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南野モリコさん

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茶畑チャリンコ・レーサー

15/03/14 コンテスト(テーマ):第七十九回時空モノガタリ文学賞 【 通学路 】 コメント:6件 南野モリコ 閲覧数:1676

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 自己新記録を達成したその瞬間、鈴木ショータ(14)の世界は変わった。

 家から学校まで真っ直ぐのびる茶畑の中の県道をショータは毎日、自転車で全力疾走していた。

信号機もなく、車もそれほど通らない。自転車に反射する朝日が眩しい。

 昨日は10分10秒だった。今日こそ10分の壁を破ってやる。


 最近は茶畑の景観をきれいだと言って、都会の奴らが「ティー・ロード」なんて名付けたりしているけど、俺たちにしてみたら、茶畑なんか早く通り過ぎたいだけだ。あーあ、ドラマみたいに学校帰りにマックに寄ったり、バスの中で可愛い女の子を見つけてドキドキしたり、そんな青春を送りたかったよ。

 プップーという音がしするので見ると
「ショーちゃん、いってらっしゃい」
ヒロシのお母さんが軽トラで出かけて行く。こんな田舎で会うって言ったら友達のお母さんくらいだ。

 だからショータは、通学路を自分との戦いの場にすることにした。サッカー部は脚力が命だ。自転車にまたがってから、正門までどれだけ早く着けるか、記録に挑戦するのだ。

 1年生の時には20分はかかっていた。それが次々と記録を更新し、2年生になった今では、10分の大台に乗った。

 家を出てから、たった10分後で学校に着くのだ。
「恐るべき身体能力だろ」
ショータは1人自己満足に浸った。

 しかし、10分台に到達してから記録は伸び悩んだ。やっぱり人間には限界があるのだろうか。いや、まだ伸びしろはある筈だ。このシューズが重いのだ。重いと言ったら教科書が詰まったカバンだ。英語がある日は辞書を持たされる。弁当が入った袋をハンドルに下げるのも速度を下げているのかもしれない。

 ショータは、今日までの通学トレーニングを反芻し、ハンドルをぎゅっと握った。ペダルを漕ぐ足は重力を忘れ、風のように軽くなる。自転車と一体になる、自分に集中する感覚が好きだった。

 その時、見慣れない女子が前方を歩くのが見えた。髪を肩まで伸ばし、華奢だが割と長身だ。
誰だろう。この時間に女子を見ることはないのに。誰か確かめようとショータは、体の重心を前に傾けた。

 その時、ふわっと自転車ごと体が宙に浮くような感覚が全身を包んだ。限界だと思っていた速度の壁を抜けたような気がしたのだ。追いついた時か追い越した時か、彼女が全速力の自転車に気が付いて振り向いた。

「ショータ君、おはよう」

 それは新学期に転校してきた隣のクラスのアイだった。
とっさのことにショータも「おはよう」とつぶやいたが、自転車は止まらない。アイは手を振りながら小さくなっていく。

 確か教師の家の子で、親の転任で引っ越して来たらしい。始業式の時、全校生徒の前で校長から紹介され、挨拶したアイは、ショータとは無関係の女子だと思われた。

 それが通学路で、おはようとあいさつをしている。


「ショータ君、おはよう」
アイは、確かにショータの名前を呼んだ。

 すれ違ったのと声が聞こえたのと、どちらが先だっただろうか。いや、そんなことはどうでもいい。

 振り向いたその瞬間、見えたのはアイと、全力で走っても10分以上かかる茶畑が一斉に輝く世界だった。

 ストップウォッチの数字を見た。9秒58。自己新記録を達成したその瞬間、ショータは走るだけだった通学路を初めてきれいだと思ったのだ。

 都会の人たちが茶畑を「ティー・ロード」と呼ぶ気持ちが分かり始めていた。



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このストーリーに関するコメント

15/03/14 海見みみみ

ミナミノモリコさん、拝読させていただきました。
自転車で駆け抜ける青春、いいですね!
自己最高記録を塗り替える理由が実に素敵です。
自分が変わると急に世界が違って見えますよね。
それを疑似体験できる良い作品でした。

15/03/14 南野モリコ

海見みみみさん、コメントをありがとうございます。

遅刻ギリギリで必死で自転車を漕いだ通学路を思い出しながら書きました。
「早く終わってくれ〜」と思いながら茶畑を抜けていくだけでしたが、
いい田舎で育って幸せだったこと、
今振り返って初めて分かります。

15/03/22 つつい つつ

見慣れたはずの何気ない風景が輝く瞬間が描かれていて、とても素敵でした。

15/03/22 南野モリコ

つつい つつさん

読んで下さり、ありがとうございます。
茶畑の風景ってとてもきれいなんですよ。

都会の人たちにも茶畑のきれいな時期の里山を
見て欲しいなぁと思って書きました。

15/04/08 そらの珊瑚

ミナミノモリコさん、拝読しました。

疾走感と青春と美しい景色が三位一体となった爽やかな作品でした♪
私自身は自転車通学はしたことがないのですが、
長男は中学、高校と自転車通学でして、田んぼに突っ込んだりして
自転車は酷使され、ボッコボコです。
このお話の主人公に速さに挑戦していたのかもしれませんね〜。

15/04/08 南野モリコ

そらの珊瑚さん、コメントをありがとうございます!

ご子息様、ショータ君と同じでしたか(笑)。
そうか、スピードを出し過ぎて、茶ノ木に衝突して怒られる、
なんて下りも入れればよかったです。

この短篇は、さっくり書いたので、私としては既に忘れていたのですが、
読んで下さった皆さんには気に入って頂けているようで、
嬉しいです。

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