1. トップページ
  2. コーヒーを一つだけ

るうねさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

5

コーヒーを一つだけ

15/03/23 コンテスト(テーマ):第八十回 時空モノガタリ文学賞 【 テーブルの上 】 コメント:10件 るうね 閲覧数:1409

この作品を評価する

 また、彼女はコーヒーを二つ頼んだ。
 健司がコーヒーカップを二つ、テーブルの上に置くと、ありがとう、と彼女は微笑む。
 とても寂しげな笑み。
 その理由を、健司は知っていた。
 以前まで、この喫茶店に彼女は彼氏と二人で来ていた。いつも頼むのは、決まってコーヒーを二つ。見ている側がつい微笑んでしまうような。とても仲睦まじいカップルだった。
 その彼氏が交通事故で亡くなったのは、つい先日のことである。
 以来、彼女は毎日この喫茶店に来て、二つのコーヒーを注文していく。そして、一つはテーブルの対面に置き、口をつけずに去っていくのだ。


「マスター」
 健司が呼びかけると、喫茶店のマスターは読んでいた新聞から視線を上げた。
「彼女、いつまであんなこと続けるつもりなんでしょうね」
 さあな、とぶっきらぼうにマスターは言った。
「彼女の気が済むまでだろうさ」
「あのままでいいんでしょうか」
 健司は彼女が去った後のテーブルの上。二つのコーヒーカップを見つめながらつぶやく。
 良くはないさ、とマスターが言った。
「ないが、俺たちに何ができるってもんでもあるまい」
 そう言って、再び新聞に視線を落とす。
 健司はなおも言葉を続けようとしたが、その時、別の客が店に入ってきた。


 それから一ヵ月も経った頃だったろうか。
 たまたまマスターが不在の時に、彼女がやって来た。
 また、コーヒーを二つ頼んで席につく。
 バイトを始めて長いので、コーヒーぐらいならにも健司にも淹れられた。
 健司はコーヒーを淹れながら、彼女の様子を観察する。物憂げな表情で、窓外を眺めやっていた。
 その表情を見て、健司は決意した。
 コーヒーを入れたカップを彼女のテーブルの上に置く。
 ――たった一つだけ。
 いぶかしげな表情を見せる彼女。健司が無言でいると、やがて何事かを察した様子だった。
「ありがとう」
 彼女はそう言って、笑った。
 寂しげな笑み。
 勘定をテーブルの上に置き、席を立つ。そして、そのまま店の外に出ていった。
 後には、手つかずのコーヒーと健司だけが残った。
 それ以来、彼女は店に来なくなった。


 あれから十年の時が過ぎた。
 健司はバイト時代の経験を活かして、喫茶店を経営していた。
 いまでも思う。あの時、自分の気持ちを伝える、もっと上手な方法があったのではないかと。
 あの時の彼女の微笑みは、ほろ苦い記憶として健司の心に残っていた。まるでコーヒーのように。
 カランコロン。
 客の来訪を告げる鈴の音に、健司は追憶から覚めた。
「いらっしゃ……」
 途中で、言葉が止まる。
 彼女だった。
 十年の歳月の間に、相応に歳を重ねてはいたが、間違えようもない。
 対して、彼女は健司に気づく様子はなかった。あの頃にはなかった口ひげをたくわえていたし、眼鏡もかけるようになっていたから、当然である。
 彼女は窓際の席に座り、コーヒーを注文した。
 たった一つだけ。
 健司は、彼女が左手の薬指に指輪をしていることに気づいた。
 ――そうか。
 健司は、知らず微笑んでいた。
 あのことがきっかけになったのかどうかは分からない。
 それでも、彼女は頼めるようになったのだ。コーヒーを一つだけ。
 健司は時間をかけてコーヒーを淹れると、静かに彼女のテーブルの上に置いた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/03/23 海見みみみ

るうねさん、拝読させていただきました。
とても素敵な作品ですね。
最後、コーヒーを一つだけ注文できるようになってとても良かったです。
それを見守る健司の温かい視線が印象的ですね。
コーヒーのようなほろ苦さとそれ以上の深みを感じさせる作品でした。

15/03/23 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

私らしからぬ、と言われそうな真面目な恋愛ものを書いてみました。
最後、健司と彼女が言葉を交わすかどうか迷ったのですが、ここは無言を貫く方がかっこいいかな、と。
素敵な作品と言っていただき、とても嬉しいです。
お読みいただき、ありがとうございました。

15/03/30 戸松有葉

いい話ですね。そして話に合った文章力。ラスト二行でタイトルの「コーヒーを一つだけ」が出てきて、震えました。

15/03/31 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

いい話でしょう?(ぉ
実は、最初は「まるでコーヒーのように」の一文で終わる悲恋ものでしたが、あまりに悲しすぎるので、彼女に幸せになってもらいました。
タイトルも「二つのコーヒーカップ」から「コーヒーを一つだけ」に変わっっています。やはり、幸せな結末の方がいいですよね。
お読みいただき、ありがとうございました。

15/04/18 滝沢朱音

コーヒーをモチーフにした、ほろ苦くてとても素敵な作品ですね。
寂しげに笑って店に来なくなった彼女。もっといい伝え方があったのではと悔いる健司。
最後、二人がそれぞれしっかりと人生を歩んできたことがわかり、
とてもさわやかな気持ちになりました。

15/04/19 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

上で書いた通り、最初は悲恋ものでしたが、十年後の描写を付け加えることで、ちょっとだけ砂糖を入れたコーヒーのようにしました。甘すぎず苦すぎずで、それなりにバランスの取れた作品になったのでは、と自讃しております。
お読みいただき、ありがとうございました。

15/04/19 光石七

拝読しました。
喫茶店の様子、彼女や健司の姿・表情など、目に浮かぶようです。
文章自体はシンプルなのに登場人物たちの感情や変化に深みが感じられ、上質のコーヒーを味わったような気持ちになりました。
素敵なお話をありがとうございます。

15/04/21 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

ビターな感じの恋愛もの、いかがでしたでしょうか。
登場人物たちの感情や変化に深みが感じられたとのこと、非常に嬉しく思います。
お読みいただき、ありがとうございました。

15/04/24 

拝読させていただきました。
切ないけれどやさしい気持ちになれる作品だと思いました。
心にしみました。
文中に出てくるコーヒーが、この作品そのものを暗喩しているようで好きです。

15/04/26 るうね

るうねです。
コメント、ありがとうございます。

よくよく考えると、主人公は失恋しているわけですが、十年の歳月が彼を大人にしたのでしょう。切ないながらも、悲しくはない読後感を与えることに成功したようです。
お読みいただき、ありがとうございました。

ログイン