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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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芥(ごみ)

15/01/27 コンテスト(テーマ):第七十六回 時空モノガタリ文学賞 【 戦国武将 】 コメント:12件 クナリ 閲覧数:2098

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少年の頃、私は、両親と祖父母と共に暮らしていた。
小学校五年生の時、ユムラ君という友達が出来た。
近所を流れる浅い川の水が温む頃、彼は初めて私の家へ遊びに来た。
私の家の庭先には物置同然の蔵があり、その中に、古い兜があった。
見事な三日月を天頂に乗せたそれを私が被り、戦国武将ごっこをやった。
私にはその兜が、さしたる取り柄もない自分の唯一の自慢の種だったので、決してユムラ君に貸したりはしなかった。
私が武田信玄を名乗ると、ユムラ君は白いタオルを頭に巻いて、上杉謙信を模した。
チャンバラをするでもなく、せいぜい鬨の声を上げるくらいだったが、私達には最高の娯楽だった。
私達はお互いに、他に友達がいなかった。ユムラ君は駆けっこを禁止されるほど体が弱かったし、私は酷い運動音痴で、誰の仲間にも入れてもらえなかった。
ユムラ君の存在が有難かった。
しかし卑賤なことに、私は彼しか友達がいないことに、幼い屈辱も感じていた。

ある日、ユムラ君が私の家の庭で、ミミズを見つけた。
彼が体の一か所を指で押さえると、どうした習性か、ミミズは円形にくるりと丸まった。
私もやってみたが、上手くいかない。それでも日が暮れる頃には、どうにか歪な円をミミズに描かせることに成功した。
私達は手を叩き合って喜んだ。
翌日、私達が武将ごっこをやっていると、家の外を同級生が三人連れで歩いていた。
野球のメンバーが、一人足りないと言う。
ユムラ君は野球など出来ないので、彼らは私を誘って来た。
私は、激しく誘惑された。
それは私がマジョリティ側に行ける、奇跡的なチャンスに思えた。
ユムラ君は頭のタオルを外し、行って来なよ、と私に目配せした。
私は卑しくも、目の前に、明るい新天地が開けたように感じた。
私は兜を脱ぎ、ごめんね、これ被ってもいいよ、とユムラ君の手に押しつけて同級生達の方へ駆け出した。
渡し方が乱暴だったせいだろう、兜はユムラ君の手からこぼれて、地面に落ちた。
それに気付きはしたが、がつんという衝突音が鳴る頃には、私はユムラ君にも兜にも背を向けていた。
そうまでして参加した初めての野球は、私のエラーで負けた。
三人と共に帰る道すがら、私は彼らの恨みがましい視線を受けながら、ふと河原の道端にミミズを発見した。
少しでも彼らを楽しませようと、私は習得し立てのミミズの輪を披露した。
しかし彼らはそんな私を蔑むような目で睨み、夕陽の果てへ消えて行った。
すっかり弱ったミミズが、私の足元でただ、くたびれていたのを覚えている。

ユムラ君はそれから、体調の悪化を理由に、遊びに来なくなった。
野球の日から数日後、蔵に入ってみると、あの日彼に押し付けたきりだった兜が、片隅に行儀よく置かれていた。
落としたせいか、三日月の一部が折れており、セロファンテープで慎重に補修した跡があった。
それ以来、私がその兜をかぶることはなかった。

高校二年の夏、下校して最寄り駅で降りた私の目の前に、小学校時代の学級委員が立っていた。
彼は私の顔を見るなり、ユムラ君死んだから、と言って今日が通夜だと伝えて来た。
私が動転しながら、なぜ、と訊くと、彼は面倒くさそうに答えた。
ユムラ君は河原を走っていて転倒し、脳挫傷でそのまま亡くなったということだった。
相変わらず体は弱かったらしい彼がなぜ走っていたのか、それを確かめる手段も資格も、私にはもう無かった。

通夜には、出なかった。
そのせいか、彼の死に、現実感が無かった。
次第に、ユムラ君という人は友達のいない私の、妄想の産物ではないかと思えて来た。
宵の口を過ぎる頃、庭を見ると、久しく閉じたままの蔵が、夜の中でもやけに黒々と目についた。
蔵の扉を開けると、あの兜が、あの日と同じ場所にまだ置かれていた。
かげろうの翅のように脆くなったテープが、今も折れた三日月を支えていた。
目を凝らすと、テープと三日月にうっすらと、いくつもの指紋が見える。
今はもういない。
でも彼は、ここにいた。
途端に、涙が溢れた。
もう、この兜で私を武田信玄にしてくれる、上杉謙信はいなかった。
汚らしい蔵と狭い庭先で遊んでくれる、優しい友達もいなかった。
宝物だった兜は、役にも立たぬ芥に変わっていた。
他ならぬ、この、私の手で。

