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堀田実さん

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ファンタジック戦国おじいちゃん

15/02/16 コンテスト(テーマ):第七十六回 時空モノガタリ文学賞 【 戦国武将 】 コメント:0件 堀田実 閲覧数:1238

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「わしゃあ戦国武将じゃった……」
介護用ベッドに寝そべるおじいちゃんが水平から30度起こした状態でポツリと呟いた。僕は傍らでそれを聞いていて、しばらくその意味を模索した。
「長い戦いじゃった……わしゃあ人を殺したんじゃ……」
きっと夢を見ているのだろう。そう思いおじいちゃんの顔を眺めると目はパッチリと見開かれている。まるで虚空を見つめるように眼の焦点は顔から1メートルのところで結ばれ、その先には空想の世界が広がっているようだった。
 どうしてしまったんだろう。僕はあれこれと考える。痴呆がはじまったのは今にはじまったことではない。もう3年以上も前からその兆候は出始め、トイレの水を流さなくなり、風呂の脱衣室で何度もパンツを脱いでは履くことを繰り返し、終いには数日の間行方不明になったこともあった。
「君竹には申し訳ないことをした。あいつは根はいい奴だったんじゃ……」
 どうやら起きたまま眠りについているらしい。その可能性について考えてみる。白昼夢。目覚めている時に見る非現実的な体験。おじいちゃんはこのベッドにいながら魂は戦国時代に飛んでしまったんだろうか。彼の顔から1メートルの地点に結ばれた見えない点が、どこか別の世界へ繋げる入り口になっているんだろうか。
 僕はそっと手を振り上げ確認する。しかしそこには何もない。ついでに手を振りおじいちゃんの様子を確認してみるもまったく反応がない。どうやらすっかり没入してしまっているようだ。
「せめて墓を作り弔ってやるべきじゃった。そうであればすぐに成仏したじゃろうに……」
 本当にどうしてしまったんだろう。さっきまで何度もみかんの皮を剥くことをせがんでは、剥いた実ではなく皮から溢れる渋汁をすすろうとしていたばかりなのに、数十秒前とはすっかり別人になってしまったようだった。
『もしかしたら』
僕は思った。顔から1メートルの虚空から戦国武将の魂がパッと突然現われ、ゆらゆらと飛来して、おじいちゃんの身体に飛び込んだんじゃないだろうか。
『だとしたら』
僕は介護用ベッドのリモコンを押す。30度に傾いていたベッドは徐々に徐々に下がっていき、終いには水平になった。
「おじいちゃん。魂はたまにお腹から入ってきてはイタズラをするらしいよ。だから戦国武将の魂を出さなくちゃ」
「……」
おじいちゃんは何も答えなかった。まるで時間が止まってしまったかのように瞬きもせず、ピクリとも動かない。もしかするともうお終いかもしれない。おじいちゃんの身体はすっかり戦国武将の魂に支配されて、すでに元の魂はなくなってしまっている。タンスの中の冬服を夏服に入れ替えるように、魂はもう入れ替わってしまったんだ。僕はそう諦めかけていた。
「どうやってじゃ」ふと耳のそばで声がする「どうやってじゃ」
 それはおじいちゃんの声だった。再び顔を覗き込むと眼は光が宿ったように活き活きとしていて、さっきまでの死魚のような眼が嘘のようだった。
 僕は考えをめぐらす。頭の中は回転を速めプスプスと音が出るぐらいにフルパワーを出して考える。僕には別の魂が入ってきた経験なんてなかったからだ。ふと一瞬のきらめきが過ぎる。シナプスは即口腔を支配し舌先を動かした。
「うんちをする要領でいいんだよ。お腹から踏ん張れば大腸がきゅっと締め付けられてゆっくり進んでいくだろう? そうやって別の魂も入ってきた場所から排出されるんだ」
おじいちゃんは納得したかのように声を漏らす。しばらくすると呻りはじめ、本当に踏ん張っているようだった。
「おじいちゃん、いいよ、その調子だ。物事は順調に進んでいて、僕らの間をさえぎるものは何もない。あとはそのまま頑張り続けることだよ」
 おじいちゃんはいきみ続ける。次第におじいちゃんの顔の血管は浮き上がりはじめ、コメカミの部分がまるでミミズのようにピクピクと動いている。僕はおじいちゃんの頑張りを励ますために皺がれた手を握り続けるが、ふと、こうしていきんでいるなら別の魂はもういないんじゃないかとも思った。

 夕日が照りつけている。美しい夕暮れだった。太陽から僕ら二人の間までには宇宙が横たわっていたり、宇宙ゴミがあったり、地球の空気が横たわっていたり、到着するまでには膨大な距離があったはずなのに、それでも夕日は僕ら二人を照らしてくれている。それが何より嬉しかった。
 それでも僕は何も言わない。僕はおじいちゃんの手を握り、おじいちゃんは呻り声をあげ、血管をピクピクさせながらいきみつづけている。この赤い赤い太陽光の中で、137億光年にも及ぶ宇宙の一点に僕ら二人は存在している。それだけで素晴らしいじゃないか。君竹が誰なのかずっと疑問は残るにしても。
 しばらくするとおじいちゃんは静かになっていた。どうやらすっかり深い深い眠りについたようだった。


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