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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

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モーツァルトの耳

15/02/07 コンテスト(テーマ):第七十五回 時空モノガタリ文学賞 【クラシック音楽 】 コメント:10件 そらの珊瑚 閲覧数:2928

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 トーストの上でバターは溶け、淹れたてのインスタントコーヒーにハムエッグ。もう既に、大小二人分の弁当が出来ている。代わり映えしない、朝の風景。

 小学生の頃から、俺を真似して料理するのが好きだった娘は、ますます手際が良くなり、中学生になった今では、料理は娘担当になった。今は料理が好きというより、必要だからとやっているのだろうと思うが。
 親の欲目を引いても、味はまあまあイケる。それは彼女が身に付けた、人様に誇れる生きていくためのスキルなのだ。けれど母親がいる家庭では、その役割はたいてい母親がやるのだろうと思うと、少しばかり不憫だなあと感じる。

 そして、BGMはモーツァルト。
 それは娘が生まれる前から続く、いつもの光景だ。
 ◇
「あなた、見て。今日、病院の診察の時に、もらったの。赤ちゃんの耳だって、それ。もう聴覚もあって、音を聴いているんだって。だからね、帰りにこのCD買っちゃった」
 妻が差し出したのは、超音波で撮ったという私たちの胎児の写真と、『胎教にオススメ、モーツァルトのピアノソナタ集』というタイトルが付いたCD。
「へえ、すごいなあ」
 それから俺は、おはようも、ただいまも、妻のみゆきだけでなく、お腹の中の赤ん坊に向かっても言うようになった。
 そんな俺を妻は、いいパパでちゅね、と、やっぱりお腹に向かって話しかけていたっけ。
 ◇ 
 みゆき、俺はいいパパになれたんだろうか?
 ◇
「この間の学校の個人懇談で、先生が褒めてたぞ。娘さん、ピアノが上手ですねって」
 娘はピアノを習っているわけでもないのに、モーツァルトが弾けるのだという。親なのに、そんなこと今まで知らなくて、驚いたのなんの。
 うちにはピアノはなかったが、友達の家のピアノで小学校の頃からもう何年も弾かせてもらっていたらしい。
「けど、モーツァルトだけだよ、あたしが弾けんの」
「だけ、ってモーツァルトが弾けるって、すごいことじゃないか」
 もしかしたら、おまえ、天才じゃないのか? と半分おちゃらけて、でも半分は本気で言う。
「ナイ、ナイ。もー親バカなんだから」
 ピアノ習いたいのなら習わせてやるぞ、とか、どうせならピアノ買うか? と畳み込むように言ってみたが、いーよ、そんなの、と首を振る。
「あたしには、あれで充分」
 出窓に置いた古いCDラジカセを指差す。妻が、バーゲンで安かったからと買ってきたものだ。ちゃんとしたオーディオ買えばいいのにと言ったら
「いーの、これで充分」
 満足そうにそう言った妻の姿と、娘の今が重なる。二人とも質素を好む性格といおうか。実ところ、安サラリーのこちらの懐具合を思いやる優しい性格なのだろう。
 娘が大きくなるたびに、妻との日々は遠くなるはずなのに、時々こんな風によみがえってきて、切なく愛おしく思うのだ。

 けれど、二重まぶたで大きく愛らしかった妻の瞳は、残念かな、娘には遺伝しなかったらしい。笑うと娘の一重の目は、糸みたいに細くなって、おまけに目尻が垂れ下がる。
「ねえ、父さん、知ってる? モーツァルトの左耳って、ものすごく変な耳だったらしいよ。息子にもその耳は遺伝したんだって」
「へえ、そうなんだ。知らなかった」
 遺伝……それは両親から子へと受け継がれていくもの。モーツァルトの息子は、その変な耳が父親と一緒で、嬉しかったのだろうか、それとも悲しかったのだろうか。
「おまえの目は父さんにそっくりだなぁ」
「なに、急に。変な父さん。だって親子なんだから仕方ないでしょ。まあ、アイドルには成れないけどさ、友達には癒しの目って言われてンだよ」
「ハハ、ものはいいようだなあ」
「そういえば、あたし、あんまし母さんには似てないよね」
 仏壇の前に置かれた妻の写真は、微笑んだまま時間が止まっているが、俺と娘の時間は止まることなく今日まで進んできた。そしてもうしばらくは一緒に。その先は、ひとりで刻まなければならないだろうことを想像すると、ちょっとさみしくもある。
 その時、代わり映えしない今日の食卓を、他愛のないこんな会話を、再び俺は、切なく愛おしく思い出すのだろうか。

