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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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渋谷ボール

15/02/09 コンテスト(テーマ):第七十七回 時空モノガタリ文学賞 【 渋谷 】 コメント:6件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1472

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 以前つとめていた道玄坂にあるデザインスタジオに、あいさつがわりにたちよったその足で私は、坂下にあるショットバーをめざした。
『夜鳥』という名のそのショッバーは、こまかいデザインの作業できりきりになった頭をいやす目的で、仕事帰りにひとりでよくたちよった店だった。
『夜鳥』はビルの地下一階にあり、店内のおちついた上品な雰囲気をこのんでくる客も多かった。
 オーナーが大の文学好きで、『夜鳥』という店名もチリの作家ドノソの『夜のみだらな鳥』からつけたという。
 私が『渋谷ボール』となづけられたカクテルをのんだのも、この店でだった。店のバーテンダーのオリジナルで、いちどどうですかとすすめられたのだった。カクテル名の『渋谷ボール』も気になった。
 名前はわすれたがそのバーテンダーというのがまた、みるからに哲学者のような風貌をしていて、その頭にはいつも崇高な思想がいっぱいつまっているのではと、ひそかに私はおもったりした。
 酒に関する造詣も深く、私などきいたこともないような世界中の名酒を知っていて、その味わいや飲み心地をよく客たちに語っていたのをおもいだす。
 はじめて『渋谷ボール』をのんだときの感触を、私はいまでもあざやかにおぼえている。
 舌のおくまできゅーっと迫ってくるさわやかな刺激が、ストレートボールのようにダイレクトに私の喉をみまった。
 バーテンダーの心意気がそのままずばりカクテルされているようで、けれんみがなく、得もいえない気品がただよって、なにより余計なものをいっさいはぎとった一本気な風味に、私はたちまち魅了された。
 後味のよさでも、他の酒をはるかに凌いでいて、私はこれをのみおえた後、雨の道玄坂を傘もささずにあるいた心地よい記憶がある。当時は、仕事も恋愛もなんでも直球勝負が私の生き方だった。
『夜鳥』はいまも健在だった。
 みじかい地下への階段をおりるとすぐ、デザイン化されたフクロウのえがかれた扉があらわれた。
 店にはいると、うれしいことに、カウンターのむこうにあの哲学者的風貌のバーテンダーの姿がみつかった。
「いらっしゃい。おひさしぶりです」
「きみの顔をみて、ほっとしたよ」
「それはまた、どうして?」
「もちろん、『渋谷ボール』がのめるからさ」
「そういっておみえになるお客さんが最近、ふえました」
「そうだろう。みんなあの、直球ボールをもとめるんだ。いますぐ、のみたいな」
 一瞬の間をおいて、彼はいった。
「いまあれはね、スペシャルドリンクになっています」
「というと?」
「値がはるんです」
 その値をきくと、じつに当時の十倍になっていた。しかしそれを知っても、私の飲みたい気持ちにかわりはなかった。
「つくってもらえるかな」
「わかりました」
 私はカウンターの椅子に腰をおろし、『渋谷ボール』をつくりはじめたバーテンダーのしぐさにみいった。
 まずベースつくりにシェーカーに数種の酒をいれたあと、色づけにミモザとミドリを使用し、ソーダをはじめとする割りものをそそいだものを、彼はシェークしはじめた。以前どおりのそつのない、洗練されたそのお手並みに、私は目をうばわれた。
 が、しばらくみているとそれが、どうも以前とどこかちがうような気がしてきた。
 カクテル作りの工程もレシピもたぶん変わりはないとおもうが、なんというか、いまみる彼には他人の視線を意識した、てらいのようなものがうかがえた。『渋谷ボール』が評判をよび、人気もあつまり、スペシャルカクテルにレベルアップしたとのこと。彼の意識が変化するのもむりないとおもうが、自己に陶酔しているかのようなうっとりした表情でシェーカーをふりつづけるバーテンダーの様子には、そのうち鼻持ちならないものを私はおぼえだした。
 それでも、味さえ変わりなければ、それも我慢できると私は辛抱しながら、『渋谷ボール』の完成をまった。
「おまちどおさま」
 薄緑色の液体のはいったグラスが、私の前にさしだされた。見た目はまさに、私の焦がれたカクテルそのものだった。
 私は、なにも考えることなく、カクテルに口をつけた。
「いかがですか、ひさしぶりののみごこちは?」
 ゆるぎない自信をその口調にこめながら、バーテンダーはたずねた。
「うん。うまい」
 私はそれだけいうと、だまって金を払ってたちあがった。相手はもうすこし感想を期待した様子だったが、さっさと立ち去る私をみて、意味不明の苦笑をうかべた。
 私は店からでて、あるきはじめた。
 口のなかにはまだ、中途半端なあとあじがまつわりついていた。直球だとおもってのんだら、角度のあまい変化球だったとは………。
 道玄坂をとおって渋谷駅まであるいたわたしは、駅周辺の雑踏をみまわしながら、渋谷の街もかわったなとひとしれずつぶやいていた。

 





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このストーリーに関するコメント

15/02/14 芝原駒

拝読しました。
飲んでみたい、と素直に思わされる作品でした。変わったのは味なのか、街なのか、もしかしたら直球勝負な生き方を過去のものとして語る主人公自身なのか。
とても面白かったです。またの機会に別の作品が読めることを楽しみにしております。

15/02/15 W・アーム・スープレックス

芝原駒さん、コメントありがとうございました。

カクテルの呼び名は、『鶏の尻尾』からきているとききましたが、あのカラフルな色合いといいネーミングといい、これほど物語を想起させる酒はほかにはないようにおもいます。この作品も、一杯のカクテルから生まれました。

15/02/22 草愛やし美

W・アーム・スープレックスさん、拝読しました。

渋谷ボールはボーリング場でなく、ハイボールのほうでしたか。苦笑

どんなカクテルなのだろうと、凄く興味惹かれました。カクテルは苦手なのですが、これほどのものなら飲みたいですね。でも、変わってしまったとは……、残念ですね。価格が上げれば、通常は以前よりよくなるものですが、直球狙いだった素直さを失ってしまったということになるのかもですね。
渋谷でこの話が書けるのはW・アーム・スープレックスさんらしいかなと思いました。

15/02/22 W・アーム・スープレックス

草藍さん、こんにちは。

カクテルを作るバーテンダーの様子には、おもわず見惚れるような、粋なものを感じてしまいます。私の知っている渋谷というのも、どこか小粋な雰囲気がただよっていました。それらをカクテルするとこの作品ができました。ラストのモノローグは、実感でもあります。
コメントありがとうございました。風邪など召されぬよう、お気をつけください。

15/03/11 光石七

拝読しました。
実在のバーをモデルに書かれたフィクションでしょうか。店の雰囲気やバーテンダーの様子、カクテルの描写など非常にリアルでした。
多分、私も上京したら主人公と同じく「変わったな」と呟くと思います(以前東京で働いてました)。
人も街もどんどん変わっていく渋谷の雰囲気が伝わってくるお話でした。


15/03/11 W・アーム・スープレックス

夜の道玄坂を歩いた記憶だけはありますが、このようなバーがあったら、いちどふらりとたちよってみたい気持ちはあります。
渋谷ボールのようなカクテルもあれば、カウンターでグラスを傾けながら、まだ渋谷が渋谷だったころの時代をふりかえるのもわるくはないと思います。
光石七さん、コメントありがとうございました。

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