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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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ダイダラボッチの足4の字固め

15/03/02 コンテスト(テーマ):第五十二回 【 自由投稿スペース 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1508

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BB(ビックバン)プロレス団体代表一之瀬太郎は、空席のめだつプロレス会場をみまわして、ひとしれずため息をもらした。
リング上では若手レスラーたちが、見栄えのする派手な技をかけあいながら、熱戦をくりひろげている。
客の入りがすくないのはどうしてだろう………。
やっぱり、看板レスラーがいないからじゃないか。
学生時代からの友達で、忌憚なくなんでもズバズバいってくれる相談役の河野のアドバイスに、一之瀬もうなずかざるをえなかった。
そのとおりだった。
他のプロレス団体で、人気のあるところはまちがいなく、これはといった商品価値のあるレスラーを抱えている。
巨漢レスラー、怪力レスラー、空中戦を得意とするレスラー、超イケメンレスラー、ヒール、とにかくどれかひとつ、際立った特徴をそなえたレスラーが、わが団体にはいないということだった。

翌朝、事務所で一之瀬は、「河野さん」と、青年時代からの知己である彼を、敬称をつけて呼んだ。
学生時代からふたりとも、大のプロレスファンで、顔をあわせるとせまい六畳の間で、くんずほぐれつ、テレビでみたプロレス技をかけあっては、家のものたちの叱責をかっていた。
一之瀬はやがてプロレス団体をたちあげ、河野のほうはその団体の相談役におさまった。いつもなら、呼び捨てにするほど親しい間柄だったが、ワラにもすがりつきたい一之瀬の気持ちが、河野を敬称で呼ぶというかたちになってあらわれたものとみえる。
「なんとかならんものかな」
一之瀬が、BBプロレスの人気向上に、いかに気をもんでいるかを、一番しっているのはいうまでもなく河野自身だった。
「おれはおもうんだけど、この日本にはまだまだ、逸材がねむっているんじゃないだろうか」
「レスラーの逸材―――しかしな、河野さん、その逸材をスカウトするとなると、それなりの金がいる。うちみたいな弱小団体のどこをひっくりかえしたって、そんな大金でてきっこない」
「いや、おれのいう逸材とは、そんなんじゃないんだ」
「というと?」
もってまわったいいかたのきらいな河野は、いともあっさり、
「日本にはな、プロレスにはもってこいの妖怪がいる」
「妖怪―――」
「そうだ。一例をあげるなら、ダイダラボッチ」
「ダイダラボッチ………たしか、アニメにでていた、あれか?」
「そうそう。しかし本物は、あんなんじゃないんだ」
「本物って、本物の妖怪がいるのか―――で、その妖怪が、なんでプロレスにもってこいなんだ?」
「そうおもわないか。ダイダラボッチがだよ、リングにたったら、これはすごいことにならないか」
「妖怪は架空の存在じゃないか」
「それがいるんだ。おれはさっき、一例をあげるなら、といったが、その一例と、じつはすでに話がつけてある」
「ダイダラボッチと、口をきいたのか」
