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11doorsさん

のんびりした田舎に引っ越してきました。温かな人たちとのゆったりした会話や日常は、ほんとうに宝物です。そんななか、小説という異質な空間の中で、読む人に、ちょっとでも喜んでもらえる作品が一つでもかけたなら、幸いに思います。

性別 男性
将来の夢 世界旅行
座右の銘 A piece of cake.

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家系によみがえる歴史

15/02/07 コンテスト(テーマ):第四十九回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 11doors 閲覧数:1804

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一、雨の日の誘い


かつて大手の銀行に勤務していた松浦憲治は、出向を自ら希望して、地方の工場へと赴いた。そこは不況のあおりを受け、主力の機械が売れず、たとえ出向といえど、銀行側の誰もが行きたがらない、そんな会社を彼は自ら希望した。当時、銀行の支店長だった谷本良平は、安定して好調な実績を出す彼を手放したくなかった。実は、出向を希望した松浦自身、なぜ自分から出向を希望するのか、よくわからなかった。

それから、5年…。

松浦が出向した会社は、借金を完済し、かつて不良上がりの荒れた若者たちが、生まれ変わったようにハツラツと働いている。何より、彼らからのユニークなアイデアが効を奏して、よみがえっていた。海外からの受注もひっきりなしだ。だが、工場長以下、幹部たちは、従業員の負担になるような、ムリな生産体制を敷くつもりは一切ない。それらは、松浦が出向した5年間の実りだと、誰もが実感している。

ある雨の降る土曜日の夜、そんな松浦に、かつての上司である谷本が電話をかけてきた。自分の実家で『お宝』が見つかったので、ぜひ見にきてほしいという。


「谷本支店長、私は骨董品の趣味はありませんし、関心もないんです。囲碁でよかったら、おつき合いしますが…」

「いや、古いのは古いものなんだが、骨董品じゃないんだ。家系にかかわるものでね、まあ、いいか。じゃあ、君の言うように囲碁をやろう。私の腕前は君も知っているだろう?」

「はい、承知しております。支店長とは、一勝一敗のままですので、いつかケリをつけねばと思っておりました。相手にとって不足なし、と思っております」

「なかなか言うじゃないか、君」
「はい、5年間、こちらで揉まれましたので…」


谷本は、松浦の“5年”という言葉に、胸が詰まる思いがした。その生きざまは、銀行の応接室で、出向先の工場長が、大粒の涙を流しながら吐露する姿に集約されていた。松浦の妻が倒れて救急車で運ばれ、転校した息子がいじめに遭い、自殺未遂で、同じく病院に搬送された。また、会社では若い従業員たちが鉄パイプを持って暴れ、給料日前、経理の女性が集金のお金を盗んで逃げるなど、信じがたい事態が、松浦の生活の公私に繰り広げられていた。



二、お宝


翌日曜日は、朝から雨だった。

松浦は、妻光子の運転する軽自動車に乗り、隣町にある谷本の実家に送ってもらう。彼は親戚から贈られた地酒を、谷本と楽しもうと考えた。

谷本の家は、古いが広い庭をもつ風情のある家だ。約束した10時頃、門の前で傘をさして、谷本が奥さんと一緒に出迎えれてくれていた。ちょっとだけでも、谷本家のお宝を、松浦夫人にも見てほしいという、たって希望で、みんなで奥の部屋に向かう。すると、そこには少し大きな木箱が置かれ、中には古い書類が詰まっている。

部屋の真ん中にある大きなお膳には、模造紙が広げられ、ボールペンで名前や日付などの書き込みがあり、それぞれの人の名前が、定規であてられた線で結ばれていた。松浦の妻光子は、その模造紙を一目見て、家系図の下書きであることに気づく。おそらく、古い木箱にある書類は、戸籍謄本や除籍謄本などの類だろう。彼女は、谷本に許しを得て、木箱の書類を手にする。


