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黒糖ロールさん

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パイロットフォルム(王女)

15/01/25 コンテスト(テーマ):第七十四回 時空モノガタリ文学賞 【 空港 】 コメント:3件 黒糖ロール 閲覧数:1244

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 ティーシャは寝台に入り、絵本を眺めていた。窓の外は夜の静けさに満たされ、ランプの光があたたかく手元を照らしている。齢十五を過ぎた今でも、ティーシャは眠る前に絵本を手に取ることがあった。
 絵本は、重厚な装幀がされていた。シンメトリーに配置されたいくつかのシンボルが銀の線で描かれており、線の部分が浅く窪んでいる。表紙に印されたシンボルの一部を指の腹に感じながら、線をたどり全体像をとらえようと試みるティーシャのなかで、瞳を通じて開かれていく絵本の世界と、指から伝わる本の物質としての触感が、甘く重なりあっている。

「かつて、まったき闇に満たされた銀河のなかを大きないっぴきのクジラが泳いでいました。
 クジラはなかまを探していましたが、銀河はあまりにひろく、いくら泳いでもだれも見つけることができません。
 クジラのからだのなかは、かなしみでいっぱいになっていきました。
 やがてクジラぜんたいを三等分したうちの二つ分がかなしみになってしまいました。
 かなしみをだれかにきかせたいクジラのこころは、ますますなかまを求めました。
 けれども鳴いて知らせようにも、声はまるで堅い壁にぶつかったように、どこにもとどきません」

 感情を光として、文章を風として、絵によって立ち現れるイメージを土として、ティーシャのなかに、生き生きとした箱庭の世界が息づいていた。
 洗いたての巻き毛から漏れる石鹸の匂いが、ふいにティーシャの意識の表面にのぼり、何かを掃き清めるように意識をひと撫ですると、去っていった。

「くるしみがクジラのなかにそそがれていきました。
 そうしてクジラぜんたいを三等分したうちの残りの一つ分がくるしみでうめられました。
 するとクジラの肉はとけだし、骨もとけていきました。
 すべてがとけようかというとき、クジラのからだにたまっていたかなしみやくるしみは、大きな潮となってふきだしました。
 潮は小さくくだけながら銀河にちらばっていって、そのうち冷えてかたまり、星になりました」

 ストーリーが心のなかを流れ過ぎたところで、ティーシャは絵本を置いた。ランプの火を消して、上掛け布を頬のあたりまで引き上げると、瞳を閉じる。
 しばらくの間、眠りが近づいてくるのを待った。
 明瞭だった意識が、やわらかみを帯びはじめる。いつもであれば、役割を終えた絵本の物語はティーシャの魂の揺りかごのなかでまどろみ、彼女の眠りとともに消えていくはずだった。今宵は何かが違っていた。物語が目を覚まし、絵本には記されていない話の続きを囁きはじめる。

「ながい年月を経て、星はふたたび集まりはじめました。
 そのうちに、たくさんの星たちはよりそい合って、ふたたびクジラになりました。
 よみがえったばかりのクジラは眠ったままです。そのまま銀河の闇のなかをゆっくりとおちていきました」

 ティーシャの心の内には、クジラの姿が映しだされていた。眠ったままのクジラは、放物線を描いて漆黒の空間を落ちていく。どこからか七つの光の玉がクジラに近づいてきて、舞うようにしてクジラを先導しはじめた。

「アストロペ、メロペ、エレクトラ、マイア、タユゲテ、ケライノ、アルキュオネ。
 これら七つの星は、銀河のはじまりのころからかがやいている、クジラのいちぶではない、とくべつな星たちです。
 七つの星にみちびかれ、クジラは港をめざしました。
 クジラのなかまたちが、そこでまっているのでした」

 わたしたちは流星の民なんだよ、と父親からティーシャが話を聞かされたのは、いつの頃だったか。
 片割れの夢見の民とともに、この世界と関わりあう、もうひとつの世界を守ってきたのだという。おとぎ話の類だと思っていたが、今は、不思議な気持ちだった。肌になじむといえばいいのだろうか。流星の民としての血がそうさせるのか、暗闇を浮遊する感覚がティーシャには心地よかった。
 ティーシャとクジラは意識ごと近づこうとしていた。
 時代の移り変わる節目に、散らばっていた夢見の民と流星の民たちは、空中都市に集うのだという。
 誰にもいっちゃいけない秘密だよ。もし、ティーシャが呼ばれることがあれば、クジラに乗るかもしれないね。
 茶目っ気溢れる父親の話しぶりを思い出して、ティーシャは微笑んだ。
 きっと今、自分はそのクジラに運ばれているのだ。クジラに乗った者は、空中都市にある空の港にたどりつくのだと父親は教えてくれた。
 ティーシャの意識はクジラの意識とついに一体となり、どこかに引き寄せられていく。だんだんと落ちゆく感覚がゆるやかになっていった。
 閉じられていたクジラの瞼が、ゆっくりと開いた。

「――港にたどりつくころ、クジラは目をさましました」


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このストーリーに関するコメント

15/01/26 草愛やし美

黒糖ロールさん、拝読しました。

とても、美しいくじらのお話。童話として成り立っていますね。絵本になったものを見たいと思いました。
絵本の中で、くじらの色は、初め、黒くなり、銀河に眠り、再び目覚める頃には、明るい夜空の紺色をしているのでしょうか、七つの星々からいただいた光に染まり、くじらはほわりと光って見えるかもしれません。

──私もティーシャの想いに入り、想像して楽しんでみました。素敵なお話ありがとうございました。

15/01/28 そらの珊瑚

黒糖ロールさん、拝読しました。

パイロットフォルム、ひとつひとつが独立した話でありながら
星座のようにつなぎ合わせることができる、大きな世界観がありそうですね。
今回も素敵なファンタジーでした♪ 

15/02/08 黒糖ロール

草藍さん

クジラの色が変わるのは素敵ですね。いろいろと想像していただいて光栄です。
うーむ。このままじゃ空飛ぶクジラを騎士が守るみたいな話になりそうで、
ちょっと考えてしまいます(笑)
こちらこそコメントありがとうございました。


そらの珊瑚さん

良心的にとらえていただけて感謝です。
(思いついたまま書き散らしている、ともいえるので(笑))
大きな世界観の話になればいいなーとぼんやり思ってます。

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