「きみは知ってるか、妖怪はむかしから悪をなすとばかり信じられているが、もともとは子供たちと仲よしで、人々のためになることをおこなってきたいわば善なる存在だということを」
「それがまたなんで、わざわいをもたらす存在にかわったんだ」
「伝説というものはつねに、人々をたのしませるためにある。善ばかりなしていては、そのうちだれからもあきられてしまう」
「天国を描いた絵より地獄図のほうが大衆たちにははるかに人気があるって、あれだな」
「そういうことだ」
「で、その、ダイダラボッチに話をつけたとは、どういうことだ」
「うん。おれは先週、でかけるとこがあるといって3日のあいだ、姿をくらませていただろ」
「ああ。口のわるいマネージャーが、女にあいにいっていたと噂していたが」
「とんでもない。おれはその3日間、ダイダラボッチがいるという長野の山奥を、くまなく歩きまわっていたんだ」
「それは、そのときのものかい」
と一之瀬は、まだギブスで固定している河野の左腕をみつめた。
先週たずねたときは、トレーニング中に骨折したと言葉をにごしていた彼だった。試合にでない彼がどうして、骨を折るまではげしい練習をしていたのか、いまおもえば奇妙な話だった。
「じつはそうなんだ。おれはなるべく険しい山中をえらんでいたので―――それというのもダイダラさんは、そんな場所を生息地にしているらしいから―――しらないうちに断崖のふちまでやってきていた。丈だかい繁みにかくれて足元がみえなかったものだから、あっとおもったときには崖っぷちから足をふみはずして、ころがりおちそうになった。そのとき、だれかがおれのからだをつかんで、助けてくれたんだ」
「それが、ダイダラボッチというのか」
 河野はうなずいた。
「あとで、ダイダラさん本人からきいたんだが、かれは、おれがダイダラボッチをさがしていることを、もうとおからしっていたんだ。人のいちずな気持ちというものは、妖怪には察知できるらしくて、そのうえかれは、おれがそこにいった目的まですっかりみぬいていた」
一之瀬はもう、口をはさむこともわすれて、相談役の話にじっと耳をかたむけた。
「おれは、ダイダラボッチ相手に、会社の窮状を切々と訴えた―――」
「ちょっとまってくれないか。ほくにはその、ダイダラボッチのイメージがどうしても思い描けない。写真はあるのかい」
「うーん、もうちょっとまってくれないか。その間なんなら、そうだな、A・ザ・ジャイアントと、J・ババを足して2で割ったイメージでも抱いていてくれないか」
「なんと!」
おもわず一之瀬は息をのんだ。
鳥肌立つとはこのことだった。BBプロレス団体の隆盛を考えるとき、必ずといっていいほどおもいえがくのが、いま河野の口から出たすでに個人となられた2大スターだったのだ。このような選手がひとりでもわが団体に所属してくれたら、人気上昇はまちがいなしだろう。
「それで、ダイダラボッチさんは、どういってるんだ」
 一之瀬はおもわず身をのりだした。
「きみの耳で、直接本人からきいたらどうだ」
「あいにく、長野の山まででかける余裕がない」
「ダイダラボッチは、二日前から、おれのマンションで寝泊まりしている。これからいっしょに、あいにいこう」
じつは河野は、きょう、そのことを話すつもりでいたらしい。二日あけたのは、ダイダラボッチに、少しでも人間社会の空気になれてもらうつもりだったのだという。
河野の運転する車でふたりは、そうとおくもない彼のマンションまでさっそくでかけていった。

