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クナリさん

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座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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妬きの野伏さり

15/03/02 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:11件 クナリ 閲覧数:2275

時空モノガタリからの選評

オリジナリティあふれる設定と描写が素晴らしく文句のない作品だと思いました。「停滞や回顧の情感によく巣食う性質」の妖怪、ドロドロとした情感がたっぷりで、とても恐ろしいです。「理解や情愛ではなく力づくで抑え込んだ情念は、……」という部分などがとても人間の心理をうまく捉えていて、説得力があると思いました。

時空モノガタリK

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まだ日本に、本格的な重工業が興る前の話である。
ある山中の村で、人死にの出た庄屋の屋敷を検分していた役人二人が、顔をしかめた。
「ひどいわ。幼い娘は首を絞められ、母はその隣で胸を包丁で突かれ」
「やれ、父親の平助も庭の蔵で死んどる」
蔵の中で、平助は衣服を乱して転がっていた。だが、外傷はない。
「こいつは何で死んだんやろう」
「強盗なら、全員刺し殺しとるわのう」
「物も盗られとらん。何で一晩に死んだ一家の三人が三人、皆死に方が違うんや……気色の悪い」
ふと見ると、蔵の奥に、犬の死骸がある。
「やあ、狂犬病かな。噛まれた平助が、女房子供をやりよったんでは」
「狂犬病で、包丁使うかなあ」
よく見ると、その犬の死骸も様子がおかしい。新しいようではないが、朽ち果てるほど古くもなっていない。
腑に落ちぬ死体ばかりに囲まれ、二人は、気味が悪くなって来た。
そして一家の遺体を片づける人足が集う頃には、かの犬の死骸は、朽ち果てて塵と化していた。



平助は、めそめそした子供だった。
幼い頃に綺麗な雌犬を飼っていて、これがよく懐いていただけに、平助が十二歳の折にその犬が死んだ時などは、彼は半年も沈んで暮らした。
とうとう父親から女々しいと叱られ、平助は夜中に庭の蔵に閉じ込められた。
只でさえ不安定な状態で暗闇に取り残され、平助は一刻と待たずに半狂乱になった。
そして彼は、泣き叫ぶ狭間に、蔵の隅へ、ふと不可思議な存在を認めた。
月明かりにかろうじて見えるそれは、平助の体よりも一回りは大きい、うら白くぶよぶよとした、肉の塊だった。
平助は、彼にしては珍しく、恐れるでもなくそれに手で触れた。生温かく蠕動する肉の感触は心地良く、平助は着物を脱ぐと、体をその肉塊に預けた。
白い肉が体に吸いつく触感は、得も言われぬ快感だった。
ふと、平助の口元に、にゅうと肉の管が伸びて触れた。接吻だ、と解した平助はそれを口で吸い、いよいよその肉塊に溺れて行った。

平助と肉塊の逢瀬は、家人に悟られぬよう細心に、何年も続けられた。
変化が訪れたのは、平助が二十歳を迎え、妻を娶って一年ほど過ぎた頃である。
身ごもっていた妻は、度々深夜に布団を抜け出す亭主をつけ、夫と化物の姦通を蔵の中で目にして、恐怖、激昂、混乱の極みに、発狂せんばかりになった。
しかし、腹の子が、妻をすんでの処で正気に引き留めた。
妻は、今後一切蔵に近づかぬならば子供のためにも今夜までのことは忘れると、歯噛みしながら平助に迫った。
平助も、あの肉塊が妻や子と比べられるものではないのは承知している。彼はその昼間に、蔵を封印した。
やがて娘が産まれ、庄屋の家は人並の幸せに包まれて行った。
ただ、平助には、どこか妻の脅迫に屈服したような不快感が、腹にわだかまっていた。

