1. トップページ
  2. 名もない機体整備士たち

実さん

こんにちは

性別 男性
将来の夢 作家になること
座右の銘 特になし

投稿済みの作品

0

名もない機体整備士たち

15/01/19 コンテスト(テーマ):第七十四回 時空モノガタリ文学賞 【 空港 】 コメント:0件  閲覧数:1096

この作品を評価する

 いつか私も飛び立ちたい。こんな辛い日常がある日突然変わってしまうような、そんな出来事を待ち続けている。
「飛行機のようになりたい」私は思い続けていた。
 今までずっと求められただけの道を歩き、車輪がゴウゴウと唸り声を上げる様を今まではただ黙って聞いていたにすぎない。傍らで、まるで英雄たちの凱旋を見守る女子供のように飛行機を見送っていた。
 受動的なのだ。結局は私も道具にすぎず主体性など持っていない。上司に叩かれてもやがてそれに喜んでしまうような、極めて神経症的で不健康で怠惰な存在なのだ、私は。

「今日は調子が悪いな」
『はい……』
「ずいぶん長い間使われてますからね。もうボロボロといった感じでしょう」
「代え時じゃないか?すぐ申請も降りるだろ」
『……』
「そうですね」

 三船と山岸だ。彼らは私をいいように使って来た。時はすでに遅かったのだろうか。決意するのが遅かったのだろうか。
 30年の間耐えに耐え忍んで、数多くの仲間たちが離脱していくなか、私は耐え抜いてきた。それにもかかわらず何の労いの言葉もなく、疲弊し尽くせば簡単に交換などと平気で言う。
 やはり縁の下の力持ちは結局は日の目を見ることがないのだろうか? 毎日毎日空を見上げてはいつか私も飛行機になって羽を伸ばし青空を自由に舞い上がる日を夢見ていたのにも関わらずそれはもう叶わぬ夢ということなのだろうか。
 唯一の強みは耐え忍ぶことだと思っていた。叩かれても叩かれても負けない自身が私にはあった。頭が固いヤツだとみなは言うが、それこそが私の強みなのだ。信念は曲げたくはなかった。必ず誰かが見ていてくれている。神でも仏でも何でもいい。必ずそんな誰かが私を見てくれていると思っていたが、希望がだんだんと薄れていく。
 コツコツと階段を下りる音がする。見たことのない人間が部屋の隅に横たえる私をジロジロと観察する。

「こいつか。あぁ、確かにもう無理そうだな」
「ちょっと酷使しすぎかもしれませんね」
「こんなもん、わざわざ俺に言わなくても書類一つで通すよ」
「すんません」

 おそらく彼は三船と山岸の上司なのだろう。もうダメだ。私はお払い箱のようだ。
 薄ら笑いしか浮かばない。すべての希望は絶望に変わり、すべて忍耐は無為に終わった。いったい私の30年は何だったのだろう。心は深い悲しみに満たされるが不思議と涙は流れて来ない。そういえば、いったい私はいつ以来涙を流していないんだろう? ふと考える。しかし何も浮かんで来ない。
 買われた先が悪かったのだろうか。結局はそういうことなのだ。奴隷という言葉がふさわしい。結局は生まれですべてが決まる。そう実感させられる。私には生まれつき劣等な存在だった。

 生まれ変わりに賭けよう。私はふと今までにない考えに至った。この世で成功者に至ることが生まれによって決まるのであれば、来世に有能な家系に生まれればいいのだ。
 私にはその資格がある。今まで耐えに耐え抜いてきたという実績がある。もし神というものがあり私の人生を見ていたのだとしたら、私を必ず報いてくれるに違いない。ルサンチマンでも何でもいい。私はそれに賭けるしかない。今まで誰からも何からも報いて来られなかったという実績があるのだ。もはや死ぬしかないのだとすれば、もはやそれだけが私の財産なのだ。それだけが私の希望なのだ。

 こうして彼は袋の中に詰められ、他のかつては使い物であった数々の物たちに紛れながら、彼もその不要となった人生を終えていった。収集されゴミ処理場へと移動するなか彼は未来への希望をただ念仏に託していた。どこで覚えたかわからない、正確なのかすらわからない念仏を見よう見まねで唱えながら。
「どうか来世はより良い生を歩むことができますように。死が訪れても恐れることなく、来世の希望に満たされますように」

 金槌は燃えた。粉々にされ、鉄と木材に分類され、焼却炉の中で身を焦がす炎に包まれた。地獄の業火に焼かれるように彼の身体は変形し、溶けて液体のようになり、不純物は取り去られ一部は蒸発さえした。純水になった原子記号Feは炉からやがて取り出されリサイクル工場へと運ばれていく。

 そんな頃、すべてを見渡せる黄金色に輝く蓮の池の前でお釈迦様はその様子を眺めながら一つ笑みを溢した。その高貴な笑みは黄金の雫となって池の下に落ちたかと思うと小波になり、やがては大波となった。
 純粋化された鉄は機体工場へと運ばれ、再び熱され、加工され、塗料を塗られ、そして主翼になった。金槌は飛行機になったのだ。彼の望みは果たされ、生まれ変わり、今では毎日のように空を飛んでいる。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン