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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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メドラロイトの二つの学校

15/03/09 コンテスト(テーマ):第七十九回時空モノガタリ文学賞 【 通学路 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:1403

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紆余曲折を経て日本に嫁いで、今日では私も、随分老いた。
その今でもなお忘れられない、子供の頃の恐ろしい思い出がある。
日本に来た頃、夫やその友人などにその話をすると、
「それァ塗り壁だね」
とよく言われた。
道に突然立ち現れる、一枚壁のモンスターらしい。
そりゃ貴重な体験だねと、皆が笑った。
私も、釣られて笑った。
ようやく私は、あの思い出を笑えるようになったのだ、とも言える。

子供の頃のある日、私は熱を出して学校を休んだ。
夜になって熱が下がると、私は級友とした約束を思い出した。
借りていた黄色い大きなリボンを、その日に返すことになっていたのだ。
級友の家に電話をして、体調もよくなったから、今から会おうと誘った。
既に日は暮れていたので、私はこっそりと家を抜け出した。
級友の家との中間の辺りに私達の学校があったので、そこを待ち合わせ場所にしてあった。
学校までの道は、つまり毎日通っていた通学路だったが、夜中に通るとその景色は普段と随分違った。
フクロウや虫が鳴く音が、やけに大きく響く。
街灯も乏しい田舎の町なので、月が雲に隠れると、ほんの少し先も見えづらい。
私は段々と、夜の外出を後悔し始めた。
心細さのせいで、どんどん早足になって行く。
そして。
まさしく衝突する寸前で、私はそれに気づいた。
深い闇色に覆われた空と地面の間に、巨大な、漆黒の壁が立ちはだかっていた。
壁は左右に延々と続いていて全容も分からず、完全に学校までの道を遮断している。
私は、ひどく混乱した。
こんなことが、現実に起こるわけがない。
私が昼間、熱を出して寝ている間に、世界の何かが狂ってしまったのか。
悪魔が、巨大なギロチンを大地に打ち下ろして、世界をここで切断してしまったのではないかと思った。
なら、――……この先にいるはずの、級友は――……。
私は悲鳴を上げ、全力で来た道を戻り出した。
家に帰ると、自分の部屋のベッドに飛び込んだ。
あの壁が今にも追いかけて来るような気がして、その夜はとうとう恐怖で一睡もできなかった。
それでも夜が明け、太陽の光が差し込むと、気分も落ち着いて来た。
あんな壁、本当にあったのだろうか。
そもそも、私は本当に昨夜外出などしたのだろうか。
全てが、夢なのではないか。
そう思い始めながら、ベッドサイドを見た。
そこには、恐怖のあまり握り締められたリボンが、くしゃくしゃになって転がっていた。

夜の台所で、老いた私はその記憶を思い出して鳥肌を立てた。
気を取り直し、料理を運ぼうとすると、居間から声が聞こえて来た。
今夜遊びに来た客が、私の亭主に何事か話している。
「お前の奥さん、例の壁の話、今でもしてるのか」
「いや、随分昔にしなくなった」
「それがいい。子供の頃の気のせいを、実話だと言い張っててもいいことねえよ」
それが、普通の反応だろう。
嘆息した私に、亭主の声が聞こえた。
「嘘や作り話なら、もっと吹聴しただろう。本当だから、話すのやめたんじゃないかな」
「信じてんのかよ」
「あれは今も、そのリボンを持ってるんだ」
「それが作り話の証拠だろ。夜中に塗り壁が出たって、次の日に学校で返しゃ済む。いまだに持ってるってのが、もうおかしいじゃねえか」
「何か、捨てられん理由があったんだろう」
「いい旦那だなア」
全くだ。
私は自然に口角を上げて、居間へザウアクラウトとブルストを運んで行った。



ドイツに、メドラロイトという小さな町がある。
二次大戦後にベルリン以外で唯一、一つの町が東西に分かたれたのが、ここだった。
ある日突然街の中を通って作られた木のフェンスや鉄条網は、やがて長大なコンクリートの壁に変わり、人々は東西に分かれての生活を強いられた。
当初は許可制ながら行き来ができたが、やがて、実質的に禁止された。
境界線の周囲に住む人々は移住させられ、互いに壁を挟んで会話することも禁じられた。
特に東側はベルリンのそれと同じで、厳しい監視の目と容赦のない取り締まりが跋扈する、冷たい空間と化した。
そのメドラロイトには、学校が一つしかなかった。