娘が十歳になった秋。
娘は、悪戯好きの盛りに、夜中に蔵の封印を解いて忍び込んだ。
入ってはならぬと言われれば、入らずにはいられないのが餓鬼である。
そして、娘は、それを見た。
十年を経てもなおそこに座す、肉の塊。
純朴な子供の目に、棘も牙も持たぬ白い肉は、酷く弱々しく怯えて見えた。
「あんた、お化けなの。あたしはあんたが、怖くはないよ」
娘がそう言うと、肉塊は柘榴のように爆ぜ、一気に娘を飲み込んだ。
肉塊は、己と平助を引き裂いた女に向けて十年間溜め続けた嫉妬を、……黒々とした大渦のような烈しさで猛る激情を、無防備な娘に叩き込んだ。
恐れぬということは、備えぬということである。
娘は、瞬時に発狂した。
この世ならざるものの情念に操られるまま、娘は月夜の中を厨へ走ると、包丁を手にして、両親の寝室に踊り込み、眠る母親の胸へ刃を突き込んだ。
跳ね起きた平助は、娘の首根っこを取り押さえながら、その異常事態を咄嗟にあの肉塊と結びつけた。
妻も平助も、誤っていた。理解や情愛ではなく力ずくで抑え込んだ情念は、時を経ても薄れるどころか、濃度を増す澱となって胸の内に積もることを、ついに知らなかった。
その発火を、己で止められる人間はいない。
「お前ッ、あれに遭ったのか。蔵にいるのか!」
平助の激情を込めた手が、とうとう、娘の首をへし折る。
彼はその亡骸に一瞥もくれず、蔵へと飛び込んで行った。
果たしてそこには、男になりかけの頃の青い体を散々捧げ続けた、あの肉塊がいた。
平助は随喜の涙を流して飛び付き、肉の海に溺れる。
やがて。
温く柔らかい肉の管が、ゆるゆると伸び、……
そっと、平助の鼻と口を塞いだ。

野伏さり。
主に、人間と強い情動を交わした卑獣の死体を依り代に、肉塊を形成する妖怪。
嫉妬や強欲と相性がよく、これらが混じると強かに変化する。
停滞や回顧の情感によく巣食う性質で、発展心や重金属とは相性が悪い。
富国強兵政策以降は、絶滅したのか、見かけない。


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このストーリーに関するコメント

15/03/02 クナリ

タイトルは、「やきののぶさり」と読みます。

本作はフィクションであり、野伏さりは架空の妖怪です。
実在の人物・団体、実在の妖怪、実在の怪異、実在の怪奇・超常現象、実在の野伏さり等がいたとしてもそれとは無関係です。

「伏さり」って「伏せる」の活用として誤りではないのですかという気は薄々していますが、まあその、ほら、なんと言うか、その不自然なところが気味悪いっぽくていいじゃないですか(←アウト)。

15/03/02 海見みみみ

拝読させていただきました。
架空の妖怪だけあり、話にオリジナリティーがありますね。
文学性とホラーがほどよくミックスされていてとても良いと思います。
冒頭から始まる衝撃的な展開にぐいぐいと読まされました。
さすが、素晴らしい作品だったと思います。

15/03/03 クナリ

海見みみみさん>
実はこうした気持ち悪い系の妖怪が好きでして、そしてくらーい話ばかり書くので、けっこうワンパターンに陥りがちなのです(^^;)。
ですのでその分、オリジナリティを出せていればこれほどうれしいことはありません。
ホラー好きなんですが、時空モノガタリさんでもあまり投稿されることは多くない気がするので、チャンスがあれば今後も書いていきたいです。
ホラーって導入部がとても大事だと思っていますので(いえ、みんなそうですけども)、「オヤ、面白そうだぞ」と思っていただけていれば幸いです。
過分なるお褒めの言葉恐縮です、ありがとうございます!