「これは、かなり古い代まで、さかのぼっての除籍謄本ですわね。きっと江戸時代の半ばくらいまで、軽く調べられますわよ」

「支店長、お宝って、これだったんですか?」
「うん、ウチのおじいさんが集めたものじゃないかな」
「金銀財宝とか、大判小判とか、そんなものかと…」
「いやいや、ウチは代々農家でそんなものはないと思うぞ」


谷本の照れ笑いに、ほかの3人もつられて笑う。その谷本はお膳の上の模造紙を手にして、松浦夫妻にみせる。


「実は、まだ始めて2週間なんだが、これを見てくれ」
「あっ、あなた見て! 谷本さんの父方の上の母方」
「えっ、松浦家じゃないですか」
「それに、あなた、奥様の母方の上の母方も…」
「上松家? 上松って、おまえの実家と同じじゃないか」


そんな二人のやり取りに、谷本夫妻も驚く。

谷本は自分の家系に“松浦”の名前があるのを、彼らに見せて、驚かせたかった。だが、まさか彼の奥さんの実家の名前まであるとは思いもよらなかった。

谷本が除籍謄本を一枚一枚みていると、小さなころに祖父母から聞いた話や、法事で親戚たちが話していたことが思い出され、それを奥さんに話すと、さらに話に花が咲いて、それから先になかなか進まなくなる。それは、女性が古いアルバムを整理しようとしたら、なつかさしさのあまり、それだけで何時間もかかってしまうことに似ていた。

それを聞いた光子は、谷本に、ぜひ家系図の下書きづくりを、自分に任せてほしいと申し出た。


「そりゃあ、ありがたいですけど、奥さん、本当にいいんですか?」

「ええ、かまいません。このまま除籍謄本や模造紙を、私の車に積んで帰らせていただいていいですか? そうですね、やっぱり何週間か、かかるかも知れませんが…」

「そんなことは構いません。正直、老眼が進んだのか、夫婦そろって、書類の文字が読みづらくて困ってました。いやあ、こちらこそ助かります」


そうと決まれば、光子の行動は早かった。さっそく荷物をまとめて車に積み、午前中に料理教室が開かれる公民館に向かって行った。残された松浦と谷本は、これ幸いにと、囲碁の用意をする。谷本夫人は、今日こそ、ケリをつけるぞ、という勢いの二人を見ながら、満足気な顔でお茶の準備をはじめた。



三、除籍謄本


お昼すぎ、良太は目がさめて台所に向かう。冷蔵庫や食品庫を物色し、最終的に冷凍庫の中から、チャーハンを選んで電子レンジで温めることにした。午後、友達を誘って野球でもしようかと思ったが、窓に打ちつける雨に気づいて、テレビ・ゲームがいいかなと、ぼんやり考えた。彼の母光子は、彼がチャーハンを食べ終わる頃に帰ってきた。それまで穏やかかだった家のなかの雰囲気は、彼女の帰宅と共に、戦闘モードに入る。


「良太、悪いけど、午後お母さんの仕事手伝ってくれる?」

「うん、いいけど。終わったらテレビゲームしていい?」
「いいわよ、ついでに、夕食は良太の好きなものをつくってあげるから、楽しみにしててね」


良太はその言葉によろこびながらも、母が居間の大きなテーブルに広げる書類に首をかしげる。彼は戸籍謄本や除籍謄本など、生まれてはじめて見た。光子はそれらの中に書かれた人の名前や、日付、起こった出来事を大きな模造紙に書き込むの、と彼に説明する。良太は簡単にできると思って、謄本を手にしたが、早速、最初にみたページの漢数字に戸惑う。


「おかあさん、これ何って字?」
「ああ、そうか、良太は学校でこんな漢字、今、習わないわよね。それ11って読むのよ。物を拾うの『拾』と書いて“じゅう”と読むの。次の『壱』は“いち”と読むの。つまり、『明治拾壱年』は、『明治11年』ってわけね」

