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須磨 円さん

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『告白』

15/03/30 コンテスト(テーマ):第七十九回時空モノガタリ文学賞 【 通学路 】 コメント:7件 須磨 円 閲覧数:1460

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 初めて吐き気を覚えたのは、汗がにじむくらいの気候が続くようになったとある日だった。
 いつものように眠い目をこすり、つたない動きで制服を身に付けていく。朝ご飯を簡単に食べ、そしてワタシ―――サイトウユキコは、学校へ行く準備を終えた。
 自転車で、1km先のバス停まで向かおうという矢先だった。
 太陽の光が、ひどく脳内を揺らした。
 自転車を漕ぐ自分の足が鉛を付けたかのように重い。身体はみるみる疲弊した。冷や汗がじわりじわりとシャツを湿らせていき、うえ、とえづいた時、ワタシはいよいよ自転車から下り、俯きながら小さな公園の前を自転車をひいて通り過ぎた。けれど歩みを止めようとは思わなかった。
 『あぁ、遅刻決定だ……』、やけに冷静な脳内がそう呟いていた。
 一本か二本遅れのバスに乗り、最寄の駅までの十数分間を、拳をつくって耐える。バスから降り、駅の階段を登っている途中、腹の中から何かがこみ上げた。間に合わない!咄嗟にそう思った。口元に手のひらを当て、こみ上げてきたそれをせき止めた。早足で改札を抜け、慌ててトイレに駆け込んだ。
 私は吐いた。
 胃の中のものを全て無くしたあと、私は思う。
 何故こんな思いをしなければならないの。―――帰りたい。ふいにそんな考えが浮かんでしまう。
 ワタシは、その日学校の授業を二限まるまる出なかった。

 サイトウユキコ。22歳。高校の時のこの日が、“始まり”であったと今になって自覚している。
 この日を境にワタシがどのように変化していったのか、この日記帳に記しておこうと思う。
 サイトウユキコは、この日からみるみる体調を崩していった。慢性的な頭痛と、体のたるさと。症状は決して重くはなかったが、それよりもワタシの中を悪い方向へ浸食したものがあった。
 心、である。
 友人の前では決して気丈に振る舞っていたワタシだが、この目で見る全ての光景と時間の流れを、どこか他人事に見るようになった。ワタシだけが、“世界”という輪から除外されているかのような感覚。学校の授業の一つ一つが自分にとって全く意味の無いものに思え、とても自然な流れで遅刻が増えていった。朝、いつも通り起きても通学途中で引き返してしまうという事が多々あった。
 ワタシは、学校へ行かなくなった。
 学校に行くのがつらい。
 ワタシは、学校を辞めた。

 サイトウユキコ。22歳。最終学歴中卒。就職活動中。希望職は事務関係。将来の夢は無し。
 最近になって、私の脳内にはとある先生の言葉が思い浮かぶ。
 『サイトウさん。サイトウさんはとても疲れているから、病院へ行った方がいいよ。病院、精神科の方ね。とても心配してるの。行ってみて』
 サイトウユキコ。22歳。通院歴、1ヶ月。
 自分の中身を数年かけて紐解いた後の、やっとの、訪院だった。

 診療結果は、自分の中で出した結果と同じ、“劣悪な家庭環境によるもの”である。

 周りから一歩も二歩も出遅れたワタシの、言葉を最後にここに記しておこうと思う。
 自分を大切にしてこなかったしわ寄せが、今のワタシであるように、将来、何年かあとに必ず己を襲うのである。今のワタシの毎日はひどくつまらないもので、しかし今ワタシはそのつまらない殻から抜け出すことを恐れている。世界が、人が怖いと思ってしまうその刷り込みされた考えはいっこうに自分の中から消滅することはないのである。
 だから、どうか、早い段階で気づいてほしい。自分の中のおかしさに気づいた時、自分と向き合うという行為をしてほしい。どうか、自分を大切に、第一に考えてほしい。他人に思考まで振り回される日々から、抜け出してほしい。
 夢を、持ってほしい。夢を持ち、生きてほしい。ワタシが、看護師として働くという夢をかつて抱いていたようにいつまでも。
 いつまでも、いつまでも。
 どうか、この世界を、頑張って、生き抜いてほしい。

 この世界で、過去のワタシと似たような苦い思いを抱いている人がいるならば、ワタシは、その人を強く強く抱きしめてあげたいという衝動が、湧きあがるのである。サイトウユキコという人間がほしかったものが、少しでも、与えられる事ができるのではないか、そう思って止まない。今日も同じベッドの上で、ワタシは涙を流している。

 あの日から、5年が経った。
 サイトウユキコ。あの日と同じ日差しが降り注ぐ季節がもうすぐやってくる。
 外に出ると、時々、あの日に似たぬくい光が、ワタシを包んでくれる時がある。ワタシは、眩しさに、静かに瞼を閉じるのである。

 ―――広い広い空から、今日もワタシを見下ろすそんな太陽に。
 ありがとう。サイトウユキコ、愛を込めて。

20××年 某日
天気 気持ちがいいくらいの晴れ


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このストーリーに関するコメント

15/03/30 須磨 円

投稿の際に不具合が生じた為、再投稿致しました。

15/03/30 海見みみみ

須磨 円さん、拝読させていただきました。
強いメッセージ性が心に響いてきました。
自分を大切にすること。
それがいかに重要なことなのか。
それをこの作品を通して見たような気がします。
とても心に残る作品でした。
ありがとうございました!

15/04/08 光石七

拝読しました。
私も高校時代メンタルが原因で体不調、不登校になり、その時児童相談所の先生に言われたのが「自分のことを好きになってみようね」でした。
他者への思いやりも社会への貢献も、まず自分を愛することからなんですよね。
飾らない文章がとても心に響きます。
素晴らしいお話をありがとうございました。

15/04/14 須磨 円

海見みみみさま

ご感想をありがとうございます。
自分を大切にするという事が世の中には出来ない人がいる、
その苦悩に苛まれた心境を綴りました。
これは一部、私の実体験でもあります。
私はこの2000文字が、誰かの“手助け”に少しでもなれれば良いと
思いを込めて書きました。

15/04/14 須磨 円

志水孝敏さま

お言葉をありがとうございます。
学校に行くという行為は誰もが安易に出来る事ではないのですよね。
サイトウユキコが前向きに生きはじめた象徴として
太陽の存在を引用しました。

15/04/14 須磨 円

光石七さま

お言葉をありがとうございます。
「自分を好きになる事」はとても大切ですよね。
この言葉をくれた先生は素敵な方ですね。
私も大人になってから改めて感じています。
私自身も自分を好きになれなかった経験があるので、
気持ちを素直に言葉にしたいと思いました。

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