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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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般若の家

15/03/23 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:9件 そらの珊瑚 閲覧数:2390

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 小さい頃、夜中にトイレに行くのがとても怖かった。古い旧家だった家は、畳敷きの和室ばかりの部屋がたくさんあり、長い廊下があった。灯りは電球がところどころにあって行き先をぼんやりと照らしていた。

 私は一人で行くことが出来ず、隣に寝ていたばあやを起こして、いつもトイレまで付き添ってもらっていた。

 何が一番怖いといったら、壁にところどころ飾られているお面だった。

 笑っているように見える綺麗な女の人のお面であったり、おじいさんのやおばあさんのもあったが、昼間に見るそれとは違い、夜の面は、そこだけ浮き出て見えるせいか、生きている顔のような気がした。とりわけ怖かったのは、角を生やした鬼の面だった。

 見ないように、見ないようにするのだが、なぜかその心が反作用して、見て、しまう。怖いものみたさ、であったのだろうか。そのたびに、小さく「ぎゃっ」と声を上げて、ばあやに笑われていた。

 父は能の面を作る仕事を生業にする能面師だった。

 世間で父の作る面は魂が込もっているとか言われて高い評価を受けていたそうだ。

 しかし私は父が嫌いだった。物心着く頃には、父は家庭の外に女を作っているのだということが分かるようになる。
 それを母が知ることになれば、家の中は修羅場と化した。

 母は父を口汚く罵り、相手の女も殺して自分も死ぬと泣き喚いた。そんな時は、美形だった母の顔は無残に崩れ落ち、見るのが怖しいほどだった。

 そのたびに父は「もう別れるから」と手をつき、謝るのだが、一年もしないうちに違う浮気相手を見つけて、同じことを繰り返した。
 
 そんな父と別れてしまえばいいものを母はそうしなかった。父も嫌いだったが、そんな母もまた嫌いだった。
 大人になってみればなんとなくは分かる。嫉妬は愛の裏返しだったのだと。

 母は孤児だった。学校もまともに出ていない女なんて、代々能面師として続いている由緒ある家の嫁にはふさわしくないと祖父母は反対したらしい。けれど、母と結婚できなければ死んだ方がましだと訴え、結婚したくらいの大恋愛だったときく。

 それなのに、男女の中というものは不可解だ。
 四十歳になるまで本気で男に恋することのできない自分のトラウマになっているもかもしれない。

 もうずでに父母は亡くなり、跡を継ぐ者もいないこの家は、明日取り壊される。私一人が住むのには広すぎるし、土地を売った代金で、マンションでも買うつもりだった。

 廊下には幼い頃見ていた面がほこりを被って飾れている。ひとつひとつ見ていく。角を生やした鬼の面、般若の前で私の足は止まった。

 般若の面がそれほど怖くないのは、私が大人になったからだろうか?

 しげしげと眺めてみる。怒っているようにも、誰かを呪っているようにも見えるが、どちらにしてもなぜか悲しげに見えた。

「あっ!」
 その面の中に母がいた、ような錯覚にとらわれる。

 もしかしたら父が面に魂を込められるように、母は自らを嫉妬の鬼に仕立て上げたのかもしれない。それを知っていて、父は母の顔を面に仕立てのかもしれない。

 そういえば波乱に満ちた夫婦仲であったが、最後まで両親は添い遂げた。晩年の父はそれまでの浮気ぐせが治ったのか、母とよく旅行などして仲良く過ごしていたようだ。
 父をあの世に見送ったその一ヶ月後に、母も逝った。満ち足りたような幸せな死に顔だったと記憶している。

 この先、もしかして男の人を好きになることがあれば、怖いものみたさに一緒になるのも悪くないかも、なんて思い、ひとりクスリと笑った。

 

 


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このストーリーに関するコメント

15/03/24 海見みみみ

そらの珊瑚さん、拝読させていただきました。
般若の面に隠された真実。
これこそまさに夫婦愛ですね。
二人が本当に愛し合っていたことが伝わってきました。
幼い頃一人でトイレに行けなかったエピソードも、なんだか自分の幼少期を見ているようで懐かしいです。
大人に成長することで新たに見えるもの、それを教えてくれる作品でした。

