努力の大切さでしょうが、それらが全て報われるとは限りませんよね。
それでも自分なりの努力を貫こうとする主人公の姿がまばゆいです。
監督もチームメイトも主人公の努力を否定する中で、敵の打者だけが理解して声をかけるというのも高校野球らしい爽やかさを感じます。
悔いのない対決、試合であってほしいですね。

15/05/08 クナリ

光石七さん>
野球というスポーツを語れるほどにはまったくもって疎いにもほどがある我が身ですけども(日本語変)、積み上げたものを全て使ってのぶつかり合いというのは胸を打ちますよね。
スポーツの、それも対戦型の競技の経験者様であれば必ず「上には上がいる」ことを思い知らされるわけで…自分は絵で同じような思いをしましたけど、文科系は「勝ち負けじゃない」という概念があるので(^^;)、運動系の勝負のメンタリティとは別物だと思いますし。
だからこそ見ごたえがあるんだー、などと勝手なことを言ってしまうものですが、こうした「積み上げても積み上げても崩れていく」思いをした人は、後々他人にやさしくなれるかもしれないな、とは思うのです。
コメント、ありがとうございました!

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