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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
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アバドン・グール・ガール

15/03/15 コンテスト(テーマ):第七十九回時空モノガタリ文学賞 【 通学路 】 コメント:9件 クナリ 閲覧数:2376

時空モノガタリからの選評

他人からの浅薄な理解を拒み、かすかな希望さえ見出せない通学路、とても辛いですね。「靴が無言で、私を待っている」などドキッとするような表現が多く、苦しい物語なのに引き込まれました「蟻を踏み潰さない」というプライドだけが彼女を支えているというのが痛い程伝わってきます。高校を卒業したあと、「私」はどうなるのでしょう?とても気になります。

時空モノガタリK

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夜明けが近づくと、吐き気がする。
私と世界を優しく閉ざしていた蓋が開き、今日も空はあの、暴力的な青へと変わる。
鳥が啼き出す。
一声ごとに、私の内臓が鈍く重く、下腹部へ落ちて行く。

登校の支度は、無心になれば楽だった。
けれど、全ての準備が終わりに向かうと、思考能力が戻って来る。
お腹の中が腐り落ちる感覚が、繰り返す。
これが、いつまで続くのだろう。
高校を卒業するまでだろうか。
それから先は、私みたいな人間はどうなるのだろう。

狭いアパートの中で、脇の母親の部屋に行って来ますと声をかけ――部屋の中に母親がいるのかどうかは知らない――、自分の眩暈でひん曲がった廊下を歩く。
靴が無言で、私を待っている。その、無言であることに腹が立つ。
ドアを開けると、巨大な手のひらで押し戻されるように感じて、たたらを踏んだ。
気のせいではない。私か感じたものは存在するのだと、認めるしかない。
ドアをくぐり、アパートの三階から地上に続く階段へ踏み出す。
一階までの道のりは薄暗く、私は少し持ち直した。
けれどアパートの入口を出ると、果てしなく広がる明るい世界が、再び私を打ちのめしにかかる。
息を止めて、一歩。二歩。
酸欠のせいで、そこから先は数えることもできない。

私の部屋は、この世界で最も安らぐ、奈落の底だった。
ずっとそこで、まどろんでいたかった。
でもそうすれば、ほんの数日で、手の施しようもないほど私が腐ることも分かっていた。

学校へ向かって水平に延びているはずのアスファルトが、私には垂直に突き立った壁に思えた。
その壁を、にじるようにして半歩ずつ進む。
この世の最下層から、遥かな頂きへ。
たかが通学路を歩くだけ。それだけのことが、こんなにも苦しい。
そんな人間がいるなんて、世の中の人々は思いもしないだろう。
いじめられているわけでもない。
病気だと診断されたわけでもない。
甘えだ。
無気力だ。
よく言われる。
そう、説明は簡単につく。でも、何の助けにもならない。

頭のいい人達が、私のことを分かった振りをしたがっている。
この恐怖の理由を、記憶の底から無理に掘り出したせいで原型も損なわれた感情を、それが理由そのものだ、それだそれだと、手を叩いて喜ぼうとする。
頭のいい自分達が考えれば、私の苦しみの原因は自明であり、解決の方法もまた自明で、それは何ら難しいことではないのだよ、と言いたがっている。
彼らの知識も手管も私には役に立たないと分かると、手のひらは返る。
優しくなりたいと願った人達は、私といても優しくなれないと分かると、一呼吸後には表情を失くして踵を返す。

ああいうのはもう見たくない。
もうあまり人間を見たくない。

足元だけを見る。
灰色の壁を歩く。
背中を丸め、膝を曲げ、顎を突き出し、餓鬼のように歩く。
みっともない。醜い。
でも、私の視界には誰もいない。
私の世界で、私だけになれる方法を、かろうじて私は見つけていた。
だから、歩ける。
足元に、蟻を見つけた。
私の世界への闖入者。
震える足を、私は何とか蟻から逸らす。
絶対に踏み潰したりしない。
自分より弱いものを踏みつけにしたら、私はその場でばらばらになる。

どれくらい歩いただろう。
私は目の前の壁に、真一文字の銀色の畝を見つけた。
校門の、門扉のレールだった。
壁が寝そべり、道に戻る。
視界は、世界の広さを取り戻す。
大勢の学生。厳めしい校舎。雑踏。ざわめき。
この果てしない世界には、いつも、嫌なことしかない。
耐え切れず、私はその場で吐いた。
えづいて顔を上げた拍子に、周囲の生徒達の汚物を見るような目が、胃液ではなく、私に向けられていることに気づいてしまう。
恐怖で涙があふれ、息が詰まって、また吐いた。
顔中の穴から、それぞれに粘ついた液体が流れ落ちた。

皆が当たり前に持っている物が、自分には酷く酷く足りないということが、個性だと言えるのか。
そんなものが足りないわけがないだろうとなじられながら、笑われながら、理由もなく苦しんで、それでも死ぬまでは生きている。

