1. トップページ
  2. 砂上の離陸の裏に

光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

性別 女性
将来の夢 可愛いおばあちゃん
座右の銘

投稿済みの作品

8

砂上の離陸の裏に

15/01/26 コンテスト(テーマ):第七十四回 時空モノガタリ文学賞 【 空港 】 コメント:12件 光石七 閲覧数:1900

この作品を評価する

 たった七分の乗車でこのタクシー代。加世田バスセンターで降りた澄香はため息を吐いた。普段利用しない分、余計に高く感じる。しかし一日二本のみのバスで来た場合、鹿児島空港行きのリムジンバスに乗り継ぐまで一時間以上待ち、空港でもフライトまで三時間空いてしまう。
(田舎だ……)
またため息が出る。澄香は乗り場へと歩き出した。リムジンバスで空港まで一時間十五分、フライトはバス到着の一時間二十分後だ。実家から車で直に向かえば、フライトの時刻に合わせて一時間で行けるのだが。
 本当は母が空港まで送ってくれるはずだった。ところが、澄香が帰省した翌日に左腕を骨折してしまったのだ。
「ごめんだけど、片手運転は自信ないわ。お巡りさんにみつかってもねえ……」
母はすまなそうに澄香を見送った。澄香も怪我をした母を一人にしてしまう後ろめたさがある。だが明日から仕事だし、今更航空券をキャンセルできない。
 ほどなくリムジンバスが来た。澄香はバスに乗り、中央の窓側の席を陣取った。荷物を足元に置き、腰を下ろす。年配の男性が隣に座った。七十代だろうか。手荷物が無いようだが、宅急便で送ったのか、誰かの出迎えか。バスが発車する。
「おまんさあは、どこずい行っとな?」
老人が地元の方言で話しかけてきた。
「東京です。実家はこっちですけど」
「どこな?」
「益山です」
澄香は校区名を答えた。
「おいは万世じゃっど。東京で働っかたや?」
「はい」
「若か人達ゃ、どんどん余所い行っやいなあ」
「すみません」
つい澄香は謝ってしまった。
「謝らんでん良かよ。みんな盆正月や法事で帰っ来たい、孫を見せに来たいすっでなあ」
「なかなかヒョッち帰って来れませんね。加世田は電車も走ってないし、余計に不便というか」
「空港も、ちった遠かか?」
「そうですね」
「……昔、万世にも飛行場があったとよ」
老人の言葉に澄香はハッとした。実家の近くの風景が頭に浮かぶ。県道二十号線沿いにある営門跡、そこから垂直に伸びる道に続き並ぶ石灯籠、万世特攻平和祈念館……。
(万世飛行場……)
鹿児島で特攻基地といえば知覧が有名だが、他にも複数存在したのだ。万世飛行場は秘密裏に急造されたうえ四カ月しか使われなかったため『幻の特攻基地』と呼ばれている。実家が近いこともあり、澄香はそのことを知っていた。
「おい達が軍に掛け合って誘致したとよ。砂地やっで飛行場には向かんち言われたどん、田畑を減らさんで済んどち説得してなあ。造っ時ゃ住民も松を切ったい、芝を植えたい、山砂利を運んだい奉仕したと」
老人の顔が曇っていく。
「戦争に勝てば流通の拠点になる、地域も発展する。そげん思たとじゃが……」
老人の目が潤む。
「特攻作戦で……万世から……二百人も散ってゆきやった……。まこて、すまんこつ……」
澄香は何も言えなかった。誘致のいきさつは初耳だった。この老人が抱えている罪悪感や悔恨の情は澄香には想像もつかない。ただ涙が溢れてくる。老人も前を見たまま涙を流している。澄香はポケットティッシュを老人に差し出した。自分もハンカチを目に当てる。
「……今は良か時代じゃ。飛んで行ってん敵機に突っ込まんで良かで。故郷にまた戻っこっも出来っでなあ。……おまんさあも、また戻っ来やんせ」
頬を濡らしたまま、老人は澄香に微笑みかけた。

