1. トップページ
  2. 悩み人混み神頼み

蒼樹里緒さん

https://note.mu/aorio まったり創作活動中です。 コメント・評価等、本当にありがとうございます。個別返信は差し控えますが、とても励みになります。

性別 女性
将来の夢 趣味と実益を兼ねた創作活動をしながら、気ままに生活すること。
座右の銘 備えあれば患いなし/一石二鳥/善は急げ/継続は力なり/思い立ったが吉日

投稿済みの作品

5

悩み人混み神頼み

15/02/24 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:5件 蒼樹里緒 閲覧数:1173

この作品を評価する

 スクランブル交差点の人波に交ざると、自分がちっぽけに思えてくる。この街から、すべてが始まったのに。
 青信号で周りが動き出しても、俺の足取りは重たいままだった。靴の裏から伸びる影が、地面から引っ張っているみたいに。
 モデルにならないか、とスカウトされたのが、高三のとき。大学に入った今じゃ、俳優としてドラマにもちょい役でたまに出させてもらえるようにはなったけど。知名度は、街を素顔で歩いても全然気づかれないレベルだ。専属契約しているファッション誌も、俺を降ろして別の奴をメインにしようとか言い出しているらしい。体型維持には気を遣っているし、でかい問題を起こしたわけでもないのに。
 ――なんでこう、うまくいかねえんだろうなぁ。
 芸能界に入れば、人生がもっと楽しくなると想像していた。けど、甘すぎたんだ。俺のささやかな夢や期待を、厳しい現実が全部丸呑みにしちまう。
 家にこもって悩んでいても仕方ないから、気分転換に出かけても、足が自然に向いたのはなんでかこの渋谷で。傷を抉ってどうすんだ、と情けなくなるけど、人混みに流されるようにして歩くしかなかった。とにかく、静かなところでのんびりしたい。
 西側の渋谷公園通りと東側のファイヤー通りに挟まれた位置に、北谷稲荷神社はひっそりと建っていた。車はそこそこ通るけど人は減って、ここはほんとにあの渋谷なのかと思うくらいには地味な景色だ。でも、石造りの鳥居を見上げると、不思議とほっとして。鳥居に覆いかぶさるみたいに植えられた木の葉が、肌寒い風にさらさらと揺れていた。
 ゆっくりのぼる石段までは和風なのに、のぼりきると雰囲気ががらっと変わった。オフィスビルのすぐ横に、やたら洋風な造りの社殿がある。これだけは、何回見ても神社とはとても思えない。
 ふと、賽銭箱の前にだれかがいるのを見つけた。参拝客だろう女の人は、コートのポケットから財布を取り出す。けど、ちゃりんと小銭が地面を転がった。
 彼女が拾う前に、小走りで寄った俺がつかんで手渡す。
「どうぞ。――って、あ!」
「あ、じゃないわよ、このヘタレ!」

 すぱぁんッ。

 小銭を受け取ったのとは逆の手が、いきなり俺の頬をひっぱたいた。焼け石を全力でぶつけられたみたいな痛みと熱に、思わず悲鳴を上げる。
「いってぇー! ちょ、なにすんですか!」
「喝を入れただけよ」
「いやいやいや、神社でこんなことしたら罰当たりますって! 手は賽銭箱の前で打つもんでしょ、俺を殴ってどうすんですか!」
「お黙り!」
 その人こそ、仕事で俺をサポートしてくれている、芸能事務所のマネージャーさんだった。両目を鬼みたいにくわっと見開いてにらんでくるから、ついびびって身を引いちまう。
 俺が渡した五円玉を握り直して、彼女はため息をこぼす。けど、表情は苦笑いに変わっていた。
「あんたなら、きっとここに来ると思ってたのよ。電話もメールも反応しないし」
「それは……ほんと、すみません。もしかして、毎日来てたんですか」
「仕事帰りとか、外回りの合間とかにね。時間関係なく」
「なんで、そこまで俺を待ってくれるんですか」
「あたしがスカウトしたときに言ったこと、憶えてる?」

 ――私が、あなたを日本一売れるかっこいいモデルにしてみせます。

 モデルに興味なかったはずの俺の心は、彼女のあまりにもひたむきな表情と言葉に揺さぶられたんだった。実際、事務所は業界じゃ大手と呼ばれるところだし、有名俳優やモデルもたくさん在籍している。そんなところで、渋谷でたまたま見つけただけの俺を日本一にするだなんて――なにを考えているんだとびっくりしちまったけど。口先だけとは思えなかったから、やります、と俺も真剣に即答したんだ。
 そっと取った俺の手にも、マネージャーさんはべつの五円玉を握らせて優しく微笑む。
「下積み時代には苦労も付き物よ。特にモデルは『代わりなんていくらでもいる』とか言われるしね。でも……どれだけ壁にぶつかっても、あんたは辞めるなんて一度も言わなかったでしょ。だから、あたしも絶対あきらめない」
「……そう、ですよね。俺自身が進まなきゃ、夢は夢のままだ」
 せっかくチャンスをつかんだのに、こんなところで終わってどうする。
 俺より十歳くらいは年上のはずの彼女は、茶目っ気たっぷりにウインクまでしてみせる。今日も渋谷に足が向いたのは、むしろこの人の粘り強くてまっすぐな『念』のおかげなのかもしれない。
「また一緒にお祈りするわよ、大田大神さまに」
「――はい」
 笑い合って、ふたりで賽銭箱の前に並ぶ。二個の五円玉が、軽く弾みながら箱の中に吸い込まれていく。鈴を鳴らして柏手を打ち、芸能の長寿の神様に祈る。デビュー前にしたときと同じように。

 神様。俺、もっと頑張るからさ。どうか、日本一にしてください。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/02/24 海見みみみ

拝読させていただきました。
渋谷の街を舞台に主人公が原点に立ち返り再び立ち上がる物語。
とても面白かったです。
マネージャーさんのキャラクターがとてもいいですね。
印象的でした。

15/02/24 泡沫恋歌

蒼樹里緒 様、拝読しました。

渋谷でスカウトされてもメジャーになれるとは限りませんよね。
芸能界は厳しいですもん。
それよりも神頼みの方が効果がありそうです。

テンポが良くて、楽しいお話でした。

15/02/25 高橋螢参郎

流石、の一言です。プロすなぁ....

15/02/25 草愛やし美

初めまして、蒼樹里緒さん、拝読しました。

渋谷のスクランブル交差点は、スカウトの要と聞いています。こういう現実があるのでしょうね。渋谷らしいお話で、楽しめました。

スターになれることは、並大抵のことではないんですねえ。マネージャーさんが良い人で良かったです、この人がいる限り彼は頑張れますね。

15/03/11 光石七

拝読しました。
スクランブル交差点で落ち込んでいる描写がとてもリアルに感じました。
マネージャーさんのまっすぐなキャラがいいですね。
二人三脚で頑張ってほしいです。

ログイン