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だれもいない朝

15/02/28 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:2件 佐屋 閲覧数:935

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昔、わたしはよく泣くこどもだった。

一度泣きはじめると、かなしみがこんこんと井戸水のようにわきだして、なかなかおさまりがきかなかった。はじまりは、となりの家の男の子にクーピーを折られた、寝癖を笑われた、などとひどくささいなことなのだ。けれども、そのうちに、明日起きた時ひとりぼっちだったらどうしようとか、この前友だちについた嘘のこと、起きそうもない未来からずいぶん過去のことまで思い出して、結果どうしようもなくなってしまう。こんな自分ばかみたいだと、思いながらわんわん泣いている。

「あの時、クーピーくらいでわけわかんないやつ、って呆れたなあ」

社会人になって数年経とうというころなのに、いまだに貴之はそう言ってわたしを笑う。

「またその話」

わたしも笑って答えるけれど、本当はこころのうちで、そうじゃないんだよ貴ちゃん、わたしはクーピーで泣いてたわけじゃないんだと、思っている。

貴之とは、家が近所で、幼稚園から中学校まで一緒に通った。彼は昔から豁達な気性で、気のちいさなわたしは、何度彼のそのおおらかさにあこがれたか知れない。

「泣きたくなったら、おれのこと思い出せな」

などと、わざとへんな顔をして、貴ちゃんがわたしを泣かせたのがはじまりじゃないかと思いながら、しかしわたしはいつもそんな彼に助けられていた。

年齢をかさねて、わたしも人前で泣くことはなくなったけれど、つらいことがあった時にいちばん思い出すのは、そんな貴之のまぶしいような姿だった。


彼らと別れて、日が落ちてもいまだあかるい街をひとり歩く。ちかちかとひかる街並みに、同じくらいあざやかな人たち。一日、馴れないミュールをはいて、すっかり疲れてしまった。

薄いピンクのワンピース、白いおろしたてのミュール。髪は朝から美容院に行って、やわらかくゆってもらった。爪も桜貝みたいに、つやつやしている。

彼の大切な日を、わたしはほんとうに、こころから祝いたかったのだ。

それなのに、いままた、こんこんとわきだすこの感情は、明らかにそれとは違う。目鼻がつんとしてくる。わたしは貴之の姿を思い出す。貴之のことでこんなにもつらいのに、どうしてまた貴之のことを思い出すのだろう。昔、この前はごめんと彼がくれた、まあたらしいクーピーを思い出す。彼のへんな顔や、ひとりぼっちになった日を思って泣いた日のことを思い出す。いつまでも人がせわしなく行き交う街の中心で、わたしはかなしみのなか立ち尽くしている。


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このストーリーに関するコメント

15/02/28 海見みみみ

拝読させていただきました。
なんとも切ないお話ですね。
わざとそれが何なのか明言されていない、幼馴染の大切な日。
主人公の幼馴染への好意と、それが叶うことのない悲しみが十分伝わってきました。
とてもよい作品だったと思います。

15/03/01 佐屋

海見みみみさま

主人公の切ない気持ちを、あえて言葉にしないことで表現できたら…と思って書いた話なので、とてもうれしいです。
励みになります。ご感想、ありがとうございました。

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