マンションに到着し、河野の部屋がある五階までエレベーターであがっているあいだも一之瀬は、なんとなく腑に落ちないというふうに、首をかしげていた。第一、山にいる妖怪が、こんなマンションの一室にいることじたい、不可解ではないか。もっとも、それを承知でここまでやってきたのも、海外の選手とのブッキングもこなしている河野が、こちらをがっかりさせるようなことをするとはよもやおもえなかったからにほかならない。
一之瀬もまたまえから、多くのスカウトから目をつけられているアマチュアのエリート以外にも、世間には逸材といえるレスラー候補が存在するとの信念をもっていた。げんにこれまでなんども、街中でみかけた体格のいい人間に声をかけては、スカウトをもちかけてきた彼だったのだ。
「さ、はいってくれ」
鍵をあけ、河野は一之瀬を自室に招じ入れた。季節は秋とはいえ、まだ日中は汗ばむほどの陽気だったが、いま一足、部屋にはいりこんだ一之瀬の顔に、なにやらひやりとしたものがふれたような気がした。
「おっ」
一之瀬はちいさく叫んだ。客間にいた人物は、ソファにすわった姿勢で頭の高さが、天井ちかくまであった。そうみえたのは、どうやら錯覚で、なんというか、全身から発散するオーラのようなものが、その人物を、見た目以上に高く、大きくみせているらしかった。
その人物は、山奥にのびていた大木を、たったいま切りとってもってきたかのような印象をただよわせていた。着ているものも、筒袖の、色あせた着物で、まるでかかしさながらのいでたちだった。
しかし、この男なら、という直観めいたものが、BBプロレス代表の一之瀬の胸を打った。
「社長、こちらがダイダラボッチさんです」
河野に紹介されて、一之瀬はかれのほうに歩みよった。
「一之瀬です、はじめまして」
 相手からかえってきたのは、なにやら野太い、耳触りな声音で、一之瀬はさっぱり理解できなかった。すかさず河野が、
「わたしは、ダイダラボッチだと、いっておられる」
ひろく外国語に通暁している河野だったので、妖怪の言葉もきっと翻訳できるのだなとおもって一之瀬は、それ以後ダイダラボッチとの会話はすべて、かれを通訳にしてかわすようになった。
「とにかく、うちの稽古場にきてもらって、選手たちと顔あわせを―――」
一之瀬にしても、この業界にはすでに20年以上かかわっている身なので、このどこかミステリアスな男を今後、どのように使うかぐらいの算段はすでにつけていた。リング中央にたちはだかり、相手レスラーを無言で威嚇する彼の姿が、すでにあたまのなかにありありと思い浮かんだ。商品価値はじゅうぶんあると、かれはたしかな手ごたえを感じていた。
その夜、あさっての試合にそなえて練習にはげむ選手たちのところへ、ダイダラボッチとともに一之瀬と相談役がはいっていった。プレハブ造りの練習場と会場をかねる室内には、中央にリングがひかえ、いまそのマット上では十数人の男たちが、トレーニングに汗をながしていた。
ダイダラボッチをひきつれて入ってきた一之瀬をみて、全員がこちらにあいさつをした。
「みんな、ちょっと稽古をやめて、こちらをみてくれ。こんどレスラーとしてわがBBプロレスのリングに立つことにきまった、妖怪ダイダラボッチだ」
 妖怪ダイダラボッチ。それが彼のリングネームだった。単刀直入すぎではと河野が最初難色を示したが、インパクトのつよさでは、やはりこれが一番だと一之瀬は押し通した。
選手たちの目がいっせいに、新入生のうえにそそがれた。筒袖の着物はそのままに、ひらべったいカニの甲羅のようなダイダラボッチの顔には、愛想笑いのひとつもうかばなかった。
レスラーたちの顔にいちように、うさんくさいものでもみるような表情がやどるのを、一之瀬はみのがさなかった。
―――ただのイロモノじゃないか。
あきらかにかれらは、無言のうちにそう語っていた。うちの団体だけはそんな邪道にはしらない。その社訓にあこがれて門をたたいた若者が多かったことを一之瀬はおもいだした。
「経験はあるのですか?」
一番の古株の、沖村がたずねた。
「うん。これまでそうとう、人々をふるえあがらせているようだ」
 妖怪としてのステータスを一之瀬はいったつもりだったが、沖村にはそれが気にくわないようだった。
「社長、一手、お手合わせをお願いできませんか」
むしろのぞんでいたことなので、一之瀬はすんなり沖村の申し出をうけいれた。河野のお墨つきこそあれ、その実力は未知数のダイダラボッチだった。新入生ならだれもが一度はこうむる洗礼を、かれだけ除外するわけにもいかなかった。
「いいだろう。河野さん、かれに」
しかし通訳をとおすまでもなく妖怪は、のっそりとリングに歩みよった。
リング上にいたひとりが、ダイダラボッチのために、肩とあしを使ってロープを上下にひろげてやった。
だが、せっかくのその好意を無視してダイダラボッチは、ロープを、大きくひとまたぎしてリングに入り込んだ。かれのために入り口をつくってやったサイクロン山田という選手は、かちんときて、一番手はおれにやらせろと、ほかの面々をおさえてはやりたった。
「うわーっ」
悲鳴とともに山田のからだがリングの端まではねかえされたのは、先陣切って彼が、ダイダラボッチむかって突進していった直後のことだった。
すぐにはおきあがれずに、首のあたりを痛そうにおさえている彼をみたみんなの闘志に、にわかに火がついたのは当然だった。
 しかし、十分後には、リング内にいた全員が、まるで花びらのようにダイダラボッチをまんなかにして倒れていた。一之瀬はその一部始終をみていたが、ダイダラボッチはただ同じ場所に大木のように立ちはだかっていただけで、選手たちのほうが山田のときのように、かれにぶつかっていってはつぎつぎに、はねとばされたのだった。
一之瀬と河野は、おもわず顔をみあわせ、これはいけるぞと拳を突き合わせた。
 
