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塩漬けイワシさん

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緑の目のおばけが灯油を借りに眠れぬ僕の窓叩く

15/02/25 コンテスト(テーマ):第七十八回 時空モノガタリ文学賞 【 嫉妬 】 コメント:6件 塩漬けイワシ 閲覧数:2003

時空モノガタリからの選評

一体どこからが事実でどこからが夢なのか……。虚実入り交じるストーリーに引き込まれました。嫉妬というものは、この緑の目の怪物のように、人の心にいつのまにか巣食うものなのでしょう。夢オチかと思わせて、現実の中に怪物が忍び寄るラストが効果的ですね。

時空モノガタリK

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コンコンコン。
緑の瞳が見えた。丸く、感情のない目だ。持ち主の体格はずんぐりとした山のようで、目と手足以外のパーツは毛に覆われて見えない。ただ、正面を向いた一対の目が鈍く光っている。コン、コンコン。怪物は爪で僕の部屋の窓を慎重に叩いている。もう片方の腕は赤いポリタンクを下げている。僕は窓を開けた。深夜二時の冷たい空気が流れ込んでくる。怪物はただ、じっ、と僕を見つめている。
怪物は僕が5歳の時から、この時間にやって来ては灯油を借りていく。僕が夜型になった原因は奴のせいかも知れないが、そうやって責任をなすり付けられたら良い気はしないだろう。僕はストーブを止めた。怪物は窓から腕を伸ばし、4本の爪でポリタンクの蓋を開けて置く。僕が灯油を移し替えている間、怪物は動かない。
ストーブがほとんど空になった頃、怪物がもぞりと動いた。「もういい」の合図だ。太い腕がポリタンクを回収し、のそりと背を向けた。僕はその日に限ってあとをつけてみたくなった。毎日学校が出すつまらない宿題より、図鑑にない怪物の生態を探る方が建設的だと思ったからだ。寝間着の上に通学用のコートを羽織り、部屋の電気を消して窓から外に出た。身体を震わせながら、僕は怪物の背中を追った。

ごうごうと風とも川の流れともわからない大きな音が響いている。怪物の住処は近所の土手にあった。橋の下の、剥き出しの地面をドラム缶で囲っただけの場所だ。ストーブどころか寝床もない、ただ中心に何かが転がっている。起伏の形は、横たえられた人間のように見える。近くまで来てようやく正体が分かり、僕は、おっ、と口に出していた。
同じクラスの子だ。後ろ手に縛られてハンカチで猿轡をされている。名前は……なんだったっけ、毎日会っているのに。顔は覚えている。ずっと怯えているような、頬の筋肉が引きつった表情は。今は実際に怯えているのだろうけれど。
彼女を観察している間に、怪物は動いていた。ポリタンクを開け、灯油を少女の全身にかけていった。鼻に入ってむせている。しかし、彼女は抵抗しなかった。何が起こるのかわかっていたが、僕は止めようとしなかった。瞬きの間に彼女は炎に包まれた。燃え上がり橋桁を焦がす。彼女が、叫んでいる。

毎日学校で、僕のノートを覗き見て、オドオドした様子で話しかけてくる。その声も内容も嫌だった。僕を無視している奴らは既に背景だと思っていたが、中途半端に干渉してくる分、引きつった笑顔も含めて、彼女へのヘドロのような感情は溜まっていった。

その彼女が燃えていく。僕の感情と一緒に。
一匹の蛾が炎に引き寄せられ、火の粉に当たって落ちた。不快としか思わなかった蛾が、燃え尽きる瞬間は綺麗に見えた。僕は黒焦げになっていく少女ではなく、蛾の死を慈しんでいた。怪物は隣にいる。炎を見て、あの目が笑顔に細められている気がした。気がしただけだった。四本の爪が背中に触れたかと思うと、まだ燃え盛る炎に、僕は叩き込まれた。

僕は机に突っ伏し、グラスの中身をぶちまけていた。
気が付くと満三十歳になった自分がいた。
夢とは奇妙だ。実家にいた時代、灯油を借りに来る怪物などいなかったのに。僕はラジオを聴きながらくだらない物語を書いていただけだ。今では悪化している。安アパートでネットラジオを聴きブログを更新して、夜明けを見てから寝る生活だ。僕は机とキーボードを拭きながら、断片的に残った夢を手繰り寄せた。

