1. トップページ
  2. 獏の棲む、その部屋は。

滝沢朱音さん

キノブックスさんのサイトでショートショート連載中です。ぜひご覧ください。http://kinonoki.com/book/monogatari-factory/factory59.html

性別 女性
将来の夢 作家として在りたい
座右の銘 作品一覧 https://fc2.to/38hxQW

投稿済みの作品

4

獏の棲む、その部屋は。

15/01/13 コンテスト(テーマ):第七十三回 時空モノガタリ文学賞【 隣室 】 コメント:6件 滝沢朱音 閲覧数:1488

この作品を評価する

――私は獏。悪い夢を食べるという、獏。

 ここに住んで、もうどれくらいになるだろうか。七室並ぶ古くて小さな集合住宅。私はその中央の部屋に長年居座り続けている。
 巷でここが「出世ハイツ」と呼ばれているのは、実は私のおかげであることを誰も知りはしない。このハイツを出て行く者はね、みんな誇らしげな顔をしてるのさ。

 ベストセラーを連発し続けているAっていう作家、知ってるだろう。あの男は若い頃、ここの一番東の部屋、一号室に住んでいたんだよ。
 しょぼくれた冴えない男で、毎晩「ネタが浮かばない、俺には才能がない」って唸ってたから、その愚痴を片っ端から喰ってやったんだよ。スッキリとした頭には、新しいモノがどんどん入ってゆくものさ。根拠のない自信に満ちてよく眠った男は、ある日見た夢をアイデアにして、有名な新人賞を獲ったと聞く。
 最近ハリウッドにも進出したBって役者、あいつもそうだったね。西から二番目の六号室で、ハイツ全体に聞こえるようなはた迷惑な声で、セリフの練習をしていた。それがたまらなく下手くそでね。聞くに耐えなくて、私が夢の中で毎晩相手役を務めてやったのさ。延々と朝までね。うまくならないわけがないだろう?
 シンガーソングライターのC子もそうさ。作る曲作る曲マンネリだと言われて、歌い手になることを諦めようとしていたけど、それこそが持ち味、おまえにしか歌えない歌があるだろうと毎晩言い聞かせてやった。スランプのときは、私が思いついた鼻歌を耳元でささやいてやったりもしたね。それが結局大ヒットして、今や肩で風切る勢いさ。
 他にもここを巣立ち、やがて有名になった人間は数え切れない。
 その中の誰も私のことを知らないし、感謝する奴もいない。虚しいもんだ。まあ獏としては、一流の人間をたくさん育て上げた、その事実だけで十分だと思っているけれどね。

――ただね。そんな幸運の獏である私が、悔やんでいることが一つだけある。

 隣室……三号室に、学生時代からずっと住んでいるZ。
 これがとにかくいい男でね。今じゃすっかり年取ってしまったけど、端正な顔立ちで、熱い志を持っていて。私はなぜだかこの男だけは、ここから出したくないと思ってしまったんだ。心底ホレちまったんだろうね。
 この男も役者でね。パッとしない劇団でパッとしない端役ばかり与えられて、それでも夢を捨てずに、何度もオーディションを受けに行っていた。
 私はそれを片っ端から邪魔してやったのさ。他の隣人たちからかき集めた悪夢で、一晩中眠れないようにしたりね。
 恋人ができたときも、徹底的に妨害してやった。泊まりに来た女の子の耳元で、この男には他に女がいるよ、ってささやいたりね。それでも効かないときは、その子一人だけのときにわざと女の姿に化けて乗り込んでやったりもした。
 うだつのあがらないまま、ついに結婚もあきらめた男は、今も三号室でひっそり暮らしているってわけ。全くひどいことをしたよ。
 獏は獏。人間になって、男と人生を共に生きられるわけはなかったのにね。