 気付けば、バスは溝辺鹿児島空港インターを降りようとしていた。
(あれ、寝ちゃってた? ……おじいさんは?)
澄香の隣は空席だった。周りを見回してもあの老人の姿はない。このバスは空港まで乗車専用のはずだ。澄香の膝の上からハンカチとポケットティッシュが滑り落ちた。慌てて拾い、なんとか落ち着こうとする。
(……あのおじいさん、戦争中に地元の有力者だったってこと? でも、もう戦後七十年、だったら百歳超えてるはず。そこまでご高齢じゃなかったよね?)
何の疑問も持たずに話を聞いていた。自分は霊と話していたのか。だが、怖さはない。
(きっと知ってほしかったんだ……)
 空港に着き、澄香は他の乗客と共にバスを降りた。通路を行くと、足湯を楽しむ人々が目に入る。談笑しながら駐車場に向かう家族、電話をしながら歩くビジネスマン、バス乗り場を探す人など、様々な人達ともすれ違う。
 澄香はターミナル内に入り、搭乗手続きを済ませて二階に上がった。出発ロビーの椅子で休憩する人、売店で土産を買う人、保安検査場に向かう人、見送る人……。
(死にに行く人なんて、いないよね……)
本当は万世飛行場も人や物が繋がる場所にしたかったのだろう。近かろうが遠かろうが、命を捨てに発つ場所なんてあってはならない。今は幸せな時代なのだと、澄香は改めて思った。
 職場への土産を買った澄香は、保安検査場へと歩き始めた。
(また戻っ来やんせ)
老人の声が聞こえた気がした。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/01/27 夏日 純希

世の中にはそういう隠れた飛行場もあるんですね。
まだ戦いはなくならないし、語り部の方々も亡くなっていくし、
記憶が風化してまた変な方向に行かないように、
そうして何か語り継いでくれたらいいんですけれど…
けれど……も、お化け苦手なので、こういう小説にこそっと現れてくれるのが最上ですね。

三石さん、最近物語のバランスがコンスタントに整ってますね。
まっこと素晴らし羨ましい限りです(賞賛の拍手)

15/01/27 滝沢朱音

「おまんさあも、また戻っ来やんせ」
薩摩ことば、っていうんでしょうか? リズムが独特であたたかいですね。
最近よく聞く鹿児島弁とは、またいろいろな違いやニュアンスがあるのかな?
知覧など以外にも秘密の基地があったこと、知りませんでした。
おじいさん、後悔の気持ちと平和への思いを、今日も誰かに伝え続けているのかもしれませんね。

15/01/28 草愛やし美

光石七さん、拝読しました。

光石さん九州、鹿児島の人らしい内容に頷いています。知覧以外にそういう目的で作られた空港があったことを知りませんでした。

近かろうが遠かろうが、命を捨てに発つ場所なんてあってはならない。今は幸せな時代なのだ──ほんとうにそうだと思います。ふるさとに役立つようにとの思いから万世に空港を導入したのに、違ったことに使われてしまった老人の切ない胸のうちに心が痛みます。幸せな時代がずっと続きますようにと祈っています。

15/01/28 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

かつてそういう空港があったということを知って欲しかったのでしょうね。
平和な時代しかしらない私には想像の範疇を超えた悲惨な出来事。
表向きはお国のために喜んでなどと記されていたりしますが、
誰だって死にゆくために飛行機になど乗りたくなくなかった、それが本音であったのではないでしょうか。
こういった歴史をちゃんと語り継ぐことはとても大切なことだと思います。
平和な世の中であるようにと、さらに強く祈りたいです。

15/01/28 光石七

いくつか補足を。
★右の写真は万世飛行場の営門跡です。古い石の門柱が残っており、看板が立っています。
 左端に並ぶように映っているのは、戦没者のご遺族などが献灯された石灯籠です。
★左の写真は万世特攻平和祈念館です。吹上浜から引き揚げられた零式水上偵察機や、特攻隊員の遺影や遺品、血書などが展示されています。
★作中に登場する地名「加世田」「万世」「益山」がある南さつま市は、薩摩半島の南西端に位置し、吹上浜やリアス式海岸を有する、豊かな自然にはぐくまれた歴史と景観のまちです(観光協会の受け売り(苦笑))。