一之瀬たちに、猶予はなかった。
つぎの試合にさっそく、妖怪ダイダラボッチをリングにあげることにした。
一日もはやくかれをデビューさせ、その特異なキャラクターをひろめる必要があった。プロレステクニックなどなくても、他のレスラーの協力で、かれの存在感を高めることは容易い。考えれば、わが団体は、最初からリアルバトルが売りで、結構みんなに実戦さながらのファイトをもとめてきた。生傷が絶えず、故障者もでた。それでファンがつけばまだしも、閑古鳥が鳴いている現状では、結果的にマイナス効果でしかない。
手合せの時にみたダイダラボッチの、あの要塞のような強さをみれば、フアンもきっと喜ぶことだろう。タックルも、ドロップキックもらくらくはねかえす、仁王立ちするダイダラボッチの勇姿におくられる盛大な拍手喝さいが、いまから一之瀬の耳にきこえていた。

試合当日の日、まさに一之瀬がおもいえがいたとおりの拍手のうずが、リングサイドの周囲から、とめどもなくわきおこった。予想と現実がこれほどぴったり一致したのもめずらしい。
既存のポスターのうえに急遽、ダイダラボッチの名を記したタック紙を、可能なかぎりみんなで手分けして貼って歩いたのが功を奏したのか、ひとはこの得体のしれない怪奇レスラーみたさに、会場に詰めかけた。
ダイダラボッチは、ただリング中央に立っているだけだった。本番での上背が、このあいだよりまださらに高くのびているようだった。まさに天をつく大巨人そのもので、彼に束になってかかってゆく選手たちが、まるで無力な子供のようにみえた。
会場のすみから一之瀬は、妖怪ダイダラボッチの、異様な雰囲気をただよわせたその姿を、心から満足そうにながめた。それはこの会場にいるだれもがうけとめている印象にちがいなかった。もともとプロレスとは、日常から離脱した非現実の世界をうみだすショーにほかならない。これまであらわれた何人もの怪奇レスラーをみてもそれはうなずける。しかしその、どんな怪奇レスラーたちにも、いまみせているダイダラボッチの、リアルな怪奇性は、どうころんでもかもしだすことは不可能だった。客たちはそれを敏感にかぎとっていた。
他の選手たちも、フアンがあってのプロレスだということを、ここにきて再認識した模様だった。ただ棒のようにたっているだけのダイダラボッチに、むかっていってはじぶんから倒されるという演出を、飽きることなくくりかえした。そしてそのつどわきかえる客の反応に、かつてない充実感をおぼえるのだった。

ダイダラボッチのデビューは、大成功におわった。その様子はさっそく、ユーチューブで全国に配信され、閲覧回数はたちまち何十万回という数字をはじきだした。
一之瀬は河野をとおして、ぜひこのまま団体に所属して、次回からの開催にも出場してくれるようにダイダラボッチに頼みこんだ。
 ダイダラボッチとなにやら言葉をかわした河野は、明るい表情でふたたび一之瀬をみた。
「いいといってるよ」
「それはありがたい。で、報酬のことなんだが―――」
「そんなものいらないらしいよ」
「え、ではなにをご希望なんだ。人間の生首だなんて、よもやいいださないだろうな」
 河野はこんどは、さっきよりもはるかにながく、かれとやりとりしてから、
「おれもしらなかったけど、妖怪というのは、人間のおどろきおそれるさまをみることじたいが、糧になるんだって」
「ほかにはなにもいらないのかい」
「いらんといってる。もしかしたらかれ、みんなとプロレスするのが、気にいってるんじゃないだろうか。ほら、民話の中の鬼も、ひととよく相撲をとったりしてるじゃないか」
一之瀬にとって、それほどありがたいことはなかった。人気をひとりじめにするほどの選手なら、当然ギャランティーのほうは、それにみあった額を要求するのがあたりまえのこの業界だった。今回の成功だけでは、団体への収入もしれているし、なによりこれまでの借金もまだぜんぜん返済できていない。妖怪がここまで無欲だったとは。おもわず一之瀬はダイダラボッチにむかって、感謝感激とばかり、まるでハエのように、両手をすりあわせそうになった。