メドラロイトの壁は、二十三年に渡って町を遮断した。
東西ドイツ統一後、かつて子供だった級友達が再会した時、既にお互いの話し言葉のアクセントは、洋の東西の影響を受けたものにそれぞれ変わっていたと言う。
この間にドイツを離れた人々にとっては、壁による突然の別離は、そのまま級友達との生き別れになった。
学校は分裂後に町の東西に一つずつ設けられ、それらはドイツ統一後も両方機能している。
つまり町は今も、分かれたままでいる。
この小さな、子供もさして多くはない土地に、なぜ学校が二つもあるのか。
かつて冷たい壁に分かたれた子供達の路は、答えもせず、今も断ち切られたまま、静かに横たわっている。


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このストーリーに関するコメント

15/03/09 クナリ

この作品はフィクションです。
史実を元にした部分もありますが、実在の人物・団体・出来事等とは無関係です。
執筆に当たっていくばくかの資料に触れましたが、作中に誤りがあった場合、それらは全て筆者の不明によるものです。

15/03/09 海見みみみ

拝読させていただきました。
子供の頃に見たモンスター。
その意外な正体に最後驚かされました。
メドラロイトの壁は人々の人生を分断してしまったのですね。
断ち切られたままの人達に切なさを感じます。

15/03/10 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

通学路に立ちはだかる一枚の大壁、そこからラストのドイツ悲劇の壁まで、筆運びがさすが巧いですね。ここへ持ってくるクナリさんの技量は、やはり素晴らしいです。工夫された設定でどうなるのかと一気に読み進みました。内容もラストへ運ぶところも無理がなく巧い、とても楽しめました、面白かったです。

15/03/10 クナリ

自己紹介のとおり電子書籍が発売されましたがミーが使っている
図書館のPCにはアドビさん入っていないので自分では自分の作品が
読めないクナリですこんにちは自分でPC買いなさいよそうですよね
ほんとう。

海見みみみさん>
こういう、異常な体験が実は別角度から見るとしごく物理的な現象でした、っていう話が好きなんですよね。
今回はメドラロイトのことが書きたくて、こうした構成にしてみました。
今では東西の通行は自由化(当然)されているのですけども、やはり長き断絶は大きな影響をもたらしているようです。
中には、兄弟で東西に分かれてしまった方も。
ベルリンの壁もそうなのですが最初に簡易なフェンスみたいなものがすごいスピードでずばーっと作られて、みんなが「何アレ」とか言ってる間にあれよあれよと境界線は引かれてしまったとか。
コメント、ありがとうございました!

草藍さん>
単にメドラロイトのことを紹介するだけでは、掌編小説サイトに投稿する意味がない…と思い、小説として構成しました。
筆運びはむしろ拙劣ですヨ!(^^;)…でもありがとうございます(ぺこー)。
自分が歴史を題材にするときは、なるべく個人にスポットを当てて書くことになる傾向があります。大局的な視野で捉えて表現する技量がないのでしょう。
その中で、読み物としての工夫はできる限りしているつもりですけども、そう言っていただけて報われる思いがいたします。
コメント、ありがとうございました!

15/04/07 光石七

「外国で塗り壁?」と不思議に思っていましたが、そういうことだったんですね……
ベルリンの壁はあっという間にできたという話は聞いたことがあります。
壁が崩壊して東西ドイツが統一された今でも、まだ分断されている町がある。御作で初めて知りました。
あまりに大きな傷跡、やるせない気持ちになります。
考えさせられる、深いお話でした。

15/04/11 クナリ

光石七さん>
そうなのです、外国で何で塗り壁やねん、と始まっておいてこのような。
お化けみたいなものかもなー、なんて。
ベルリンの壁も、ほんの数時間でフェンスや鉄条網が敷かれ、その後どんどん補強されて文字通りの壁になった、といいますね。
確かベルリン以外では一つの街で東西分裂したのはメドラロイトだけだと思います。
今では静かでのどかな街らしいですが、その静かさが物悲しいですね。

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