15/03/24 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

般若の面は私も小さい頃怖かったです。
親戚の家の玄関に飾られていて、なんでこんな気持ち悪いものを飾るんだろうと
子ども心に不思議に思いました。

だけど、大人になって般若の面をよく見ると、何んとも悲しい表情です。
あの面は嫉妬に狂った女の顔らしいけれど、怒ってるというよりも、泣いているような・・・

この両親も嫉妬するほど愛し合っていたのでしょうね。

15/03/24 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

仲が悪そうだったのに、私の両親も母が亡くなってすぐ後を追うようにして、父も逝きました。案外、そういうご夫婦いますよね、「夫婦で相方を亡くして、すぐに後を追う夫婦ほど、仲が良いものよ」って親戚の人が言ってましたのを思い出しました。

主般若面は女性の嫉妬そのものの表情を表したもの、怖いですが奥にある真実のものは切なく悲しいものなのでしょうね。大人になってから、私もそう思うようになりました。

主人公が母親の嫉妬する顔を、見方を変えて思えるようになったオチにはっとしました。こういう愛情の伝え方もあるのでしょうね、お母さんは晩年幸せだったと思います。

15/03/25 滝沢朱音

「般若の家」のなんともいえない恐怖感、今はもうなくなった祖父母の家を思い出しました。
外のトイレ、わけのわからない人形やお面、仏間に並ぶ見知らぬ人の写真…いろいろと怖かったなあ
でも、もし今見たら、この主人公のように思えたように思います。
般若は、愛の裏返しかぁ。男と女って、不思議ですね…深い物語でした。

15/03/25 光石七

拝読しました。
確かに嫉妬に怒り狂っている女性を「般若の形相」と形容したりしますね。
昔怖かった般若の面も今は怖くない。嫌いだった両親の真実が見えた気がして、少し前に進めた主人公。
穏やかな気持ちで主人公と一緒にクスリとさせていただきました。
素敵なお話をありがとうございます!

15/03/27 冬垣ひなた

そらの珊瑚さま、拝読しました。

女の嫉妬を、子供の視点から書くというのは思いつきませんでした。
その頃の親の歳になってから見えるものって、確かに多いですね。
父も母も「私」も年を経て変わった中に、残された般若の面。
そこから込みあがるラストに、ほっとしました。

15/03/29 鮎風 遊

確かに、般若の面は母を模写したものかも。
現実に、般若の面をした人を見ますよね。

主人公もいつか般若になるかも、だけどそれも良いのではと思いました。

15/04/06 そらの珊瑚

>海見みみみさん、ありがとうございます。
実際に実家に般若の面があって、小さい頃とても怖かったのを覚えていて、それがこの話を書くきっかけになりました。
誰が、なんのためにあんなおそろしげなものを飾っておいたのか、
それは今も不明です。今度帰省したら聞いてみようかなあ。

>泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
昔は魔除けみたいなかんじで家に飾る人が多かったのでしょうか?
今はあまり見なくなりました。
大人になると見方が変わるものって確かにありますね。

>草藍さん、ありがとうございます。
面には人の年齢や喜怒哀楽を表したいろいろなものがあるそうですが
そのなかでも般若はインパクト大です。
夫婦にしかわからない愛情っていうのもあるのでしょう。

>志水孝敏さん、ありがとうございます。
渦中では生々しすぎてわからなかったことが、長い時間を経てあらわになるかんじを静かな肌ざわりで表したかったので、コメント嬉しかったです。

>滝沢朱音さん、ありがとうございます。
愛になんらかの化学反応が生じて嫉妬に変化する、みたいなものでしょうか。
もとに愛さえなかったら成り立たないものだとしたら、またそこへたどりつくこともアリかなあ、なんて思います。

>光石七さん、ありがとうございます。
昔、弟と指で口を広げ目をつりあげ、おばかな般若ごっこして遊びました。
クスリ、としていただけて嬉しいです。

>冬垣ひなたさん、ありがとうございます。
般若の面も時間を経て変わるように、
親の年になって初めてわかる気持ちって確かにありますよね。

>鮎風 遊さん、ありがとうございます。
現実に般若の面って…確かにこわいですね。夜には遭遇したくないかも。
なってみないとわからないこともきっとあるのでしょう。

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