二度目の開催は、前回以上に大成功で、会場には立ち見まで出て、リングサイドにはプロレス専門の記者の姿が何人も確認できた。このときもダイダラボッチは、リングにただたちつくすだけで、かかってくるレスラーたちをその巨体ではねかえすことのほかはまったくなにもしなかった。
かれみたさに会場に足をはこぶフアンの数はふえるいっぽうで、そのうちこれまでの練習場をかねるプレハブ造りの会場では当然ながら手狭になってきて、一之瀬は急遽駅前の体育館を借り切り、そこにリングを特設した。その二千人収容の体育館も、BBプロレスを開催するたびにつねに、満員御礼がつづいた。
だがその人気も、下火になるのは、ずいぶんはやかった。
いくら妖しげなムードをただよわせるダイダラボッチでも、ただ壁のように、なにもしないでたちつくすだけで、そういつまでもファンがついてくるはずはなかったのだ。かれのまわりに勝手にバタバタ倒れるレスラーたちにしても、それは同様だった。
一之瀬は、会場内であくびをする客の数がふえてゆくのをみて、これはだめだとおもった。
あんのじょう、入場者数は日に日に目減りしていった。はやいうちにもとの狭い会場にもどったのは正解で、以前どおりの、隙間風が吹き抜けるような、閑散とした試合会場を、ふたたびかれはまのあたりにしなければならなくなった。
「かれにも、プロレスわざをおぼえてもらおう」
一之瀬がいおうとしていたことばを、河野がさきにいった。
「やっぱりお客さんは、プロレスをみにくるんだからな」
これまでの、妖怪という存在価値はもはや、一之瀬はくちにしなかった。いまの時代、どんな珍奇なものでも、その賞味期限はあまりにも短いということが、今回のダイダラボッチの件で彼もいやおうなしに理解させられた。
こどもたち、いやおとなたちも、ビデオやゲームで、CDでつくりあげられたもののけや怪獣、ありとある架空の世界の生き物を毎日のように目にしている。そのリアルな臨場感は、現実をはるかにこえてかれらの視覚にせまってくる。つぎつぎあらわれては消えるそれらのモンスターと、かれらにとってはダイダラボッチもおなじなのだ。相も変わらずマットにつったっているだけでは、いっときは物珍しさにひきつけられた客も、すぐにあきてしまって、二度と目をむけなくなってしまう。
一之瀬は、正統プロレスの表看板を、ふたたび掲げる必要をおぼえた。
そのことをダイダラボッチ本人に告げると、意外にもあっさりかれは了解した。
もともとかれが、河野の要請をうけいれて、BBプロレスに参加するつもりになったそもそもの動機が、いまの時代、妖怪としての存在価値が薄れつつある現状をふまえたものだった。
人々をおそれおののかせるという、妖怪としての足場がはげしく揺れ動いていたちょうどそのとき、河野に声をかけられ、プロレスという人々に威力をみせつけて感服せしめることのできるショーを知り、これ幸いとばかり山からおりる決心をしたのだった。そのかれが、人気もなくなり、だれからも注目をあびなくなったいま、次なる手をさしのべてくれた一之瀬たちの申し出を、どうして無碍に断われるだろう。
ところで、妖怪にプロレステクニックを習得することができるのだろうか。一之瀬にも河野にも、そこのところははなはだ疑問だった。これまで見聞きしたおよそどんな妖怪にしろ、プロレス技で人間を脅したという話は聞いたことがない。人間にコブラツイストをきめるぬらりひょんが想像できるだろうか。
プロレス技というのはすなわち、人の関節部分を逆にとったり、きめたり、または梃子の原理を利用して体を投げたり、押さえつけたりする技のことだ。ほかにもドロップキックやフライングクロスチョップといったとび技もあるにはあるが、それらの派手なものは必ず相手とタイミングをあわせることが必定で、ビギナーのダイダラボッチには取得困難だし、だいいちあの巨体にふさわしいわざともおもえなかった。
案の定、若手レスラー相手に特訓を開始したダイダラボッチは、一之瀬が危ぶんだとおり、初歩的なわざひとつ、ろくにかけることもできず、でくの坊よろしく、ただただそのおおきなからだをもてあますばかりだった。
