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蒼樹里緒さん

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ドミノと敵は倒すもの

15/02/25 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:2件 蒼樹里緒 閲覧数:1422

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 コートのエンドラインぎりぎりで、白いボールが強く弾んで高く跳ねる。壁のほうまで行ったそれは、ぶつかってころころと減速した。
 精度は上がってきた。もう一本。次は逆側の角を狙う。息を長く吐き出して集中する。伸ばした左手につかんだボールを、また宙へ投げようとしたときだった。
「あれ? 先輩、まだ残ってたんですね」
 無邪気な声に、俺の動きは止まる。体育館の入口から、後輩の男子がひょっこりと顔を出していた。お疲れさまです、とごく自然にあいさつしてくるそいつに、俺はまた苛立ってしまう。その棘じみた感情を、ジャンプサーブにぶつけた。
 今度はネットインして前に落ちる。サービスエース狙いならこれでもいいけど、相手チームのリベロやレシーバーの反応が早ければすぐ拾われる球だ。平常心を乱したのがよくなかった。やっぱり、サイドラインかエンドラインに決めないと。
「先輩のサーブ、ほんと強烈ですよね」
 いつの間にか、後輩は後ろの壁際に屈んで俺を見ていた。感心したような顔で、不思議そうに感想を漏らす。
「おれやほかの人たちよりずっと命中率も高いのに、なんでスタメンじゃないんですか」
「俺に訊くな。部長と監督が決めたことだ」
 おまえが言うな、とも心底思う。こいつは男子バレー部に入って早々、先日の他校との練習試合でいきなりスタメンに抜擢された期待の新星。俺は一年の頃からずっと地道に努力しているのに、控えのままだ。部員数も多く、技術や身体能力で他学年のメンバーと差がつくこと自体は、自然ではある。それでも、どんなに頑張ってもそれが少しも縮まらないというのはやるせないし、悔しすぎて。
 俺より十センチ以上身長が低く、ちょっと小突けばドミノ牌みたいに倒れそうな体格なのに。こいつの持つバネは、どんなに高い壁が立ち塞がっていても、伸ばした手でその縁をつかめるくらいには、思いきりがいい。高打点から、しかもコースの読みづらい左手で放たれる高速スパイクは、相手のブロックに掠ることもなく向こうに叩きつけてしまうのだった。
 三本目のサーブを打とうとしたところで、後輩は愉しげに訊いてきた。
「先輩、おれのこと嫌いでしょ」
 つい、ボールを取り落としそうになる。肩越しに振り向いてにらめば、まあまあ、と本人は苦笑いした。
「わかってるなら邪魔をするな。気が散る」
「同じウイングスパイカーだし、プレースタイルも似てますもんね。けど、おれは先輩のサーブ好きですよ」
「は?」
「中学の大会でも、サーブ決めまくってたじゃないですか。ピンチサーバー起用で、フルセットの土壇場での大逆転勝利」
 こめかみから滲み出た汗が、頬を伝い落ちていく。どこか遠くで、ドミノが軽快に倒れていく音が聞こえた気がした。
「……観てたのか」
「おれはべつの学校の試合目当てだったんですけどね。その隣のコートがすげえ盛り上がってるのに気づいて、目が行っちまったんですよ」
 懐かしそうに天井を眺める後輩の目は、照明の光を浴びてきらめく。一年エースとしての期待をかけられ、試合で活躍していても、こいつは決して他部員を見下したり上級生や監督への礼を欠いたりすることもなかった。いっそ傲岸不遜を貫いてくれれば、早々と嫌いになりきれたのに。
 よっ、とうさぎ跳びのように立ち上がった後輩は、ブレザーを脱いでから歩み寄ってくる。
「おれも一本打たせてもらっていいですか」
「俺が何のために部活のあとも居残り練習してると思ってる」
「おれを超えるため、だけじゃないでしょ」
 知ったようなことを言うその口を、無性に塞いでやりたい衝動に駆られる。けど、そうする気になれないのは、コートを見据える視線が熱いせいだ。体育館を照らす光よりも、ずっと。
 ひょい、と俺の手から自然にボールを取った後輩は、それを何度か軽くついたあと、放り上げて左手で打つ。小さく跳びながらのジャンプサーブは、さっきの俺と同じようにネットインして転がり落ちた。あちゃー、と本人は舌を出す。
「奥を狙ったのになぁ。なんでか前にばっか落ちるんですよね」
「気は済んだだろ、さっさと帰れ」
「え、ここは『俺が基礎から教えてやる』ってなる流れじゃないんですか」
「調子に乗るな」
 デコピンをかませば、いてっ、と後輩は顔をしかめる。余韻でじんじんと痛む指先で、俺は籠からべつのボールを取り出した。
「俺の練習が終わるまで一言もしゃべらないって約束できるなら、いてもいい。コツは見て覚えろ」
「はい、あざーっす! 片付けも手伝いますっ」
 もしかしたら、こいつは他人に嫉妬することなんてないまま生きてきたのかもしれない。自分のガキっぽさに嫌気が差し、こっそり苦笑をこぼした。

 エンドラインにドミノ牌が並んでいるのをイメージして、思いきり跳ぶ。打ち放った白いボールは、疾風のように飛んでいった。


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このストーリーに関するコメント

15/02/25 海見みみみ

拝読しました。
嫉妬というテーマに真正面から挑んだというイメージですね。
主人公の嫉妬心とそれを皮肉る心、その二つが見事に描かれていたと思います。
私が同じ立場だったら嫉妬に狂ってしまいそうですね。
でもそうならないところに主人公の強さを感じる。
そう感じさせる作品でした。

15/03/23 光石七

拝読しました。
とても爽やかな読後感でした。
後輩に嫉妬しながらもそれを変に暴走させることなく練習に励む主人公も、飄々と絡む後輩もすごく生き生きしていて、間近で二人を見ているような気持ちになりました。
面白かったです。

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