もう、五十年以上も前の話である。
近頃は、彼の顔も思い出せない。
しかし毎年、浅い川の水が温む頃に河端を歩くと、時折あの、兜が地面を叩いた音が耳に蘇る。
当時は気にも留めなかったあの音だけが、年毎に一層、鮮やかに。
その度に、私は今なら、振り返る。
兜と友を放り出し、あのミミズのようにくたびれて、夕暮れの中を一人ぼっちでとぼとぼと帰った。
あの日と同じ河原の脇で、春の昼日中。
私は日々積み重なって行く、彼のいない季節を、ただ、ただ、振り返るのだ。


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このストーリーに関するコメント

15/01/28 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

淡々と語られる口調に深い想いがあって、感動しました。壊れた兜を修繕した後が、まるで、彼の心も折れて直さねばならない感を受けました。
宝物だった兜を芥にしてしまったという取り返せない時間が虚しいですが、修復された兜によってユムラ君という友が、いかにかけがえのない友だったかが、わかりますね。うまく言えないですが、切ないですが、友情について考えさせられました。

15/01/28 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

>かげろうの翅のように脆くなったテープが、今も折れた三日月を支えていた。目を凝らすと、テープと三日月にうっすらと、いくつもの指紋が見える。今はもういない。でも彼は、ここにいた。

この箇所はありありと状況を描き出しながら、
ユムラ君という存在の儚さと主人公の取り戻せない悔恨の気持ちが感じられて、
素晴らしいなあと感じ入りました。
芥という面持ちの見慣れない漢字も、なんだか古びた存在感があって良かったです。

15/01/31 クナリ

ゆうすげさん>
ありがとうございます。
欲を申しますればもっとこう、「実話ですか?」というくらいの生々しさを出せればよかったのですけども、そう言っていただけて嬉しいです。
戦国武将というテーマをどう盛り込むのかはけっこう悩んだのですが、自分の中で実在の武将様方への思い入れがいまいち強まらず、このような話になりました。幕末(ていうか新撰組)と平安(ていうか源義経)は好きなんですけどね…。
そうッ、タイトルはもっとこう、かっこいい感じでつけたかったのですが、どーしてもどーしてもこれ以外のものが浮かびませんでした…。
一応あれこれ考えました候補としては、「芥の記憶」「ミミズ小僧」「なさけなき物語」、…あれどうしようぜんぜんかっこよくない…ッ。

草藍さん>
話の形としては、おじいちゃんが思い出したくもないけど思い出してしまう思い出、という感じでしたので、淡々と語りながら展開して行こう…とは思ったのですが、いかんせん淡々とした口調というのは抑揚が無くて読んでいてめっさつまらない文章と表裏一体のため、これでいいのだろうかーいいのだろうかーと悶々しながら書きました。
これでユムラ氏が翌日、「あっこのー昨日はほっぽらかしやがってーこんにゃろうこんにゃろう」とでも主人公に食ってかかってでもいればまた話は違うのですが、子供ながらに抱いてしまった罪悪感(=自分と一緒に遊んでくれる人への遠慮)というのはそんな簡単なことすら出来なくさせてしまうわけで、子供は子供でなかなか天真爛漫で身勝手にばかりはしていられないのが悲しいところですね。
無言で関係を疎遠にさせたのがユムラ氏なりの友情表現、ということですね。自分で書いててさびしいですが(^^;)。

そらの珊瑚さん>
芥って芥川龍之介以外でほとんど見ない字ですよね…自分の手で筆記したことがないような気がします。
昔、漫画か何かでかっこいい顔の敵役が「貴様らなど塵芥(ちりあくた)も同然よォー」みたいなこと言ってたのを見て、「あ、この字って『ゴミ』みたいな意味なんだ」と思って知ったのでした(芥川ってそうすると凄い名字)。
日本の慣用句とかちょっと難しい言い回しとかって、字の本や人との会話よりも、漫画で覚えた物の方が多い気がします。「あばたもえくぼ」とかの簡単なものも、初めて見たのは漫画だった気がするッ…。
テープのくだりは、作中でも一番大事だと思って書いた箇所なのです。
あの、渇き切ったテープがパリパリになってる感じ。あれをどう説明したらいいんだろう…と。
お目を止めていただけて嬉しいです、ありがとうございます。

