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ゆひさん

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性別 男性
将来の夢 言葉を生業とすること。
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存在と時間

12/07/16 コンテスト(テーマ):【 花火大会(花火) 】 コメント:1件 ゆひ 閲覧数:1952

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気分転換に部屋の模様替えをしていた、春の夜。
押し入れの隅っこに置いてあったそれが目に入り、時間が止まる。

去年の夏にしなかった花火の束。

手を伸ばしそれを手に取ると、
歯磨き粉の匂いがする。

そういえば、花火と歯磨き粉をいっしょに買ったんだった。
それが入った袋を私が落としてしまったとき、
彼がそれを避けきれずに踏んでしまって、
花火の束の上に歯磨き粉が散らばってしまったのだ。

「うわぁ、ごめんな、歯磨き粉、服とかに飛んでない?」

そう言われて、私は笑っていたことを思い出す。

「だいじょうぶ。いい匂いの花火になったね」

ふたりで歯磨き粉をせっせと拭き取ると、
私たちはますます歯磨き粉の匂いに包まれて、
クンクンとそれを何度も嗅いだ。

あの匂いが今、彼のいない部屋に広がっている。

もしかしてまだ使えるかもしれない。

私はそう思って、雑貨屋で買った小さなバケツに水をくみ、
それを持って花火とともに、部屋を出た。

夜はまだ少し寒かったのだけれど、
マッチ棒で火を焚くと手元が少し暖かくなった。

一本ずつ花火に火を付けてみる。

けれどもやっぱりしけっているようで、
どれも付くことはなかった。

「でも俺、線香花火はやりたくないんだよなぁ」

歯磨き粉の匂いに包まれているとき、
彼はそう言っていた。

「どうして?」

素直に私はそう聞き返していた。

「なんか淋しくなるんだよね。
たとえるなら、日曜日の夕方とか、
セックスが終わる寸前みたいな感じで」

そんなことまで思い出し、私の顔は赤くなっているのがわかった。

命が締め付けられるように心が軋んだとき、
線香花火に火を付けてみた。

けれどやっぱりしけっている。

私は涙が出た。

どうか付いてください……
一本だけでいいから……

祈りにも近い想いで、1本ずつ。

それが付いたのは、最後から3本目のこと。

付いたそれをただながめ、
やがて火玉がポトンと落ちたとき、
彼の淋しさが少しわかった気がした。

残った線香花火に、火は付けなかった。

私は今日のこの火を忘れない。

忘れないまま、いつかまた、火を付ける。

彼のためにも。

歯磨き粉の匂いとけむりが混ざり合って、
空に還っていったのを、しばらく見ていた。


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このストーリーに関するコメント

12/07/17 汐月夜空

しけってしまった歯磨き粉の匂いのする花火。
きっと普通のものよりもけむりがたくさん出て、火も綺麗には見えないと思いますが、それでも込められた思い出が美しく魅せますね。
明確には書かれていませんが、おそらく死別してしまった彼との思い出が暖かいですね。
最後の
>歯磨き粉の匂いとけむりが混ざり合って、
空に還っていったのを、しばらく見ていた。
が感傷的で味があって良かったです。私もこのようなしめ方が出来たらな、と思います。

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