――そうか、このハイツが建って、もう半世紀近くになるのか。

 当初からのオーナーが亡くなったとは聞いていたけど、跡を継いだ息子が、ここを取り壊して新しい建物を建てようとしているとはね。いくら巷で「出世ハイツ」と呼ばれていようが、オンボロになりゃ関係ないか。血も涙もないもんだね。
 結局ここに残っているのは、私と、その男の二人だけ。どこにも行くあてのない男は、今さら立ち退きたくないと言ってゴネているらしい。さあ、どうしたもんかね。

 たくさんの人の幸せを願い、いい夢を育ててやってきた。そんな私が、唯一ホレた男だけは幸せにできなかったとは、皮肉なもんだ。とにかく自分の傍から離したくなくて、ただそれだけで、ここまで一人きりで歩ませてしまった。今となっては、それが悔やまれるね。
 三号室のあの男は、隣室に棲む私の存在を知らない。時おり舞い込むジジイの脇役を演じてはもらえるわずかな収入で、細々と生計を立てている。
 長年の私の妨害にもかかわらず、ついに夢を捨てなかった男。あの男の笑顔が見たい。何か償いをしてやれないだろうか。

――そうだ。

 作家のAの夢枕に立ち、この「出世ハイツ」の物語を書いてもらうことにしよう。そして、それを映画化してもらい、その中の重要な役で、Zに銀幕デビューをしてもらおう。
 主役兼監督にはBを。主題歌はC子。他にも各界で活躍しているここの出身者たち総動員で、力を貸してもらうとしよう。きっとみんな喜んでやってくれるはずさ。

――私が棲んでいたのは、四号室。

 古いタイプの建物によくあるだろう。「死(四)」を避け、わざと飛ばされている部屋番号さ。
 そんな建物には、私のような獏が今も棲んでいるかもしれないよ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

15/01/14 光石七

拝読しました。
獏が棲む部屋、出世ハイツ、いいですね。でも、獏に惚れられると大変なのか……(苦笑)
獏の最後の大仕事、うまくいきますように。
面白かったです。

15/01/15 夏日 純希

今回はギリギリで大変そうでしたね。お疲れ様でした。

終始のっぺりのほほんな雰囲気が獏っぽくて、いい作品だったと思います。
僕が成功しないのは、獏に好かれているからに違いないな、うん(違っ

15/01/15 草愛やし美

滝沢朱音さん、獏って凄く想像を掻き立てられる生き物ですよね。私も、獏でシリーズ書いてました。想像上の生物ですが、いそうな気がするから不思議です。って、そう思うのは創作者だけかしら。苦笑

出世ハイツでこんなことが起こっていたなんて、いい男であるお気に入りさんとの最後の大仕事、作家、歌手、総動員ですから成功間違いないでしょうね。

15/01/21 滝沢朱音

★★★★★★★★
>光石さん
読んでくださってありがとうございます!
締め切り前の「ネタが浮かばない」っていうあせりを、
獏に消してもらいたいと思いながら書きました(笑)

>夏日さん
そのとおりでした〜(笑)ありがとうございます!
今回はエントリーボタンを押してエラーが出たので、あせりました。
リロードとかドタバタしたあげく、重複投稿になったり。反省です。

>草藍さん
ありがとうございます!
締め切り前に考えていたら、なぜか「私は獏」という出だししか浮かびませんでした。笑
そうとうあせっていたんだと思います。
草藍さんの獏シリーズ、読みたいです!
★★★★★★★★

15/01/28 石蕗亮

拝読致しました。
夢を生業の一つにしている私にとって面白い作品でした。
こんな獏が居たら世の中もう少し味気が増すのに、なぁ〜んて思いました。
面白かったです。

15/01/30 滝沢朱音

★★★★★★★★
>石蕗さん
コメントいただきありがとうございました!
占い師、魔術師でいらっしゃるのですね。面白いといっていただけてうれしいです。
夢を生業の一つにしているって、すてきな言い方だなと思いました。
★★★★★★★★

ログイン