「じゃあ、これは?」
「ああ、これは昔の『2』よ。『弐』と書いて「に」と読むの」
「ああ、そう。あっ、これ分かる。『3』だ」
「そうよ。『参』と書いて『3』」


良太は、母と手分けしながら作業するなか、むずかしい漢字が出てくると、遠慮なく母に聞くのだが、だんだん要領が分かってくる。


「ねえ、おかあさん。『嘉永』って何って読むの?」
「ああ、それは江戸時代の年号の一つで、“かえい”って読むのよ」

「ええっ? 江戸時代って、江戸何年とか言わないの? だって平成や昭和って、平成2年とか昭和60年っていうじゃない。江戸時代だって、江戸56年とか、江戸101年とか言うんじゃないかって思ってたよ」

「あはは、そうよね。昭和や平成しか知らなかったら、そういう発想になっちゃうわよね。そうか、良太のおかげで、おかあさん、おもしろいことに気づかせてもらったわ」


良太は、先ほどの母の言葉に、内心驚いていた。

今、自分が手にしている戸籍が、まさか教科書に出てくる江戸時代の人たちのものだとは思いもよらなかったからだ。その事実が、何とも言えぬ感動となって、心に押し寄せてくる。


「ねえ、おかあさん。僕ん家のもあるの?」

「あるわよ。今はお母さんの実家の広島に置いてあるの。お父さんとお母さんが結婚するとき、お母さんのお父さんがね、『どこの馬の骨か分からん奴に、ワシの娘をやるわけにいかん』なんて言い出してね。そうしたら、お父さんのお父さん、つまり、良太のおじいさんがムキになってね。除籍謄本とか集めて、松浦家は立派な家系だと言い返したの」

「ふ〜ん、でも、そういうの取り寄せるのって簡単なの」
「うん、お役所に直接出かけて、手続きするのもいいんだけど、それだと何回も出かけていかなきゃならないし、遠くに行くのも大変だから、お母さんは郵便を使ったの」

「郵便で? それ、どうやって取るの?」

「お母さんは、お金の代わりに、少し多めの金額の郵便小為替と、返信用の封筒用の切手を同封して、家系にかかわる住所を管轄するお役所に送ったのよ。『さかのぼって取れるだけの除籍謄本をお願いします』と便箋に書いてね。ただし、取得できるのは“直系”の人だけなの。だから、あのときは、お父さんの名前でお願いしたの」

「ふうん、家系図をつくるのも、簡単じゃないんだね」

「たぶん、今は役所に行っても、3代前より以前のものを取り寄せるのは、なかなか難しいみたいだけど、ずっと前はね、すごく古い代までさかのぼって取れたのよ」

「へえ、そうなんだ。僕、広島のお家に遊びに行ったときに、それ見てみたいなあ」

「だいじょうぶよ。もう、静子姉さんに、こちちに送ってもらうようにお願いしたから。でも、まだ、こんなふうにキチンと紙に書いて整理してなかったの」

「ええっ、本当! 僕、それ来たら手伝うよ」


光子は良太のキラキラ輝く顔をみてうれしかった。同時に、もし憲治と結婚できなかったらどうしようかと心配した頃が、なつかしく思えた。


“この子も、来年は中学生…。月日が経つのは早いわ”



四、和暦を西暦に


夜8時ころ、光子は夫を迎えに、谷本家を訪れた。

囲碁の勝敗は、一勝一敗の引き分けに終わり、そのあと、二人は新潟産の地酒を飲み交わしていた。碁の勝負の一局目は、松浦が1目半で辛勝し、2戦目も憲治が前半優勢だった。ところが、終盤に谷本が絶妙な一手を打ち返し、結局、谷本が半目差で逆転勝利した。それが、酒の肴となって、彼らの話は終わらなかった。光子は、こんなに相性のいい二人の背後には、どんな家系的な縁があるのだろうかと、ほほえましい思いで、その姿を魅入った。

結局、家系図の下書きは、それから3週間ほどで、おおよそのカタチを整えた。その一番の功労者は学校から帰ってから、コツコツ模造紙に書き込んだ良太だ。実は、彼には、谷本家の除籍謄本が着てから一週間目の夜、はたと思い立ったことがあった。


