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かめかめさん

http://ameblo.jp/kamekame1976/ ブログデシセイカツバクロチウ

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雨ざらしの欲望

15/03/15 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:1件 かめかめ 閲覧数:1521

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 あいつは何でも持っている。
 先祖代々受け継いだ財産、どこに出しても恥ずかしくない礼儀作法、誰にでももてる美しく整った顔。もちろん運動神経もよけりゃ勉強も出来て、それになにより性格までいい。
 大学の入学式で初めて隣あって座った時も、にこやかに挨拶してきた。その綺麗な笑顔に、コミュ障な俺は下を向いてうなずくのが精いっぱいだった。

「宮部君、おはよう」

 今日もあいつは俺ににこやかに挨拶してくる。俺はいつものように地面を見つめて通り過ぎる。もういい加減、勘弁してほしい。俺はお前みたいに明るくない。人が好きなわけじゃない。一人でひっそりと教室の隅にいればそれでいいんだ。俺をお前の世界に巻き込むのはやめてくれ!

 けれど俺は渇望する。あいつの持っている物すべてを欲する。あれが俺のものだったら、世界はどんなにか輝いて見える事だろう。こんな汚いどす黒い思い、あいつは感じた事もないだろう。それさえ口惜しく俺は知らずこぶしを握りしめる。伸びた爪が手の平につきささる。そうだ、もっと突き刺され。そうして汚い血を流せ。俺の中の汚い思いも全部流しだしてしまえたら……。

「宮部君、おはよう」

 今日もあいつはにこやかだ。一言も返さない俺の不作法など気にもとめない。どうせ気にとめないのなら、俺の存在そのものに気付かないで欲しい。俺のことを見ないで欲しい。俺に、思い出させないで欲しい。俺がなにも、お前が持っているもののうち一かけらも、持っていないということを。
 
 そうして俺は夢想する。あいつの後ろに忍び寄って首を絞め、あいつになりすまして、あいつの持っているすべてを俺のものにすることを。それを想像している時だけ、俺は少しだけ、幸せになれる。そしてすぐに後悔するのだ。己の醜い汚いどうしようもない欲望に絶望するのだ。俺に、思い出させないでくれ。俺が人間のクズだということを。

 
 人と交わることを恐れる俺にとって、大学はパラダイスのようなところだった。人がたくさんいるのに、皆自分に関わりのない人間には無関心で、そこにいようがいまいが気にしないでいてくれる。俺は必要な時に必要な場所にひっそりと潜り込む。そうしているだけで、大学生という肩書を得る事ができる。なんて楽な世界。

 校舎と校舎のちょっとした隙間に、木箱が落ちているのを見つけた。なにか工具が入っていたらしい箱だが、今はカラだ。それは椅子にするのにちょうどよい形と高さで、俺はそこを俺だけの休憩所にすることに決めた。この場所にいるときだけは一人きりだと、自分自身も忘れられると、心から安堵することができた。
 ぽっかりと授業のない時間そこへ向かうと、あいつがそこに座っていた。そばにノラ猫がいて、あいつからエサをもらっていた。

「宮部君」

 あいつは俺に気付くと、にっこりと微笑みかけた。
 やめてくれ。
 うばわないでくれ。
 俺の心をこれ以上揺さぶらないでくれ。

 俺はあいつに近づくと、抱きしめてその唇をふさいだ。

「!!」

 あいつは目を丸くして息を飲む。
 ああ、ダメだ。
 必死で隠してきたのに。必死でだましてきたのに。俺の汚い心を。お前に触れるすべてのものに嫉妬し続けた俺自身を。
 俺はゆっくりと愛美から手を離すと、地面を見つめそれ以上動けなくなった。

「宮部君……。どうして?」

 俺に聞くのか? それを俺に? まともに挨拶も出来ない、お前の目を見る事すらできない俺に。

「……ごめん」

 それが俺が口にすることができる最大の言葉で。

「あやまらないで。あなたは悪くないわ」

 愛美が近づいて来て、俺の頬にそっと触れた。

「ありがとう、ごめんね」

 それだけ言い残すと、愛美はこの場所から立ち去った。この薄汚れた雨ざらしのみみっちい俺の楽園から。ここにはもう、なにもない。

 俺はカラっぽの木箱に座って空を見上げる。どんよりと曇った空からぽつりと滴が落ちて俺の頬を濡らす。ああ、そうだ。そうやって俺の汚い心を洗い流してくれ。出来る事なら俺のすべてを溶かしてどろどろのヘドロにしてくれ。
 そうしてできる事なら。
 もう二度とあいつの目の中に俺の姿をうつさないで欲しい。
 できる事ならば。

 雨はざあざあと俺の顔に落ちてくる。額に、鼻に、頬に、この汚い瞳にも。もう二度と、俺はお前を見ないから。だからゆるしてほしい。俺のちんけな欲望を。お前のすべてを欲したことを。
 俺は心から願う。


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このストーリーに関するコメント

15/03/15 海見みみみ

かめかめさん、拝読させていただきました。
まさかのオチにびっくりしました。
なるほど、名字だけ書いて読者をだます見事な倒叙トリックですね。
それが日常世界の鬱屈した思いと合わさり、独特の個性を発揮していました。
個人的にこの主人公には幸せになって欲しいですね。
いろいろと共感する部分も多かったので。

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