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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

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夢の渋谷ジャック

15/03/10 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:7件 光石七 閲覧数:1360

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 『緑茶カフェ園畑』オープン一週間前。カフェとしても利益を出し、わが『園畑製茶』の知名度を上げて全体の売上を向上させる。九州の片田舎の零細企業の小さな挑戦、不安と緊張の日々が続く。
「お疲れ様」
夜遅く帰宅した俺に、お袋が煎茶を淹れてくれた。親父の介護で疲れてるだろうに。ありがたく頂戴した。
「……うん。うちのお茶は最高だ」
お袋が笑顔で頷く。先祖代々の茶畑と製茶工場。一度は逃げ出した場所が、今では俺の誇りだ。
「もう休みなよ」
「ありがとう。茂も早めにね」
お袋は部屋に下がった。テレビをつけてすぐに音量を落とす。画面中央には巨大クレーン、手前にはバスターミナル。建物の合間に重機が散在している。よく見るとかつての馴染みの場所だった。
(渋谷駅か)
ナレーションで大規模な改良工事中だとわかった。完成は二〇二七年らしい。そういえば去年、東横線が地下に移ったというニュースがあった気もする。渋谷ヒカリエができたのは三年前だったか。東京を離れて八年、渋谷は俺の記憶の中の渋谷とはどんどん違う姿になっているようだ。
(あの店はどうなったんだ?)
ふと気になった。駅東口、東横のれん街の一角にあった洋菓子チェーン店。あそこの店舗限定でかご盛りチーズケーキが売られていた。
(うまかったなあ、口の中でふわっと溶けて。よく梓と食べて……)
久しぶりに東京で付き合っていた彼女の顔が浮かんだ。帰郷当初は忘れようと必死だったが、仕事に追われる中で思い出すことが減っていった。今、胸が疼くような感じは無い。
(過去になったってことか……)
妙な安堵感と共に、残りの茶を飲み干した。

 役者に憧れて上京した俺は、ある劇団に入った。梓も同じ劇団員で、新人同士話すうちに親しくなった。二人ともバイトの通勤が渋谷乗り換えなので、よく帰りにモヤイ像で落ち合ってささやかなデートをした。
「ここのロータリー借り切って舞台にしてさ、劇やったら面白そう。俺の演技に通行人が立ち止まって大喝采とか、最高」
「相当お金かかるよ。それに、そういう大口はまずメインキャストに選ばれるような実力が無いとね」
「わかってるって。でも、夢はデカいほうがいいだろ。俺たちの芝居で渋谷ジャック、どうよ?」
「うん、やってみたい。それまでに演技を磨かなきゃね。クラさんにしごかれますか」
演劇への情熱と夢、恋。毎日が楽しかった。お互い金は無かったが、よく笑った。自然と一緒に暮らし始めた。
 ある日梓が買って来たのが、あのかご盛りチーズケーキだった。
「友達がね、超オススメの絶品だって」
千円は高いと思ったが、食べてみると確かに絶品だった。一かご四人前らしいが、二人でぺろりと平らげた。以来折につけ渋谷で買ってきては二人で食べた。人気商品らしく、売り切れの時もあった。母の日に実家に送ろうと思ったが、生菓子なので発送は無理とのことだった。
 やがて梓が主人公の愛人役に抜擢された。
「やったな。頑張れよ」
先を越された悔しさも少しはあったが、梓がチャンスを得たのは嬉しかった。公演は好評で、梓は重要な役を任されるようになった。俺は相変わらず名前も無いような役ばかり。同じ部屋に住み同じ稽古場に通っているのに、会話が減っていく。すれ違いを感じながらも、それでも俺は梓が好きだった。
 そんな中、親父が倒れたという連絡が来た。実家には何年も帰っていなかった。役者は親の死に目に会えないというが、立ち稽古に入る前だったし、俺は帰省を決めた。
 一命は取り留めたものの半身の麻痺と言語障害が残り、親父が仕事を続けるのは困難だった。
「こっちは大丈夫よ。茂は茂の人生を歩みなさい」
上京の時もそう言ってくれたお袋だが、さすがに胸が痛んだ。正直、役者としての自分の才能と前途に疑問も芽生えていた。一旦東京に戻ったが、バイトでも稽古でも集中しきれずミスを繰り返した。梓はそんな俺に気付きながらも、自分の役作りで精一杯のようだった。
「俺、実家に帰るわ」
ひと月考えた末、梓に告げた。
「……向こうでも演劇続けるの?」
「家業を継ぐから……それどころじゃない」
「そっか。……お別れだね」
「……だな」
こうして俺たちは終わった。