燃えていた彼女は文章が上手かった。優秀賞を貰っていた。僕は佳作だけだ。僕も昔は作家になろうとしていた。しかし、たった一度の応募に落ちてから、気が付けば何も作らなくなった。そして評価されている他人が羨ましくて仕方なくなった。適当に立ち上げたブログで批評を続けて、今ではバイトと広告料で日銭を稼ぐようになった。根性無しで惨めな自分が大嫌いだった。
彼女は作家になったが、急に心が折れてしまったらしい。昨日未明、焼身自殺をネットで放送などしたからニュースは瞬く間に広がった。彼女が同級生だと思い出したのはタイムシフトを最後まで見てからだ。僕の本名を出された。恨み言などはなかったが
「頑張ってね」
ただ一言だけ残して、彼女はライターの火打石を回した。
あれが彼女に残された、最後の表現行為だったのか。そんなことをしても同情心と物珍しさで消費されるだけだろう。それに今の僕は、嫉妬という感情で食っている怪物だ。一体、何を頑張れというのか。
コンコンコン。
カーテンをおろした窓が叩かれた。ごうごうという風鳴りも聞こえる。ここは二階だ。
コンコンコン。音は止まない。強風で飛んできたものが引っかかったのか。それとも間抜けな泥棒が降りられなくなって、助けでも求めているのか。そんなことを考えながらカーテンを開けた。
緑の瞳が見えた。
怪物はただ、じっ、と僕を見つめている。


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このストーリーに関するコメント

15/02/25 海見みみみ

拝読しました。
嫉妬に取りつかれた男の奇妙な物語ですね。
怪物がとても印象的で、どんな感じなのか頭の中で想像しながら読みました。
最後に現れた怪物は何を思っているのか。
非常に気になるラストでした。

15/02/28 クナリ

異様な導入、衝撃的な展開、そこから現実的な話に落ち着くと思ったら、その現実で起きた事件と、最後に再び巡り来た怪異。
短い文字数の中で展開するストーリー構成がとても巧みで、存在感のある作品でした。
面白かったです。

15/03/22 光石七

拝読しました。
奇妙で仄暗い、不気味な空気に自分まで取り込まれていくような気がしました。
夢と現実と怪奇現象の線引きが曖昧で、混乱しながらも惹きつけられる魅力的なお話。
読後、しばらく動けませんでした。
面白かったです。

15/04/13 レイチェル・ハジェンズ

怪物が執念で動くゴリラのような、私には恐ろしくも風貌は可愛いものに感じます。
凝った文章に魅入り、もう少し読みたいと思えました。
オリジナリティのあるお話がとても好きです。

以上。

15/04/21 塩漬けイワシ

感想と投票ありがとうございました。はじめまして、塩漬けです。

>海見みみみ様
ありがとうございます。
「おしいれのぼうけん」のようなトラウマ絵本のさらにつづきを…というイメージでしたが、人間に嫉妬の感情がある限り、終わりは来ないのかもしれません。
想像力を煽られる作品が好きなので、そのように楽しんで貰えて幸いです。

>クナリ様
構成は尊敬する作家さん達に多分に影響されているつもりです。多分。
矛盾と呪詛がドロドロ渦巻く釜の底をぶちまけたあと、型に入れてしっとりさっくり焼き上げたような作品が、自分の中ではひとつの目標になっています。楽しんで頂けたなら幸いです。
ありがとうございます。

>志水孝敏様
夢は記憶や情念から作られているそうで、現実世界も水槽の脳が見る夢に例えられます。
怪物の正体はなんでもいいのかも知れませんね。
ありがとうございます。

>光石七様
ありがとうございます。
動けない衝撃を与えられて感無量です。いつかトイレに行けなくなる作品も作れればいいのですが。いえ、ホラーだけ書きたいわけでもないのですが。
虚実怪が混濁したイメージも、今敏氏のアニメ等お気に入りの作品からもらっている気がします。

>レイチェル・ハジェンズ様
怪物は、愛嬌と不気味さが同居した姿を目指して考えていました。主人公が怖がると全く違う話になってしまうので。
投稿時に字数オーバーしたのを切り詰めたので、凝って捻って読みづらくなっていないか心配でしたが、逆に閉塞感の効果が出たのではと自分では思っています。以上です。
ありがとうございます。

なにせこのような作品なので、フランクに応答して雰囲気を壊さないかと心配していたのですが、やはり感謝は伝えたいと思い、結果発表を機にキーボードを叩いております。入賞を果たし、伝えきれないほど感謝しております。
誠に、誠にありがとうございました。

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