「家系図の日付を、全部西暦に直してみたらどうだろう?」


彼はインターネットで、古い日本の年号が、西暦の何年にあたるのかを調べ、それを母親のパソコンの表計算ソフトに入力して印刷した。ためしに、それを江戸時代の、ある家族にあてはめてみた。


ある男性が23歳のとき、16歳の女性と結婚し、その後3人の子供を産んでいる。その子供たちは、上から2歳、1歳で亡くなり、最後に生まれた女の子が18歳で他家に嫁いでいる。

ただ、良太が気になったのは、その女の子の名前が『捨子』だったことだ。せっかく産まれた子供の名前に、なぜ、わざわざそんな名前を親はつけたのか? 捨ててもいい子と名付けられて、その娘もイヤだったはずだ。何てヒドイ親だろう。そんな思いがした。翌日、良太が家族そろった夕食の席で、その話をすると、彼の両親が、特に腹を立てるようすもないので、彼は少し拍子抜けした。


「良太、お父さんからの提案なんだが、よかったら、その年代のあたりことを、歴史の本とかで調べてみたらどうだろう? どんな事件が起こったのか? 何が起こったのか? その頃は、どんな社会情勢だったのか? それで自分なりに仮説を立ててみてほしいんだ。どうしてそのご両親が、そんな名前を我が子につけたのかって?」

「う〜ん…、わかった。やってみるよ、おとうさん」


良太は、自分の父親が、すぐに答えをくれない人だと分かっていた。でも、その道筋を示すヒントを、ちゃんと教えてくれる。そんな父親であることも分かっていた。



五、図書室


良太は、学校の昼休みの時間になると、さっそく図書室で江戸時代の本を探した。正直、あまり本を読むのは好きではなかったため、図書室に入るのは、年に何回かの掃除当番に当たったときだけだった。そんな良太を珍しく思い、図書担当の教師小出涼子が話しかける。


「何か探してるの? 松浦君」
「はい、ちょっと天保3年から、天保9年にかけての歴史を調べているんです。いったい何があったのかと思いまして…」

「えっ? 天保って、あの江戸時代の? どうしてまた…」


良太は、家系図の下書きをかいていることや、そこで疑問に思ったこと、父親から調べてみたらと言われことなど、おおまかに説明する。


「そうなの、松浦君、おもしろい研究してるのね。ふうん、あっ、これがその家族のことを書いたメモなのね。ちょっと見せてくれる?」


良太は、模造紙に書いた一部を、別の紙に写していた。


「ほんとうね、『捨子』なんて名付けられたらイヤよね。あらっ? その上の女の子と男の子、同じ年に亡くなっているわね。この子たちのお母さんは、そのとき20歳だったのね。さぞ辛かったでしょうね、可愛い娘と息子がいっぺんに亡くなっちゃうなんて…」


良太は涼子の言葉に、何か気づかされる思いがした。今まで自分は、同じ子供の立場で考えていたので、『捨子』と名付けた親はひどいと思ったのだが、果たしてそんな名前を自分の子供につけて喜ぶ親などいるのだろうか? そんな思いが、彼の心をよぎる。


「ねえ、松浦君。この本、そうじゃないかな?」
「あっ、これです。これですよ、小出先生」
「『天保の飢饉』は、天保3年から7年間も続いたのね」
「食べるものがなくなって、病気でもたくさんの人が死んだって書いてあります」

「西暦では1832年から1839年か、今から200年くらい前ね。まるで悪魔が突然やってきて、飢えと病気で、人間を皆殺しにしたみたいな感じよね」

「悪魔ですか?」

「うん、今みたいに医療や学問が進んでたわけじゃなかったから、当時の人たちにしてみれば、悪魔が襲ってきたと考えてもおかしくないと思うわ」

「じゃあ、もし『捨子』という名前を子供につけたら、悪魔が見逃してくれると思う親がいても、おかしくない?」

「そうね、ひょっとしたら、そんな親がいてもおかしくないかもしれないわね。その子を捨てたいからじゃなく、魔物から守ってあげたい一心だったのかもしれないわ」

「そういえば僕、東北には鬼のお面をかぶって、子供をおどかす行事があるって、聞いたことがあります」

「ああっ、なまはげね。私、実際に見たことがあるのよ。本当に怖いの。小さな子供に、あれは相当ショックよ」

「先生も経験者なんですか?」

「そうよ、ずっと泣いてたの。それにしても、その『捨子』さんがお嫁に行った後、彼女のご両親が亡くなっているのをみると、親も子も、生きるだけでも大変な時代を送っていたのが分かるわね」」


