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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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路地裏のメルヘン

15/03/27 コンテスト(テーマ):第八十回 時空モノガタリ文学賞 【 テーブルの上 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1508

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マンションと雑居ビルに挟まれた隙間には、さまざまなごみが風に飛ばされて吹きこんできた。ごみといっしょにまいこんできたもののなかには人間もいた。出ていくところがないので、ごみも人も、いつのまにかこの場所に居ついてしまった。いつのまにかすみついたものは、またいつのまにかどこかへ行ってしまうので、顔ぶれはつねに変動したが、だれひとりそんなことに気をとめるものはなかった。
ただし、三日に一度の掃除と、花に水をやることだけは、みんなでかわるがわるやるようになっていた。ちびた箒を手に、路地の間を掃き、その奥の、四角い空間―――俺たちの生活の場を、掃き清めるのだ。集めたごみは、雑居ビルの非常階段の下におかれたゴミ箱に捨てた。毎日、二階の食堂に勤めるお姉さんが、ゴミ箱に生ごみを捨てにおりてきた。俺たちは彼女のことを、『歓びさん』と呼んでいた。みるだけで俺たちの心に、しらずしらず歓びがわきあがってくるからだ。「彼女は、みんなの希望の女神だ」と、また古めかしい賛辞を口にした者がいたが、たしかに『歓びさん』の存在は、ここに居ついたみんなにとっては、女神そのものだった。
あとひとつは、花に水をやることだった。その花というのは、いまも、四角い場所のまんなかにおかれた、丸テーブルの上の、一輪挿しの花瓶から、黄色い花びらをひろげていた。花は、一週間に一度、知らないうちにとりかえられていた。俺たちだって水も飲めばものも食い公園のトイレで用も足す。そのため、みんなが出かけてここが空になったときをみはからって、だれかがここに、花を挿しにくるらしかった。
テーブルは、路地の入口に捨てられていたものを、俺たちが拝借した。小さなテーブルで、最初はピンク色をしていたのが、紫外線と雨風にさらされ、いまではすっかり色あせていた。それでもそのみすぼらしさが、一輪挿しの花を、いっそう美しく際立たせていて、なんだか、ここに集まる連中に、生きることの真の意味を教えてくれているようで、俺たちはみんな、公園からくんできた水を、感謝をこめて花瓶につぎたすのだった。
「また、あのババアだ」
俺ともう一人の男が、テーブルの花をながめていたとき、マンション二階のベランダから、白髪の老婆が、みるからに意地のわるそうな目つきで、おれたちをみおろしていた。
「知らんふりをきめこむんだ」
一度でもここで住民とトラブルをおこしたらさいご、たちまち追っ払われるのは目にみえていた。
そのとき背後でゴミ箱をあけるがした。『歓びさん』がゴミ捨てにあらわれたのだ。俺たちは、婆さんから目を彼女に転じたとたん、それまでのこわばったものから急に、笑みをふくんだ表情に変っていた。
気のせいか、彼女もまた、ものやわらかなまなざしをこちらに投げかけながら、ゆっくりと階段をあがっていくのを、俺たちはいつまでも見送っていた。
その日、みんなが外からもどってきたとき、花瓶にはバラが挿してあった。
俺たちはそのころには、花をいつもとりかえてくれるのはきっと、『歓びさん』だと思うようになっていた。彼女の俺たちをみつめるあの、優しげなまなざしをおもいだすまでもなく、この周囲にこんなことをしてくれる者がほかにいるとは思えなかった。ちょうどこの剥げて汚れたテーブルが、いっそう花を際立たせるように、俺たちがいることで彼女が輝いている。そこのところをうまく表現することはできなかったが、俺たちと『歓びさん』の関係は、そのようなものだったのだ。
俺はそのバラの、あまりに鮮やかな赤をみて、なぜか不吉な予感におそわれた。はたしてその日の午後、路地の外から足音がして、二人の警官が入りこんできた。
「近所の人から通報があった。きみたちはただちにここから、立ち退くように」
問答無用の通達だった。荷物などあるはずもない俺たちが路地から出ていくのを、非常階段からみまもる『歓びさん』がいた。俺たちは、せめてものこと、彼女の行く末に幸福が待っていますようにと、心から祈った。それに、花をありがとうとも………。

警官がひとり、路地の奥にもどってきて、まだそこにいた彼女に、声をかけた。
「万が一、男たちがまいもどってくるようでしたらまた、署までご連絡ください」
「すぐします。あの臭くて薄汚い連中のせいで、あたしたちがどんなに嫌な思いをしたことか…」
十日後、二階の老婆がようやく風邪も治って、新たな花を手に、テーブルの前までやってきた。
バラはすっかり枯れて、テーブル上にひからびた花びらを落としていた。あれだけきれいだった花も、いまではテーブルとみわけがつかないぐらいすっかり色あせているのをみた彼女は、もっとはやく、くるべきだったわと、すまないような顔つきになった。
彼女は花を挿し終えると、男たちがもどってくるまえにと、いそいでこの場から離れていった。



  


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このストーリーに関するコメント

15/03/27 海見みみみ

W・アーム・スープレックスさん、拝読させていただきました。
この終わり方は実に切ないですね。
『歓びさん』の方が彼らの事を嫌悪していて、老婆こそ彼らのことを思っていてくれていた。
その気持ちのすれ違いが何とも歯がゆいです。
彼らの行く末にも幸がある事を祈ってます。

15/03/28 W・アーム・スープレックス

海見みみみさん、コメントありがとうございます。

かれらの行く末のことまで気遣っていただき、感謝しています。
もうちよっとテーマのテーブルにハイライトをあてたほうがとも思いましたが、結果としてこうなりました。
現代において路地裏にメルヘンは、おそらくありえないでしょうね。

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