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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで4年目に入りました。今まで以上に良い作品が書けるよう頑張りたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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しーちゃんと旅する魔法使い

15/04/05 コンテスト(テーマ):第七十九回時空モノガタリ文学賞 【 通学路 】 コメント:5件 冬垣ひなた 閲覧数:1277

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「りんごあめにポン菓子っ!」
「紙芝居だよー、どうだ今日は新作だよ!」
「おじさんが仕上げたゴム鉄砲だぞ、これで坊主たちもガンマンだ」
通学路に時折露店を出すおじさんたちが、どこから来てどこに行くのかは誰も知りません。
PTAは煙たい顔をしていましたが、子供たちは帰り道にお目当てのものを見つけると、走って家に帰り、なけなしのお小遣いを持っておじさんの所に行く、それがとびっきりの楽しみでした。
今は昔、そんな昭和の頃のお話です。

「今日は皆さんに注意があります。不思議なものを売るおじさんがいます」
みんなはわくわくしました。いったいどんなおじさんなんだろう。
「先生もちょっと見に行ったんですが……指先に乗るくらいの小さな魔法の船が、水面をスイスイ動くんです。謎の薬を乗せるだけですよ」
2年6組の担任、紺野愛先生は困惑を隠しきれない様子でした。
「行くなとは言いません。300円でしたから、ちょっと高いなぁ……見るだけなら、おじさんの邪魔にならないようにね」

「絶対行く!」、しーちゃんはがぜん張り切りました。家に帰り300円を握っておじさんの所へ急ぐと、すでに子供たちで人だかりが出来ています。
「あー、見えないや」
「どうしたの、椎名さん」
しーちゃんが振り向くとそこには風祭君がいます。丸坊主が当たり前の男子の中で、おしゃれな彼ば浮いて見えました。
「船が見たいの、謎の薬でスイスイ走る魔法の船」
「だろうね。先生、焚きつけが上手いな……」

順番どおりおじさんの前に来ると、水を張ったタライには、先生の言うとおりの船がいくつも浮かんでいました。薄いセルロイドの平坦な船体に色違いの煙突がちょこんとついています。
「でも走ってない」
「まだ魔法はかかっていないからね」
おじさんは一つ咳払いをして、船尾のくぼみに米粒大の薬を挟み、そして水面に静かに置きます。
「あーっ!」
船には頑丈なエンジンはおろか、風を受け止める帆もありません。
なのに、どうしたことでしょう!
船は音もなく、スイスイと水面を動き出すではありませんか!
しーちゃんだけでなく、他の子供も、そしておじさんも大喜びしました。

「どうだい、魔法の船と謎の薬、セットで300円だ!」
「ください!絶対ください!」
「待った」
風祭君は金ダライをぴょんととび越えて、おじさんの所に行きます。そして二人は小声で何やら話していますが、やがておじさんはを手をパンと打ちました。

「いいだろう、坊主」
おじさんは浮かんでいた魔法の船をつまむと、風祭君の手に乗せました。
「そっちのお嬢ちゃんは200円にまけとくよ」
「ほんと?」
しーちゃんはおじさんにお金を渡して船と薬を貰いました。風祭君のおかげでお小遣いが残って大助かりです。

二人はおじさんにさよならをすると、とんぼ公園に向かいました。
「でも、風祭君。謎の薬がないと、船が動かないよ」
「謎の薬の匂いを確かめてごらん」
しーちゃんは袋を開けて、謎の薬に顔を近づけてみました。
「なんか、嗅いだことある」
「だって防虫剤に使われる樟脳(しょうのう)だもの」
風祭君は涼しげな顔をして言いました。

「これは表面張力を利用したおもちゃだよ。表面積を小さくしようとする力で、水滴が丸くなるのもこのせいだ」
風祭君はいつものように、しーちゃんにだけこっそり種明かしをしました。
「船を水に浮かべただけだと、表面張力は釣り合っているから動かない。でも樟脳が流れ出ると船の後部の表面張力は弱まって、結果、船は前方に引っ張られる」
「……それで動くの?」
「そういうこと」
風祭君はにっこり笑うので、しーちゃんは何だか照れました。
「僕の船は先生にあげるよ。先生、大人だから売ってもらえなかったんだ。それにおじさんは今日で店じまいだから」

「えー、どうして?」
「この辺はヤクザがうろつくからさ。みかじめ料をふんだくられたら、君が今渡した200円だって悪い人の手に渡ってしまう」
そんなことになったら大変です、だから風祭君はその事をこっそりおじさんに教えたのでした。
公園の噴水ではしる魔法の船は、大海原に挑む耐久性は持ち合わせず、世間の荒波に揉まれる魔法使いたちは、二度とここには戻らないかもしれません。
しかし彼らは頼まれもしていないのに、いつも子供たちに夢という推進力を与えて去ってゆくのです。

ひとしきり遊び終えたしーちゃんは言いました。
「風祭君、おじさんに言おう、面白かったよって。他でもたくさん売れるよ」
風祭君も頷きます。
「魔法使いは放浪する、『指輪物語』のガンダルフのようにね。それが宿命でも、必ず次の街で待つ人はいるんだよ」

波にも負けず、魔法の船はまだまだ進みます。
その船を宝物のように掌に包むと、二人はまだ賑やかな通学路へ駆けてゆくのでした。


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このストーリーに関するコメント

15/04/05 冬垣ひなた

<補足説明>

おじさんが売っているのは、樟脳船と呼ばれるおもちゃで、昔は縁日などでよく売られていたそうです。
冬垣は通学路で一回見たきりですね。もう下火だったのかな。
動画サイトで検索すれば、動く樟脳船を見ることもできます。結構速いです。

15/04/05 海見みみみ

冬垣ひなたさん、拝読させていただきました。
露店のおじさんは子供たちからしたら魔法使い。
そんな魔法の裏側を見せつつ、しっかりと夢も観させる。
とても素晴らしいバランスでなりたったお話だと思います。
風祭くんの小学生離れした知性もいいキャラ付になってますね。
しーちゃんの純粋さが素敵です。

15/04/08 そらの珊瑚

冬垣ひなたさん、拝読しました。

樟脳船、見たことはないですが、意外に科学的なからくりで出来ていたのですね。
それを知らなければほんとに魔法の船ですね。
そういうおじさんたち、そういえば時々小学校からの帰り道にいましたね。
昭和の匂いのするような懐かしい通学路でした♪

15/04/08 冬垣ひなた

海見みみみさま

コメントありがとうございます。

今回は皆さまの作品を拝読させていただいてからの執筆になりましたので、
海見さんのおっしゃる通り、バランスには気を配りました。
通学路って文化の一つとして大切ですね。
『指輪物語』読んでるこの位の歳の子、見たことあります。自分は高校の時、一度挫折したのですが……。
風祭君はそんな感じで生まれました。しーちゃんもいい子ですね、これからも書きたいです。

15/04/08 冬垣ひなた

そらの珊瑚さま

コメントありがとうございます

前回の殻なし卵もそうですが、樟脳船のからくりも高校の授業で習いました。
何もない時代、子供を楽しませるために昔の人が知恵を絞ったのが分ります。
大人がダメといっても、寄り道がむこうからやってくる、
みたいな当時の雰囲気が伝わって良かったです。

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