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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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チューブ入りクラシック音楽

15/01/19 コンテスト(テーマ):第七十五回 時空モノガタリ文学賞 【クラシック音楽 】 コメント:4件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:1265

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 最初は歯磨きをいやがる子供のために作られたものらしい。
 チューブをしぼりだすとともに、アニメソングが鳴り響いた。
 いったい、どんな仕掛けになっているのか、私はなんども子供の歯磨きの様子をそばからながめ、また実際にチューブを手にとってあらためもしたが、結局答えはみつからなかった。よその大人たち同様、化学が生んだ奇跡だと、月並みな驚きの表現しか口にできなかった。
 記録的な売り上げを達成した歯磨きチューブの発明が、他の、およそチューブというチューブ入りの製品に応用されないはずはなかった。。
 おでんや冷奴のからしのチューブや、刺身にあてがうわさびのチューブもまた、しぼりだすといろいろ楽しい音が聴こえた。
 食卓が、さわがしくなったと不満をいう年配者もいたが、そういう年寄も、演歌や民謡を歌うチューブには、なんの文句もいわないらしい。
 私の場合は、夜、風呂上がりに足にぬる、水虫の薬がチューブ入りだった。
 ドラッグストアで購入すると箱に、曲の種類がかいてあって、水虫のそれはどういうわけか、クラシックというのが通り相場だった。
 いったい、水虫とクラシックにどんな関係があるのか、昔から疑問がわくとほっておけない性格の私は、ずいぶん頭を悩ましたあげく、音楽教師をしている妻にもたずねたが、水虫をあつかったクラシックはしらないといわれた。
 とにかく私は、その夜も、入浴のあとに、両足の指のあいだに、水虫薬をぬりつけた。
 チューブをしぼりだすなり、ワーグナーの『ナブッコ』がはじまり、それは指と指の間に塗布された軟膏が乾くまでのあいだ、奏でられつづけた。
 ワーグナーはもともとファンだった私は、ひりひりとしたかゆみがおさまっていくまでのあいだ、心地よく力強い崇高感にひたりつづけていた。
 水虫という、どうしても陰湿な印象のぬぐえない皮膚疾患には、やはりクラシックという、精神を高揚させる音楽がふさわしいのかもしれない。
 おそらく、同様の理由からか、最近は痔のぬり薬にも、クラシックが使われるようになりだした。
 ふだんあまり話題にはならないが、痔疾になやんでいる人は私もふくめて、いっぱいいる。そして私のように医者にみてもらうのがいやで、市販の薬ですましている人も、わりと多いのではないだろうか。
 痔の薬は、いうまでもなく速乾性ではない。空気にさらされることのない疾患部分に、長時間生乾きのままとどまっているのがふつうだ。
 その分、クラシックにながく耳を傾けていられるといって、よろこぶ人は、これに関してはあまりいなかった。夜のあいだ、あのロングなブルックナーの第八番全曲が私の下半身から鳴りつづけていたために、たまらず妻が寝室をぬけだしたのは、ついこのあいだのことだった。
 外をあるいていて、そばをゆく人からクラシックが聴こえてきたら、その人は水虫か痔の疾患の持主とみてまずまちがいない。いや、はっきりいって、水虫薬が速乾性なのからみて、その人はきっと痔疾の人だろう。薬なしでは、もはやすまされないほど、重篤化している気の毒な人なのだ。
 これはいささか、問題ありだなと思ったのは、私だけではなさそうだった。水虫はともかく、せめて痔の薬だけは、無音のチューブですまされないものかといった、非難めいた
文章を新聞のコラム欄で読んだこともある。
 だが、IT関連の製品をみるまでもなく、画期的な発明というものは、世にあまねくひろまるのに時間はかからない。そしてその勢いは驚異的で、暴走列車のようにけっしてあともどりすることはないのだ。
 先日亡くなった友の、葬式に参列したときも、あちこちからクラシック音楽が私の耳に聴こえてきた。
 それが痔疾を病んだ人のものだとわかっているだけに、だれも場をわきまえろと咎めるものもなく、あの方もクラシックがお好きでしたねとかいって、親しいものたちは友の遺影に神妙そうな顔をむけたりした。
 子供が、アニメソングの聴ける歯磨きチューブのおかげで、毎日、歯をたのしみながらきちんと磨くようになったのとおなじに、痔疾の人もまた、疾患部分からきこえるクラシックがもたらす高揚感に、それまで抱いていた痔にたいするマイナーな気分が消え、人間の尊厳はそんなことではけっして貶められるものではないのだという誇りをもつようになっていった。
 相乗効果というのか、気持ちがそうなれば、疾患部分もしだいに改善されていき、だいぶ痛みも軽減されたという者がふえはじめた。堂々と胸を張って、専門医をたずねる人々もふえたという。
 ちかごろでは、人前でクラシックを奏でるのは、一種のステータスといわれだし、痔を患わないひとまで、ちょっとしたおしゃれ感覚で、それを塗るまでになったと聞く。
 もちろん私も、どこへいくにも、クラシック三昧なのはいうまでもない。


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このストーリーに関するコメント

15/01/19 W・アーム・スープレックス

『ナブッコ』はヴェルディの作曲です。訂正してお詫びします。

15/02/09 光石七

拝読しました。
音楽が聴けるチューブ、その発想が素晴らしいです。どこかの企業で開発してくれたらいいのに。
面白かったです。

15/02/09 W・アーム・スープレックス

光石七さん、コメントありがとうございます。
自分でも評価のしようのない作品でしたので、面白いといってもらえて、本当にうれしいです。
荒唐無稽ゆえにわれ愛す。だれかがそんなことをいっていましたが、同感です。

15/02/09 W・アーム・スープレックス

光石七さん、コメントありがとうございます。

自分でも評価しようのない作品でしたので、面白いといってもらえると、本当にうれしいです。
荒唐無稽ゆえに我愛す。だれかがそんなことをいっていましたが、同感です。

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