 ネットで調べてみると、東横のれん街は井の頭線直結の渋谷マークシティ内に移っていた。だが、今あの店はのれん街の中には無いらしい。かご盛りチーズケーキは東京・神奈川の各店舗で買えるようになっていた。やはり発送はできないようだが。
(売り込みついでに買いに行くか)
八年間九州から出ていないくせに、そんなことを思う。『園畑製茶』東京進出、か。
(うちのお茶で渋谷ジャックとか?)
一人苦笑する。夢にのぼせていたあの頃とは違い、俺も現実という足枷が見えている。でも……。
(緑茶カフェ、絶対成功させてやる)
なんだか吹っ切れた。


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このストーリーに関するコメント

15/03/10 海見みみみ

拝読させていただきました。
渋谷を舞台にした夢と挫折、再生の物語。
とても面白く読むことができました。
私も演劇をやっていたので、主人公の境遇には共感します。
演劇の夢は潰えたけれど、今は新しい夢がある。
主人公には強く生きてもらいたいものです。

15/03/10 草愛やし美

光石七さん、拝読しました。

渋谷らしい作品だと読後、思いました。大望を負って、都会に出て行った若者。役者や歌手に憧れ都会に出る若者はいまも大勢おられると思います。そういう夢を抱いた二人にスポットを当て、渋谷を巧く描いておられますね。私も、夢を抱いて上京という設定を模索しましたが、難しくて形にできませんでした。
私にとって、全く知識のないテーマ「渋谷」は大変困難な課題でした。新宿も、渋谷もみなひとくくりになってしまうのです。苦笑 それで、どうしても、細かい部分を描けなかったです。

かご盛りチーズケーキが実にいい味を出しておられるなあと感心しました。生菓子で発送できない点が、田舎者にとっての大都会、渋谷を表しているようで、なるほどと思いました。

15/03/10 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

渋谷といえば、若者の街というイメージです。
このお話の主人公たちのように、地方から上京し、
夢に向かって頑張っている人が現実にいるのでしょう。
現実の前には、夢が破れてしまうこともあるけれど、
(たぶんそういう人の方が圧倒的に多いのでしょうけど)
それにめげずに新しい夢が出来たことは幸運でしたね。

15/03/10 泡沫恋歌

光石七 様、拝読しました。

渋谷を回想として使っているけれど、とてもリアルな感じがします。
役者になることを夢見て渋谷に暮らしてけれど、彼女とすれ違い、別れて郷里に
帰った主人公の挫折感、そして新たな再起を誓って、東京進出、今度は夢が叶うことを願っています。
とても良い話ですね。

15/03/12 滝沢朱音

「渋谷ジャック」、鮮烈な言葉ですね。
梓はその後どうなったのかな。女優の道で成功したのか、パッとしないまま続けているのか、
あるいは諦めて奥さんになってたりして…?
甘い青春のチーズケーキと、緑茶の渋さの対比、とてもいいなと思いました。

15/03/13 光石七

>海見みみみさん
コメントありがとうございます。
楽しんでいただけてよかったです。
主人公への共感とエールもありがとうございます。
彼はいま家業に誇りを持っているので、地に足を着けながら一歩ずつ夢に向かっていくのではないかと思います。

>草藍さん
コメントありがとうございます。
私自身が八年前に東京から実家に戻りまして、今年に入ってからあるテレビ番組で渋谷駅の大規模工事を知りました。そのことと、記憶に残っている渋谷駅のスイーツを使って何か書けないかとひねり出したのが今作です。
とってつけた感もあるのですが、うまく転がっているようでしたらうれしいです。

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
確かに渋谷といえば若者というイメージですね。私は出勤・帰宅中の疲れたような人の波も思い出しますが(苦笑)
上京して夢を叶えられる人はごく限られているでしょうが、たとえ途中で諦めたとしてもそこで頑張った経験は無駄ではないと思います。
主人公が家業に夢を抱けるのも、東京での挫折があったからかもしれません。

>泡沫恋歌さん
コメントありがとうございます。
自分が東京にいた頃の渋谷しか書けないので、回想にしました(苦笑)
彼女への想いとか、家業を継ぐ決意に至る経緯とか、いろいろ書き込みが不足してますが、補って読んでくださり恐縮です。
良い話とおっしゃっていただけて、うれしいです。

>志水孝敏さん
コメントありがとうございます。
皆が皆、成功するわけではありませんものね。
主人公を魅力的とおっしゃっていただき、うれしく思います。未だに彼女のことを引きずってる設定にしなくてよかった(苦笑)
現実はわかっているけれどデカい夢を持つのは悪いことじゃない。お茶での渋谷ジャックの実現はともかく、私も主人公には頑張ってほしいです。

>朱音さん
コメントありがとうございます。
渋谷ジャックは思いつきで使った言葉です。彼女とのやり取りの中で、何かデカい夢を語らせたくて。
梓はどうしてるんでしょうね…… ←おい
有名になっていれば主人公も名前を聞く機会があるでしょうから、大きく成功したわけではないと思います。
かご盛りチーズケーキは私が好きだっただけで、緑茶は主人公の実家の家業を考えた時になんとなく決めたのですが、朱音さんの深い考察のおかげで少しは話に箔が付いたかも(笑)

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