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リアルコバさん

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絹の階段

12/07/14 コンテスト(テーマ):第九回 時空モノガタリ文学賞【 群馬 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:2150

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 黒く煤けたような階段を上がり冷んやりとした屋根裏部屋に入ると、蝉の声すらが気持ちよくなる。 整然と並ぶ升目を持つ木箱から、あのなんとも言えぬ生臭いような匂いが微かに鼻腔を擽り昔の記憶を呼び戻した。
 博子の実家である古民家と云うべきこの家に初めて来たのも夏の暑い時期だった。

『うわっ』蚕など教科書でしか見たことは無く、それが夥しい数でワシャワシャと桑の葉を貪る光景は恐怖としか表現出来なかった。『大丈夫?お蚕さん駄目なんだぁ、私もそのうち白い糸吐くかもよ』妻と決めた博子に初めて見せた弱味だった。
『新聞記者さんけ そりゃ玉の輿だなぁ』豪快に笑うのは義母だった。義父は寡黙だったが『んっ』と顎をしゃくり慣れた手付きで一升瓶を私に向けた。
『なぁ今年の繭全部使って白無垢ウチで作っかなぁ』『嫌だよドレスにしてよ』『んっ』その時義父が複雑な笑顔だったのは、娘の花嫁衣装を想像したのか、それとも絹の白無垢を仕立てる事への苦笑いだったのか、その義父の葬儀がつい先程までこの下の部屋で執り行われていた。

「ったく居るんだか居ねんだかわかんねぇ人だったけっど、死んじゃったら困っちまうべ、畑仕事も重いもの運ぶのも私じゃもう無理だな」
 皆にそう言って回る姿に決して悲壮感はなく、諦めの中に長年連れ添った感謝が滲み出ているようだった。
(かかあ天下とからっ風、か)「なぁ屋根裏上がれるかな」
「えぇ私も行く」
 既に和室では外様だった。

 大屋根の下に換気の為に作られた小窓から覗く庭が夕焼けに染り、蝉はカナカナと寂しげだ。
「なぁここで養蚕を再開したらやっていけるのかな」
「なにバカなこと言ってるの、お蚕見て気絶しそうになったくせに、 そしてもう売る先も無いみたいよ」「えっ」
「うん、おかぁさんも本当は続けたかったけど組合も無くなっちゃったんだって」
「そうなんだ」
「大丈夫よ私も働くからさ」
「それは頼もしい」
「でも貴方は何するの?まさか家事って訳にも、まぁ無理か」
「いや・・・」
 新聞社の花形部署、政治経済金融と渡り歩き、趣味を持つ時間など無かったし、ましてや家事など洗濯機の動かし方すら今では解らない。
 早期退職制度と云う体の良いリストラで肩を叩かれた時は、まさか俺がと憤りもしたが、同時に情熱が覚めていることにも気付かされた。
「でも本気ならおかぁさんに聞いてみるよ あの人はお蚕大好きだから」
「いや冗談だ」

 滞りなく初七日を済ませ帰京する車の中で博子が
「あのね私聞いてみたんだけど、おかぁさん本当はお蚕やりたいんだって」
「ふうん」
「懐かしいなぁお蚕さん・・・」
 練馬インターで高速を降りた時、その話はそれきりになった。

 確かに喰うに困る事は無いかもしれないが退屈だ。リビングに飾られた古い写真には純白の白無垢に身を包む若い博子が笑っている。(絹・・・)
 有り余る時間と職業病の好奇心は、とにかく絹が出来る所を見てみたいと家を飛び出した。ネットで調べた住所は碓氷峠にほど近い山の中、カーナビが「この近くです」と曖昧に案内した。
「すいません、見学させていただきたいのですが」

「まず繭玉集めてそれを高温で乾燥させて保管して・・・選別して今度は煮ます」
 あの繭の匂いが蚕を連想させて少し気が滅入りそうだ。
「そしてあっちの機械でね・・・あぁやって糸になるのです」
 繭玉から透明の輝きが引き延ばされ回転し純白の糸が手繰られて、沢山の糸巻きに巻き取られていく。
(純白とはこの色か)

「博ちゃんの旦那さんですよね」
 突然案内を止めて笑顔を向けた顔に微かな見覚えはあったが
「こないだオヤジさんの葬式でも会いましたし私、結婚式にも出席してるんですよ」
「えっそれは失礼を」
「博ちゃんのオヤジさんにはお世話になりっぱなしでね・・・」
 この場で義父の日常を聞かされるとは思ってもみなかったが、それは絹糸に関わる者達から尊敬を集めた人生だったらしい。
「あの絹の白無垢、あの為に親父さん裏山一つ売ったんですよ」
 初耳だった。
「あのぅ養蚕ってのは、例えば私なんかが今からでも出来るんでしょうかね?」
「普通無理だけど博ちゃんの家でやんなら、富さんも居るし出来んじゃ・・・でも儲かりはしねぇっすよ」
「はぁ」

(『富さんも居るし』か、そうだよなぁ)
 スクープと云う情報の為に夜討朝駆けで騙し合いの駆け引きをし、世に真実を伝えると云えば聞こえはいいが、結局は何の生産性も無く残る物も売る物も無い自分が小さく見えた。

「博子、養蚕、やってみようと思うんだけど」
「えっ」
(あの黒く煤けた様な階段を絹の階段にしてみたいんだ)
キザな台詞を思いついたがキッチンから顔を出した妻には言えずに笑った。
(後は俺が、からっ風に堪えられるかどうかだな)


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