「これじゃ、だめだ。話にならん」
コーチ役の古参レスラーが、はやばやと匙を投げてしまった。
「これほど不器用だったとは………」
一之瀬も河野もあきれるばかりで、ダイダラボッチにプロレスわざを伝授することなど、蟻に重量挙げをさせるようなものだと、憮然としてしばらくは言葉もでないありさまだった。
リングの上から沖村の罵声がきこえた。
「このやろう、やる気があるのか」
一時とはいえ、リング上でみなから喝さいを浴びたダイダラボッチに対するやっかみもてつだってか沖村は、ダイダラボッチに鉄拳制裁をくらわした。  
それでもまだ腹の虫がおさまらないのか、いきなり沖村はダイダラボッチの足をとって妖怪をマットに倒すなり、彼が十八番としている足四の字固めをかけた。足四の字固めは、自分のすねで相手のすねをぎりぎり責めつける痛め技で、いったんかかるともはや外すことが困難なフィニッシュホールドだ。
さしものダイダラボッチも、これには音を上げ、沖村に足をからめられたままマット上をもじどおり七転八倒しはじめた。 
「もうはなしてやれ、沖村」
河野の声に、ようやくダイダラボッチは足四の字固めから解放された。
「わかったか、これがプロレスの技だ」
ようやく溜飲をさげたとみえ、満足顔でリングからおりかけた沖村の足に、そのときにわかにおきがってきたダイダラボッチが、いきなりとびかかってきた。
「なにをしやがる」
ダイダラボッチに足をとられた沖村は、両腕をおよがせながら仰向けに倒れた。その彼の足を、なおもつかんだままだいダイダラボッチは、なにをするのかとおもったら、さっきかけられたとおりの足四の字固めを、みごとにきめたのだった。
「いたた、やめろ、やめろ」
がっちりと両足をロックされ、逃げることもできずに沖村は、苦痛に顔をまっかにしてわめいた。
その状況をリングの下からみていた一之瀬と河野は、ほかのどんなプロレス技もおぼえることのできなかったダイダラボッチが、こと足四の字固めだけは、すんなりマスターしたことに目をみはった。
「剣ヶ峰にたつとさすがに底力を発揮するようだ。よし、こんどはこれで、売り出すか」
つぶやく一之瀬に、河野が横から、
「マスクをつけさせたほうが、いいんじゃないか」
「なるほど、こんどは覆面レスラーとして出直しだ。ネーミングはどうする?」
「そうだな―――スーパーナチュラルダイダラボッチというのはどうだ」
「やっぱりダイダラボッチは残すのかい」
「うん。妖怪にたいする、せめてものオマージュのつもりだ」
「ようし、それでいこう」
一之瀬と河野は、BBプロレスの今後の発展を祈って、がっちりと握手をかわした。
                              
                                   了


  





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このストーリーに関するコメント

15/03/02 海見みみみ

拝読させていただきました。
妖怪、それもダイダラボッチにプロレスをさせる!
まさにオリジナリティあふれる作品ですね。
読んでいて「次はどうなる!」とわくわくさせられました。
その後ダイダラボッチは覆面レスラーとしてどのような活躍をしたのか。
先の展開が気になります。
とてもおもしろい作品でした。

15/03/02 W・アーム・スープレックス

海見みみみさん、コメントありがとうございます。

ダイダラボッチにW・アーム・スープレックスをかけさせることも考えたのですが、それだと自分のCMになるおそれもあるので、足4の字固めにおさまりました。覆面レスラーとしての活躍は、BBプロレスの将来がかかっているだけに、頑張ってもらいたいものです。

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