「でもな、不思議なことに、おまえの中に時々母さんを見つけることが……」
「あっいけねェ、バス乗り遅れちまう! じゃ、後片付けヨロシク」
 どうやら胎教とやらには、美しい言葉遣いまでは教えてくれないようだ。
 バタバタと出かけていく娘の後ろ姿を見送りながら、俺はシャツの袖をめくり、台所にに立った。
 娘のピンクのマグカップを洗いながら、ふと思い当たる。妻のうすい耳たぶは、ちゃんと娘に受け継がれていたじゃないか! って。
 
 
 
 


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このストーリーに関するコメント

15/02/08 レイチェル・ハジェンズ

娘と俺の日常が自然と気に入りました。
優しい文の入り方が好印象でした。

最後の娘の耳をナレーターする部分は、
タイトルに流された感じがありますね。
娘さんの髪を昔ゆんでいて気付いた、イヤリングをしている姿を見て気付いた、くらいの触りはあった方が良かったですね;

15/02/08 鮎風 遊

父と娘、そこにいつまでも妻がいる。
そして娘には妻の面影が。
うすい耳たぶで、充分嬉しい気分が伝わってきました。

こんな時の流れを愛おしく感じさせてくれました。

15/02/10 たま

珊瑚さま、拝読しました。

いいですね、あったまります。
音感のいいひとは、耳で覚えます。譜面を見なくても演奏できるのです。娘はお母さんのお腹の中で覚えたのでしょうね。
この子はきっといいお母さんになれると思います。
男が読んで癒される作品でしたね^^

15/02/11 泡沫恋歌

そらの珊瑚 様、拝読しました。

いい話ですね。
この父娘の日常がお互いを労わり会う優しさに溢れていて美しいです。

お母さんが娘が幾つくらいの時に亡くなったのか、少し気になりますが、耳だけではなく
父親を愛する気持ちもきっと遺伝したのだと思いますね。

少し切なく、ほのぼのする話でした。

15/02/12 光石七

拝読しました。
何気ない日常の光景のようでいて、ちょっぴり切なさもあり、でも全体に優しく温かな空気が漂っていて、読後若干目が潤みつつも自然と笑顔になれる。
素敵なお話をありがとうございます。

15/02/14 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。

とても温かいお話ですね、読後感がいいです。父と娘、目に見えない母との繋がりはそんなところにあったのですね、オチで納得。タイトルが斬新で、何だろうと興味惹かれました。珊瑚さんはタイトルの付け方がいつもうまいですねえ。

お腹のなかからの不思議なえにしの橋をかけているのがモーツアルトって、ほんと素敵。この家族は亡くなってこの世にはいないお母さんとこの世で生きている父娘が、三人しっかり結ばれていると思います。一緒に住んでいるだけで心がバラバラって家族希薄な時代にあってこういう家族がいることはほんと心洗われる思いになります、素敵なお話、良作だと思います。

15/02/15 そらの珊瑚

>志水孝敏さん、ありがとうございます。
大切な人の早すぎる死というものはどうしたって悲しいのだと思いますが
残された人には日常があって、こどもであったら成長があって、そのあたりの前向きなかんじを描いてみたかったのです。

>レイチェル・ハジェンズさん、ありがとうございます。
ご指摘いただいたあたり、私自身もどうかなあと思っていたところでありまして、
ご意見大変有難かったです。

>鮎風游さん、ありがとうございます。
実は私もおのすごくうすい耳たぶでして、それはしっかり娘に遺伝してしあったようです。
おそらく二人ともお金持ちにはなれそうもありません。(笑い)

>たまさん、ありがとうございます。
子供って案外耳がよいので、譜面なんか読めなくても手探りで
好きなメロディを弾いていたりします。
こんなお父さんに育てられたら、きっと娘も愛のある家庭をきずいていけそうですね!

> 泡沫恋歌さん、ありがとうございます。
小学校の頃から父の真似して料理していたという部分から、この女の子が幼い頃に母親は亡くなったと想像していただけたら幸いです。
その部分は最初書いていたのですが、なんどか直しているうち、削除してました(笑い)
肉体的なことも、精神的なことも親子は似るのかもしれませんね。

>光石七さん、ありがとうございます。
ありがちなお話かなと思いますが、笑顔になっていただけたらとても嬉しいです。

>草藍さん、ありがとうございます。
いえいえ、タイトル、いつも平凡なものしか思いつかず、
四苦八苦しておりますが、この作品に関しては、最初から決めてました。
一緒にいても心がばらばらなほど、悲しいことはありませんね。
いなくても、心がつながっていれば幸せなのかもしれません。

15/04/22 そらの珊瑚

OHIMEさん、ありがとうございます。(返信大変遅くなり、ごめんなさい)

時代をまたいで現代にまで受け継がれてきたクラッシック音楽って
普遍な理由みたいなのがあるのかなあって思います。
取り巻く環境は変わっても、人の心はそんなに変わらない、そんな気がします。
モーツァルトは自身の耳の形にコンプレックスを持っていたという説があるようですが、
もしかしたらその変わった形状こそ、天才に通じるものがあったと考えたら
面白いですね。」

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