良太は、小出涼子との会話で、子供に『捨子』と名前づけた親の気持ちが、何となく分かる気がしてきた。そしてその夜、彼は夕食の席で、両親に学校で、自分が感じた世界を話した。江戸時代には、歴史的な大飢饉が3度もあり、何百万人もの人が亡くなったことを知って驚いたこと。同時に自分たちの先祖たちが、そんな苦難を乗り越えてくれたからこそ、自分に、現在に、生命がつながっていることに感動したと…。彼の両親は、そんな息子の言葉に、胸が熱くなる。



六、70年


その夜、良太は、いつも楽しみにして見るテレビ番組も見ず、パソコンに向かっていた。彼は家系図の下書きに書かれた日付と、その日付けに起こった出来事を、夢中になって表計算ソフトに入力していた。母光子は、自分が貸したノートパソコンで、息子が何をしているのかと、ちょっと興味がわいて、温かなココアを準備して彼の部屋に入る。


「良太、何をしてるの? ふ〜ん、誕生日、命日、結婚、分家、養子縁組、転籍日…。それを、それぞれ西暦に置き換えた年月日にして整理して入力しているんだあ。へ〜え、おもしろいわね。それで何が分かるの? 例の『捨子』さんみたい感じの家庭を他に探してるの?」

「ううん、特に何も考えてない。僕にもよく分からないけど、ちょっとヒラめいたんで、少しやってみようかなと思っただけなんだ」


光子は、微笑みながら、そんな良太の座る机の上に、ココアの入ったカップを置いて立ち去ろうとした。ちょっとした異変は、その次の瞬間起こった。良太がそのカップを取るとき、あやまって彼の肘のあたりがキーホードに当たってしまい、彼がマズいと思って手を動かしたら、その拍子に、めざまし時計がキーホードの上に落ちてしまった。

彼がパソコンの画面に再び目を向けると、そこにはそれ以前とは、まったく異なるデータが並んでいる。彼は最初、いったい何がどうなったのか、まったく理解できなかった。光子が、どうしたの? と振り返って、その画面をみると、先ほどのハプニングで、表計算ソフトの『並べ変え』の作業が偶然起こっただけだった。彼女は『編集』のメニューから、『元に戻す』をクリックすれば大丈夫よ、と良太にささやく。しかし、良太は、じっとその画面を見続けたままだ。


「どうしたの? 良太」
「ねえ、おかあさん、僕、おもしろいこと発見したかも」
「えっ?」
「ほら、ここらへんを見て!」
「ん? あら、年数はちがうけど、月と日が同じね」
「ねっ、この人たちの命日と誕生日って、同じでしょ」
「本当ね…、それも一人や二人じゃないわ」
「おかあさん、このソフトの並べ替えの仕方教えてくれない?」
「いいわよ。でも、学校の宿題もちゃんとやるのよ」


良太は痛いところをつかれたと思うが、それも今は苦にはならなかった。彼には、もっとおもしろそうな“何か”が、自分を待っているような予感がしたからだ。翌朝、良太は朝食の席に座るや否な、両親に、昨晩見つけた“新たな発見”を口にする。彼によれば、家系図の中にある先祖たちは、ある一定の年数を周期に、それぞれが対応しているというのだ。

たとえば、谷本家の家系図に登場する先祖たちを対象にしてみると、先祖の命日の月日と、同じ月日に生まれた人がいた場合、その間には、70年、40年、30年という、キッチリした年数が現れるという。