15/02/14 滝沢朱音

「かげろうの翅のように脆くなったテープが、今も折れた三日月を支えていた」
この描写がとても好きです。悲しくて、だけど、きれいで。
そして50年以上たっても、悔いながら彼のいない季節を生きている私が切ないですね。
兜をモチーフにしたストーリー。自然で、とてもいいなと思いました。
(戦国武将のテーマ、難しくて苦悩中です。。)

15/02/14 クナリ

滝沢朱音さん>
人の残した痕跡にその人の思いを汲み取ったとき、実際にその人にまみえるよりも強烈な印象を得ることがあります。
そんな感じを残せていればいいのですが。作中でももっとも大事だと思ったシーンなので、そう言っていただけてうれしいです。
こういう経験、誰でも多かれ少なかれあるんだろうなと思います。
忘れるから生きていける。それは悪いことでもなんでもないけど、忘れられないこともありますよね。

そうッ、戦国武将というテーマはなかなか難しい面もありますね(^^;)。
自分で書いていて、これでテーマを満たしているのであろーか…と不安にもなります(←今更ッ)。
戦国武将というテーマであって、戦国武将その人を描きなさいといわれているわけではないハズ…と自分を鼓舞して(^^;)。

15/02/15 クナリ

志水孝敏さん>
ありがとうございます。
名前のカタカナ表記は、読み方を補足しなくていいので、よくやります(^^;)。
彼の死因については、一応考えてはあるのですが、一人称の主人公が知ろうとしないことは紹介しなくてもいいかな…と思って説明しないままにしました。少しでも体を鍛えることで、主人公にさせたような思いをもう人にさせまいとして、無理をして走っていたせいなんですけども(言いよった)。
いえこれがもう、実在の武将の伝記みたいなものを書いてみようかとあれこれ歴史をあさってみたのですけども、なかなか題材にできそうな方がおられず…いえカッコイイ方々はたくさんおられるのですが、さてクナリが書いてみて魅力を表現できる感じがしないといいますか…。
「テーマ」というのをどういう風に捉えるかですが、これで「戦国武将をテーマにしました」と果たして言えるのか、自分でもよく分かりません(^^;)。
戦国武将ごっこにしても、それで遊んでいるところをもっと字数を割いてフィーチャしなくちゃいけなかったかなあ…などと、まあ、投稿する前になぜ気付かないのかお前はと言いたくなること山の如しです(←使い方違う←いつものこと←ダメ人間)。
なかなかに、憎いテーマでしたね…!

15/02/22 海見みみみ

評価してから遅くなりましたが、コメントさせていただきます。
拝読させていただきました。
少年時代の苦い思い出。
こういった思い出って一生忘れられないですよね。
ユムラくんは何のために最後走っていたのか。
それを想像するのもまた良いですね。

15/02/22 クナリ

海見みみみさん>
コメントありがとうございます。
淡々と語られる子供時代の思い出、というスタイルの文章が好きなので、自分でもチャレンジしてみました。
文体自体は穏やかだけど、心に吹き荒れた感情は並大抵のものではない…というのが理想なのですけども、まだまだ理想には遠いようです(^^;)。
後味の悪い話ではあるのですが、自分としては構成等それなりにうまくいったかな…と思っていたので、評価していただけてうれしいです。
ありがとうございます。

15/02/22 光石七

少年時代の哀愁とでもいうのでしょうか、雰囲気にとても引き込まれます。
唯一の友達を突き放してしまったような罪悪感、くたびれたミミズ、かげろうの羽のようなテープ、芥と化した兜など、表現や描写の素晴らしさに感嘆しきりです。
深い味わいと余韻があり、秀作だと思いました。

15/02/23 クナリ

光石七さん>
モノ(=情景、視覚)を通して作品世界を作るというのは自分としては大変不得手に思っておりまして、ファンタジーではなく現実世界で過去のことを振り返るような作風ならばある程度視覚的なアプローチも成功するかもしれない…という思いもありました。
悲しいことを悲しい、寂しいことを寂しい、といわずに表現してみたいといいますか。
美しいものを美しいとしか表現できない時、自分は多大なコンプレックスに見舞われるのです。
そしてそれを回避しようとして、何度も失敗しています。
その中でいただけるお言葉の、なんとありがたいことかッ。
コメント、ありがとうございました!

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