15/03/05 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

見事なフィクションですね、息をのむ作品内容に、読み終わった今もまだ鼓動が激しく騒いでいます。
恐ろしくかつ、気味悪さでいえば、最高の物語ですね。嫉妬の塊そのものを形として表せばこのような野伏さりになるのかもしれないと、唸りました。

ホラー好きのクナリさんの真の力を見せてもらったように思いました、大変面白かったです。

15/03/05 クナリ

草藍さん>
さも当たり前のよーに「ンなことあるかい」と言われてしまうようなことが起きてしまう、それこそが妖怪もののフィクションの真骨頂ッ!(←違う)
というわけで、このような気色悪い話にポイント&コメント、平にありがとうございます。
日本のお化けは、何となく嫉妬とか怨嗟とか、そういう感情と相性がいいですね〜…。
そのふところの中で、自分なりの妖怪話を構築できればいいのですけども。
作中で、恐れを知らないで未知のものに手を出してしまう純朴(?)な子供がひどい目に遭っていますが、ホラーという題材を用いた、自分なりの、王道に対する反目感の表れだったりします。
大体、「ほら、怖くないよ〜」と思い切って捨て身になるヒロインて、痛い目にあったとしてもその後良い感じの展開になることが多い気がしたので、リスクというのは無防備であれば必ずしも突破できるわけじゃないですよ〜ヒロインになれずに道を断たれてしまう人も大勢いるんですよ〜みたいな。
ただの意地悪かッ(^^;)。
ともあれ、これからも「隙あらばホラー」を合言葉に頑張りたいです。
ホラーは苦手と言いながら読んで下さった草藍さんには、まこと頭が上がりませぬッ。

15/03/07 つつい つつ

百物語や民話を読んでいるようで不思議な魅力のある作品だと思いました。
野伏さり 一見怖ろしくないのに、なんともいえない妖しさが漂っていて
こういうモノが一番怖いのかもと感じました。

15/03/08 クナリ

つつい つつさん>
百物語に耐えるような「程よい長さ」と「質」の怪談は自分の中での理想像のひとつなので、とてもうれしいです。
日本の妖怪って、西洋に比べてあんまり攻撃的な感じのものは少ない気がするんですよね。
なんでか、そこにただいますみたいなのが多くて。
領地の取り合いや宗教戦争と無縁だった土地柄だからなのですかね。
もう、西洋の神々の統廃合を見ていると(特にキリスト教の土着神取り込みとか…)、小豆洗いとか枕返しとか、ほほえましくてたまらないですよ…!
今作の妖怪さんはちょっとタチ悪いですが、こういうのが日本妖怪っぽいかなあ…ともイメージしています。
どがー!がぶー!じゃなくて、じめー…という。
なんのこっちゃ(^^;)。

15/03/09 水鴨 莢

読ませていただきました。
めっちゃおもしろかったです。
個人的に諸星大二郎って人のマンガとか好きなんですけど、それにも古く土着的な妖物とか
出てきますのでそっち系の雰囲気を感じつつも、しかしこちらは小説なだけに裏にある情念
の描写などに関しては勝ってて、迫力あってすごかったです。

15/03/09 クナリ

水鴨十一さん>
コメント、ありがとうございます!
妖怪ファンは意外にたくさんおられるのだと思うのですが、自分めの作品でそうした方々に楽しんでいただければとてもうれしいです。
自分でも絵は漫画含め多少描くのですが、漫画で伝えられる情報量の多さ、表現の幅広さは凄まじいと思います。
自分などの扱う文章が伍することができる部分があるのならありがたいのですが、直接文字で精神面を描写できるのは確かに強みですから、励んで参りたいと思います。

15/03/24 光石七

ぞわぞわ、ざらりとした感覚の中に仄かに温かい光があるような、でもやはり怖い、そんな読後感です。
肉塊に溺れていく平助や、悪戯心から蔵に入ってしまう娘の描写が妙にリアルで、説得力がありますね。
日本らしい、クナリさんらしいホラー、楽しませていただきました。

15/03/27 クナリ

光石七さん>
娘がわずかーに光を見せてくれかけましたが、あんな目に遭ってしまいました…。
爪や牙や毒がない、どうやって人間を害せるのかいまいちよく分からない、でもなんか怖い、というのが日本の妖怪のいいところかなと思いますので(いえ、直接的におっかないのもたくさんおられますが)、自分の中のそういう価値観が表出したモンスターがこれなのかもしれません。
しょうがない主人公ですが(^^;)、妖怪を書くには人間を書かなくてはならなくて、それがうまくいっていれば幸いです。
コメント、ありがとうございました!

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