なかでも、一番多いのは70年の周期だ。

ほかにも数字にまつわる発見があり、ある代の3男が22歳で他界していたのだが、それからちょうど70年後、のちの代の3男が22歳で他界している。良太は、その一つ一つが単なる偶然とは、とても思えなかった。きっと、家系には何か目にみえない『法則』のようなものがあって、その原則がわかれば、自分たちが生まれてきた目的や意味も分かってくるのではないかという。

ブルーベリーのジャムを食パンに塗りながら、そんなことを小学6年の男の子が、早口でしゃべる。その少年は、ふと時計に目をやると、いそいでパンを食べ、ミルクをガブ飲みし、バッグを片手にもつと、あっという間に玄関から飛び出していった。


「あの子、だんだんあなたに似てきたわね」
「いや、僕じゃなく、君に似てきたような気もするけど…」
「うふふ、いいじゃない。二人の子なんだから」
「ちがいない。今から、あの子が大きくなるのが楽しみだよ」
「きっと、あなたと同じで、人のために生きるのが好きな大人になるわ」
「アハハ、それこそ君に似たんじゃないかな」



七、現代に再現される歴史


翌月の日曜日、松浦は妻光子と息子の良太と共に、谷本家にでかけた。完成した谷本家の家系の下書きは、模造紙5枚にも達し、途中で加筆されたり、修正ペンで直された後があちらこちらに見える。それを見た谷本夫妻は、笑顔ながら涙が止まらなかった。おそらく、それは自分たちの涙ではなく、家系にかかわる先祖たちの感謝の涙なのではないかと、谷本夫妻は感じた。

ところで、家系図に関する話はこれで終わらなかった。良太のみつけた『70年周期』の話や家系にまつわる話に、松浦が出向している先の工場の所長以下、若い従業員までもが興味を持ったのだ。

彼らは自分で戸籍謄本や除籍謄本を取り寄せ、家系図をつくり、なおかつ、祖父母や親戚のお年寄りたちなどにも、むかしの話を聞き、自分たちの家系にまつわる情報を集めた。

谷本家で『お宝』が発見されてから約2年。全員、その谷本家に集まった。


同じ銀行で働いていた谷本と松浦の先祖は、江戸中期、ある藩で財政係を担当する同僚だった。彼らの先祖は、灌漑や水路建設のお金を調達するために尽力し、同時に現場の指揮にも当たっていた。現在、工場で働いている若者たちの先祖は、その頃、彼らの下で、人夫として働いていたらしい。工場長は、なぜ若者たちが、松浦の言うことには素直に耳を傾けるのか、その理由が分かったと笑う。

一方、工場長の先祖は、もとは大きな庄屋さんだった。しかし、江戸後期、相次ぐ飢饉の際、すべての財物を村のために拠出し、そのために没落した家系だった。また、松浦の先祖が、当時、その工場長の先祖の近くに住んでいたことが確認された。おそらく、松浦の先祖が、工場長のご先祖に、何かしら助けてもらっていたにちがいない。5年前、松浦は、なぜこの工場に、自分が出向しようとしたのか、自分でも理由が分からなかった。だが、先祖が助けられた恩を、子孫として恩返しにきたのだと分かって、納得がいった。

それから、工場長の先祖であるの庄屋の土地を借りて作物をつくっていた小作人の子孫が、現在、工場で働いている従業員の若者たちだということも確認がとれた。おそらく、若い従業員たちが、当初工場長に反発したのは、先祖である庄屋さんからの報酬の少なさに、彼らの先祖である小作人が怒っていたからかもしれない。

長い長い月日に渡り、何代にも積み重なった歴史的な出来事が、現在の自分たちの生活に、一つ一つ展開していることに、皆、驚きを隠せなかった。最後に松浦が、北海道で出会った行者に聞いた話を披露した。


「たとえ、電車の席に偶然座った人でさえ、遠い先祖の代で、何らかの縁がなければ、決して出会うことがないそうです。まして、結婚し、夫婦にまで成る縁とは、どれほど深く強いものかと思います。どうか皆さん、これからも人との『出会い』と『別れ』を大切にして生きていきましょう」




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