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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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月の光

15/03/19 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:6件 そらの珊瑚 閲覧数:1628

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ジザの父は二年前、戦地で亡くなった。母もそれを追うようにして昨年逝った。何かの病気だったのかもしれないし、餓死に近かったのかもしれない。けれど、かれこれ五年も続く戦争によって、人々は他人の死というものに慣れっこになり、誰もその死因について詮索もしなかった。心も体も疲弊していた。皆、自分が今日を生きていくだけで精一杯だったのだ。
 母の亡骸を埋葬するための穴掘りを手伝ってくれたのは、幼馴染のローとその母親カレラだけ。十三歳だったジザは、天涯孤独の孤児になった。
「ジザ、うちにおいで。一緒に暮らそう。ねえ母さん、お願い、いいでしょう。ジザは僕の大切な友達なんだから」
 母を失った悲しみで、ジザの瞳からはいくらでも涙が出てきたが、ローの言葉でさらに涙はあふれる。
「ええ、もちろん。一緒に暮らしましょう、ジザ」
 カレラおばさんは、気の済むまでお泣き、と言ってジザを抱き寄せた。その痩せた胸は今しがた土を被せた母親を思わせて、さらに彼を悲しくさせた。

 ローの父もまた戦死していたので、カレラは同じ境遇の息子の友達を一人にしておくのはしのびなかった。死んだジザの母親とも励まし合って生きてきた友達であった。
 カレラとて配給の米さえ満足に手に入らない苦しい生活だったが、畑で野菜や芋を育てなんとか食べていくしかない。
 時折ジザとローが釣ってきた川魚が、貧しい食卓で唯一のご馳走だった。ジザは川釣りの餌となるミミズ取りの名人だったし、ローは釣りの名人だった。どちらかが欠けても魚は手に入らないのだ。
 けれど二人が釣りをするのは夜だった。以前は昼に魚を釣っていたが、――力の強い子、地主の息子やその取り巻き連中であったが、彼らに獲物を横取りされ、小作のくせに生意気だと言いがかりを付けられ、ひどい暴力を受けた。大人の世界はそのまま子どもの世界への縮図。二人はその時、嫉妬というものの怖さを学んだ。
 それから二人の釣りは月の輝く夜になった。その光が川面を照らすと、滲んだ道が現れる。それをたどってゆけば、この世の悲しみなどすべてない場所に行けるのではないか、そう思わせるような美しい光景だった。

 学校はとうに機能していなかったが、長引く戦争で人手不足になり、少年少女さえも国のための労働力となり駆り出された。
 ジザとローも田舎を離れ、街の工場で寝泊りしながら働くようになる。彼らは必死になって働いた。その小さな手が創り出すものが人殺しの道具になることになど考えることもなく、ただ兵隊さんの役に立つものだと大人達に教えられるまま、油まみれになりながら、ただ純粋に働いた。へとへとになりながらも、二人は隣同士のベッドで、楽しかった田舎での暮らしを語りあった。それだけが慰みであった。
 ある日、カレラが一番怖れていた事が起きた。街で大きな空襲があったという。電車を乗り継ぎ、時には足を棒にして歩き、彼女が街にたどりつくのに三日かかった。
 街のあちこちには爆弾を落とされた無残な跡があった。黒い煙がくすぶり、焼け焦げた臭いが鼻をつく。焼け出されたと思われる人々が虚ろな目をして地べたに座り込んでいた。ああ、無事でいて! それだけを祈りながら、彼女はけが人を収容した教会の救護施設で息子を捜し回った。
「ジザ? ジザよね。良かった。生きていたのね」
 聞き覚えのある優しいカレラおばさんの声。そしてジザの手を包む温かい手。
「ローは? ローはどこなの」
 ジザがその問いに答えるまで、永遠に近いような時間が必要だと思われた。実際には一分か二分であったが。
「……ローは死んだ。死んでしまったんだ」
 その言葉はブーメランのようにジザの心に帰ってきた。
「うそっ」
 カレラはジザの手を乱暴に振り払う。
「そんなの信じない。だってジザ、あんたは生きているじゃない。なんで? なんでローだけ死んで、あんたが生き残ってるの? ねえ、なんで……」
 シスターがやってきて、ジザに向かって狂乱するように叫ぶカレラを引き離し、部屋から出ていった。残されたジザはごめんなさいを繰り返す。
 カレラ自身もわかっていた。ジザに何も罪のない事を。それが嫉妬と呼ばれようとも、今はそのどす黒い感情を吐き出すしかない。死んだのがローでなくてジザであったらどんなに良かっただろうとさえ思った。誰かのせいにしなければ、絶望に似た悲しみを受け入れる事など出来そうになかった。
 しばらくして遠くの方から泣き声が響いてくる。死体安置所で母親は冷たくなった息子の体にとりすがって泣いた。
 ジザは自分の瞳を塞いでいる白い包帯をむしり取り、おそるおそる目を開いてみた。爆弾で吹き飛んだ硝子によって傷つけられた両目は、ただ黒い世界だけを映すだけ。それでもジザは友と見た月の光を必死に思い出そうとしていた。
 暗闇の中で、ひとり。


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このストーリーに関するコメント

15/03/19 そらの珊瑚

画像は「写真素材 足成」さまよりお借りしました。

15/03/19 海見みみみ

そらの珊瑚さん、拝読させていただきました。
今のこの時代にだからこそ読みたい作品ですね。
戦争が長引くことによる疲弊、そして悲劇。
それが何度と繰り返され、珊瑚さんの強い反戦の気持ちが伝わってきます。
月の光の中で魚取りをするシーンが印象的ですね。
読んでいて美しい情景が浮かんできました。
それだけにラストのジザの行動が切ないです。

15/03/19 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

実際このような場面に遭遇した時、真の人の心がわかるものと思います。戦いは人が人間として生きていくことも許してくれなくします。切なく辛い話に、現実の世にある争いを思い、怒りを覚えずにはいられません。
人はどうして仲良くなれないものなのでしょうね、妬みは人を許すことをしなくなるのでしょうか。
傷ついたジザが、心から笑える日は来ないかもしれませんね、とても悲しいです……いろいろ考えさせられました。

15/03/20 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

最後まで読み終ると・・・やるせない気持ちになります。
誰も悪くない。長引く戦争のせいで人は飢えて、心まで荒廃してくる。

ジザのせいではないことは分かっていても・・・目の前の誰かを憎まないと・・・
この悲しみを受け入れられない、母親の気持ちが伝わってきました。

美しくて、悲しい物語が心に残りました。

15/03/22 鮎風 遊

不幸な結末ですね。
これからのジザはどうなるのでしょうか?

戦争はやっぱり惨いものだと改めて考えさせられました。

15/04/06 そらの珊瑚

>海見みみみさん、ありがとうございます。
戦争の悲劇はそれを知るすべての人にあったのだろうと想像します。
子をなくすということはその最たるものかと。
汲んでいただき、嬉しいです。

>草藍さん、ありがとうございます。
カレラはもともと優しい人であっただろうし、
戦争こそが悪いのであって、ジザを責めてもお門違いだということはわかっているのだと思います。

>泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
なんだか救いのない結末になってしまいました。
私もカレラの立場であったら、平常心を保つことなど出来ないだろうと思います。

>鮎風 遊さん、ありがとうございます。
苦しいでしょうけど、未来を、生きていってほしいと思います。
願わくば、ローとの思い出を胸に温めながら。

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