この作品は、地元紙の特集記事に触発されて書いたものです。
万世町長だった吉峯喜八郎氏は、地元出身の衆議院議員の協力を得て軍の参謀を説得し万世飛行場建設を実現させましたが、結果的に特攻基地を造ってしまった責任に苛まれ、1990年に90歳で亡くなるまで「すまんかった」が口癖だったそうです。
万世にも特攻基地があったことは知っていましたが、「こういう形で苦しまれた方もおられたのか……」と衝撃を受けました。
未熟な文章ですが、少しでも伝われば幸いです。

>夏日 純希さん
コメントありがとうございます。
戦争の記憶というのは語り継いでいくべきものですよね。
実際に経験していない自分たちに何ができるか? しっかり考えたいものです。
物語のバランス、整ってますか? とにかく書きたいことを懸命に詰め込んだ感じなのですが…… あ、ありがとうございます(照)

>朱音さん
コメントありがとうございます。
鹿児島弁は地域によっても違ったりするので。本当は漢字に独特のふりがなを振らないと、正確な(?)鹿児島弁の台詞は書けなかったりします。日本一あたたかい方言だと、県民として自負しております(笑)
万世飛行場の存在と、関わった人たちの苦悩を少しでもお伝えできたならうれしいです。

>草藍さん
コメントありがとうございます。
思いきり地元の話で、知らない方には不親切な個所もあったかと思いますが、しっかり受け止めてくださって感謝です。
地元のためを思ってしたことが多くの命を奪う結果になってしまった、その苦悩ははかりしれませんね……
平和な時代が続くことを願わずにはいられません。

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
地元紙の記事を読みながら、「知らないことが多すぎる……」と申し訳なく思いましたね。
知ること、そして伝えること。本当に大事だと思います。
死にゆくために飛行機に乗るなんて、二度とあってはならないことです。
平和な世の中であるよう、私も祈ります。

15/01/28 光石七

すみません、↑のコメント、写真の右左が逆でした。
そそっかしくてすみません……(汗)

15/01/29 泡沫恋歌

光石七 様、拝読しました。

特攻隊は知覧が有名ですが、こういう知られざる空港があったんですね。
歴史の流れの中で、忘れられた幻の飛行場のことを誰か知って貰いたかったのでしょうか?
おじいさんの想いに涙しました。

知らなかった新しい情報をいただきました。ありがとうございます。

15/01/29 光石七

>泡沫恋歌さん
コメントありがとうございます。
主人公の老人の話に対する反応は、私が新聞記事を読んだ時の思いそのままです。
万世飛行場の存在と、そこに関わった人たちの悲しみや苦しみ、覚悟に少しでも思いをはせていただければ幸いです。

15/02/03 光石七

>OHIMEさん
コメントありがとうございます。
私も結構な年齢まで「特攻隊といえば知覧」という認識でした。隣の校区とはいえすぐ近所なのに。万世飛行場の存在を知ったのは、地元で慰霊碑や平和祈念館建設の話が出始めてからだったと思います。そして今年に入って新聞記事で「そんなことがあったの!?」と衝撃を受けて、この話を書いたという……
物語としては粗さが目立つと思います。主人公が何も知らない立場のほうが良かったかなあ……と思ったり。何気に足湯の描写を入れたりして、鹿児島空港をPRしてますが(苦笑)
考えさせられるとのお言葉に、「拙いなりに書いてよかった」と思うことができました。

15/02/08 光石七

>志水孝敏さん
コメントありがとうございます。
物語としては不足な部分が多々ありますが、深く受け止めてくださりうれしいです。
知るべきこと、考えるべきこと、そして伝えていくべきこと。まだまだある気がしますね。

ログイン