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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ブリキの風ぐるま

15/03/30 コンテスト(テーマ):第五十三回 【自由投稿スペース】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1609

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 遠い日の記憶だから、あいまいにぼやけているのはしかたがない。
 おまけにそこに私の空想がまじったりするのでますます、あてにならないことはなはだしい。
 しかし、私がまだ小学生だったころ、たしかに家のちかくに、彼がいたことはまちがいなく、そしてその彼がブリキ屋の息子だったこともまた、疑いようのない事実だった。
 彼の名は、愛田友樹といった。
 店の屋号が『あいだ屋』で、私の親が、台風シーズンをまえにしてよく「あいだ屋さんとこに、樋の修繕たのんどけ」といっていたのをおぼえている。
 友樹の父は、腕の立つブリキ職人で、小さな店の前で、ブリキ製品のはんだ付けをしている姿が、いまでも私のまぶたに浮かぶ。
 近所ということもあってか、私と友樹は、おたがいの家をゆききしては遊んだ仲だった。
 私の父というのは、物書きのはしくれで、著作も数冊ものにしていたが、あまり子供のことにはかまわない性格で、私のなかの父の思い出といえば、ひがな一日、原稿用紙にむかって、万年筆片手に、唸り声をあげている姿しか印象にのこってない。
 それよりもずっと、友樹の父親のほうが、私のなかではウエイトをしめていた。
 友樹の父親も、ほとんどあいそなど口にしたのを聞いたことのないような、堅物で、ものいわずの人間だった。
 私が遊びにいってもいつも、はんだ鏝をにぎって、ブリキとブリキをくっつけることに、一心不乱になっていた。向こうから私に話しかけるようなことは、もしかしたらただの一度もなかったのではないか。
 はんだを使うときは、強い酸をつかうので、いつも外で仕事をすることが多かったみたいだ。
 はんだを溶かすときにたちのぼる、つんと刺激のある臭気は、しかし私はきらいではなかった。
 それによってうまれるさまざまなブリキ製品のすばらしさをみているだけに、そのような臭いも私のなかでは嫌悪の対象とはならなかったのかもしれない。
 友樹は、勉強のほうは、ぜんぜんできなかった。
 五十人いたクラスでもつねに、ビリから三番目にはいっていた。
 当時の学校では、勉強ができないということは、人間としての尊厳を抹殺されるにもひとしかった。
 算数の計算をまちがえただけで、先生は平気でその生徒の頭を容赦なくひっぱたいた。 その先生だってきっと、日々の生活のどこかで、計算をまちがうような経験をしているはずなのだ。
 そのとき先生は、だれかに頭をたたかれるのだろうか。
 それ以外でも私は友樹が、物を忘れたというだけで、これまたおもいきり頭をたたかれるのを目撃している。
 その先生はたしかに前日に、板をもってくるようにと生徒に通達していた。
 すこしぼんやりしたところのある友樹は、それを忘れた。もちろんわざとではない。
 先生は本気でおもいきり、彼の頭をたたいた。
 学校というところは、勉強ができなくてうっかり物を忘れる生徒は、その人間性さえ否定されてしまうところだった。
 友樹も、『あいだ屋』の店では、ときに木槌を使ってブリキをたいらにのばすことがあった。
 ふいに私が彼の家に遊びにいったときなどにたまに、その現場に直面したことがある。 その姿が私の眼からみても、なかなかどうして、さまになっていた。
 あの寡黙な父親が教えたのではあるまい。
 よく世間でいう、門前の小僧習わぬ経を読むのくちで、父親の仕事をそばでみていて、やり方を習得したのにちがいない。
 そういえば彼は、ほかの科目はさっぱりでもこと、工作だけはいつも、優秀な成績をとっていた。
 もしかしたら、はんだも、使いこなせるのかもしれない。
 彼にとって必要なのは、忘れ物をしただけで拳がとんでくるような学校教育ではなくて、一日じゅうひたすらだまりこんでブリキと格闘している父親の姿をそばにみながら、みずからブリキ製品を加工することなのではないだろうか。
 とはいえ、まだ小学生の友樹なので、たずねてきた私をみると、すぐに木槌をほうりだして、遊びに出てきた。
 ちかくにはまだまだ、自然がいっぱいあったので、私と友樹は野山をかけまわり、池に石をなげたり、川のなかを靴のままあるいたりして時をすごした。
 二人がかえってきたときも彼の父親はまだ、おなじところで仕事をしていた。
 面白くもなさそうな顔で、ブリキとブリキをはんだで溶接している。
 私は、その父親のはんだづけを、興味にかられてながめていた。
 職人の仕事のおもしろさを、子供心にも私は理解していたものとみえる。
 勘が勝負の職人仕事に、愛想も能書きも、いりはしない。
 友樹の父親がその見本だ。
 許されるなら、一時間でも私はみていたかった。
 が、さすがに、私の家のことも考えたのか、友樹の父親は、仕事の手をやすめると、横をむいてなにかをしはじめた。
 一分ぐらいたってからこちらを向いた彼の手には、軽く反りをいれたブリキの切れ端のようなものがうかがえた。
 それはブリキをただ、四角く切ったもので、そんなものなにをするのかとみていると彼は、角と角を人差し指と親指でつまんで、ふっと息をふきかけた。
 するとそれは息の力で、くるくるとまわりだした。
 友樹の父親は、それを私に黙ってわたした。
 私が彼をまねて、やはり指と指でつまんだブリキに、息をかけてまわすと、彼はわずかに笑った。
 そのとききらきらと光りを放ちながらまわったブリキの光景だけは、彼の照れたような笑顔とともに、いまも私のなかに、あざやかに残っていた。


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このストーリーに関するコメント

15/03/30 海見みみみ

W・アーム・スープレックスさん、拝読させていただきました。
なかなか考えさせられる話ですね。
学校での教育と家で自ら学ぶ教育。
どちらが正しいかは明言できませんが、私はその個人にあった教育法を実践すべきだと思います。
その点友樹は学校での教育には向かないのでしょうね。
昔気質な友樹の父が実にいい味を出している作品でした。

15/03/30 W・アーム・スープレックス

海見みみみさん、コメントありがとうございます。

『昔気質な友樹の父』に注目していただいて、うれしいです。いちばん書きたかったのは、この人物でしたから。
飾らず、でしゃばらず、ぶっきらぼう―――最近はあまり、こういう人物像にはお目にかからなくなったような気がします。

いつもよく読んでいただき、あらためて感謝します。

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