吐いたせいで、お腹がすいた。
でも、明るいうちは何も食べられない。
首に力が入らなくてうなだれると、地面の吐瀉物が、鏡のように私の背後を映していた。
その先は、果てもない暗い穴だった。
上も下も、もう私にはない。
ただ一つの拠り所の奈落にすら、居残ることができない。
指差され、馬鹿にされるだけの落伍者。
楽しそうな自虐だねと知ったような顔で笑われるだけが取り柄の、人並みの人達が人並みでいるための、餌。

なぜ生きているのか、とは訊かないで欲しい。
弱っちい。
しょうもない。
けれどたった一個の私を、確かに生きている。

この益体もない穴の中でも、私は蟻を踏み潰さない。
いいことは、今は、それだけ。


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このストーリーに関するコメント

15/03/15 海見みみみ

クナリさん、拝読させていただきました。
あまりに重厚な内容に息苦しさすら感じました。
主人公の目から見える世界。
それがあまりにも真っ暗過ぎて、何も言えなくなります。
主人公に同情するのもきっと間違いなのでしょう。
救いはないのか。
最後の行から想像が広がります。

15/03/17 クナリ

海見みみみさん>
なんだかくらくてしょうもない話だったような気もしますけども、読んでくださってありがとうございます。
普段はこういう、心情描写だけで一点突破みたいな書き方をあまりしないので、ラストまでどう運んでいくかが結構難しい作品でした。
アバドンにはいろいろな意味がありますが、ここでは「奈落」の意味で捉えてタイトルにしていますので、それについてはうまくいったのかもしれません。
最後のほうで数少ない友達とかが出てきてねぎらいの言葉をかけてくれないかなあと思ったのですが、残念ながらこの学校にはそうした人が見つかりませんでした。
最後の、「今は」というのが、自分としてはかろうじての食い下がりのようなものです。
コメント、ありがとうございました!

15/03/22 つつい つつ

学校行くというだけの普通のことが出来ない主人公の蟻を踏み潰さないというプライドが生きていく意味や理由を考えさせてくれて、素晴らしかったです。

15/03/22 クナリ

つつい つつさん>
自分は学校にここまでのハードルを感じたことはさすがにありませぬのですが、昔から人にできて当たり前のことの大半ができない人生を送ってきたので、そうした潜在的なコンプレックスを吐き出した作品かもしれませぬ。
そうすると最低限、自分よりもか弱いものを見つけたらそれは踏みつけにしないようにしようと。
これもそのまんま作中に出てしまっているのかも…。
コメント、ありがとうございました!

15/03/23 タック

クナリさん、拝読しました。

心理学はそれを信奉する人間同士の間でしか通用しない、という言葉を聞いたことがあります。おそらくは人はそれぞれに違うもの、似た境遇、似た性質とて太郎君に通じるものが次郎君に通じるとは必ずしも限らず、誰でも出来ることは、実は誰にでも出来ることではない、そういう風に差異があってあたりまえなのですが、多分世界は、そこまで個人に対し優しく接してくれることはないんですよね。そうした自然的な社会の疎外が表現されていて、「頭のいい人達が、私のことを分かった振りをしたがっている。」から始まる部分がすごく好きでした。

主人公の心情が短いセンテンスで綴られるなかに凝縮されていて、とても胸に来る作品でした。ありがとうございました。

15/03/27 クナリ

志水孝敏さん>
あまり学校は、楽しいばかりの場所ではなかったので(いいこともたくさんありましたけど)、負のイメージを大きく膨らませて、それだけで満たした主人公に出てきてもらいました。
もっとどきどきわくわくの、楽しい登校風景が書けるんじゃないかと、テーマを見たときは思ったのですが…こんな感じで…。
最後から二行目に出てくる「蟻」は、自分より弱いもの全般の比喩ですが、主人公自身の投影でもありますね。
コメント、ありがとうございました!

15/04/07 光石七

息が詰まるような圧迫感、ズシッとした重みを感じます。
普通はできて当たり前のことができない苦しみ、理解されない苦しみ、その中でも必死に生きている主人公はすごいです。
蟻を踏み潰さない、わずかな意地にかじりついて。
私なら自分より弱いものになど意識が行かず、自分が現実から逃避することを考えるでしょう。
この主人公なら、いつかは……と明るい未来を信じたくなります。
深くて非常に堪えるお話でした。

15/04/11 クナリ

光石七さん>
圧迫感(と不快感(^^;)だけで押し切ったような作品でございました。
この、「それ普通できるでしょ」「それできなきゃ人としてヤバいでしょ」と言われそうな欠点のある自分を抱えて生きて行くことのイヤさ、というのは自分の中から来ているのかもしれません。
人並の普通、になりたいものです。
なぜ自分以外の人や物は完璧に見えるのでしょう。うーん。
我慢して我慢してを続ければいずれポキリと行ってしまいますから、負けん気が続く内に誰かの助けがあればいいのですが、今の段階では主人公に光明が見えませんでした。
思いがけない出会いがあればいいのですが…。

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