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みけんさん

いい年齢のおっさんが小説を書いています。 note: https://note.mu/miken

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「お」

15/01/07 コンテスト(テーマ):第四十八回 【自由投稿スペース】 コメント:0件 みけん 閲覧数:1542

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 朝起きると、尻尾が生えていた。
 うつ伏せで朝立ちのむず痒さに目覚めるように、仰向けで尻に違和感を感じて起きた。最初はよもや十九歳にもなって脱糞かと冷や汗をかいて、パジャマのズボンに手を突っ込むと、触り慣れない心地の良い毛並みを感じた。奥に陰茎と同じくらいの太さの芯を感じるそれをいじるうちに、自身の背筋がむずむずと感覚がもたげるのを自覚し、これが自身から生えている何かであると確信した。ズボンとパンツを一気に脱ぎ捨てて姿見の前に立つと、だらりと、膝裏までの長さの、茶色い短毛が艶よく綺麗に生え揃った尻尾が伸びていた。自身のだらしない腹部や赤い吹き出物の痕のある尻に比べて、鏡の前でぎこちなく揺れているそれは、美しいとすら思えた。
 とりあえずパンツは窮屈だったので、パジャマだけを履いて、階下へ降りる。この時間であれば母は朝食の支度をしていると思ったが、姿が見えなかった。廊下を覗くと、浴室から水音が聞こえる。脱衣所の扉をノックすると水音は止んで、しばらくすると今にも泣き出しそうなか細い声で「母さん、尻尾が生えちゃったよ」と聞こえた。扉越しに、自分にも生えたことを告げるとバスタオル一枚の母が飛び出してきた。同時に、脱衣所横のトイレから父親が新聞を持って出てきて「父さんもだ」と叫ぶように言った。父はスーツのスラックスを半分脱ぎかけて、幾分艶のない、短毛の尻尾を背中で揺らしていた。
 大きな混乱はこれくらいで、状況を確認した。母はとりあえず尻尾を洗っていたらしい――明確な理由はわからない――が、家族全員に生えていることを確認して、着替えが終わる頃にはすっかり落ち着きを取り戻した。テレビをつけると、半ば予想通り、人間に尻尾が生えたということが大々的にニュースとなっていた。「家だけじゃないんだねえ」と母はため息を吐いた。
 とりあえず、痛みも無いので朝食をとろうと、椅子に、ズボンから尻尾をはみ出させて横に流してから腰をかけて、普段通りに食べはじめた。時々、背もたれにかかろうとすると、尻尾が触れてむず痒さを感じた。父親もそうなのか、時折体をくねらせて新聞を読みながら「さすがに朝刊にはなんも書いてないな」と呟いていた。朝食が終わると、いつも通り父は会社へ向かったので、自分も支度をすることにした。ゆるいシルエットのデニムを選んで尻尾を右脚側に押し込んで履いて姿見の前に立つと、まるで普段通りの自分が現れて、拍子抜けするほどであった。
 教科書を詰め込んだバックパックを背負って街に出ると、皆が少し、辺りを伺うように伏し目がちでぎこちなく歩いている。かたや小学生達はズボンを降ろして、尻尾を見せ合い、無邪気に笑い合っていた。似た光景を考えると、珍しく平地で雪の積もった朝の光景のようであった。
 電車はいつも通り動き、時刻表通りに大学の最寄りの駅へ向かって運んでくれる。車内は静かで、昨夜のテレビ番組の話しを小声でしあう女子中学生がいるくらいであった。その二人の中学生は、スカートの下にジャージを着ていた。あたりを見渡して、スカートを履いている女性がいないことに気づいた。
 大学につくと、さすがに話題は尻尾のことに及んだ。友人数人から、見せ合うことを持ちかけられたが、果たして自分の尻尾が他人と比べてどうなのか、ということが気になって気が進まなかったが、姿見で見たあの美しい短毛を思い出すと、露出したい気もあったので、校舎の片隅でズボンからするすると引っ張りだして見せ合った。個体差はそれほど無く、毛の色と長さ程度であった。なんだかガッカリして、話題もそれ以上広がらず、昼食をとることにした。途中で親しい女友達を見かけたので、尻尾の話題を口にしてみると、やはり彼女も生えていたらしく、起きた当初の驚きを口にした。それから、微妙な空気が流れた。果たして、彼女に対して「見せて」と言い出していいのか、彼女も果たして、尻尾は見せても良いものなのか、探るような視線がほんの一瞬だけ重なって、誰ともなく「飯、食いにいこう」と話題は逸れていった。
「何となくのそういう雰囲気」は満遍なく世間に広がり、大きな混乱は見せなかったものの、尻尾は他人に見せるものではないという風潮は根強く、スカートから出してクネクネと動かすような仕草をファッションとして取り入れた都心の若者は「ハシタナイ」とレッテルを貼られた。テレビやネットではそれの是非を問う声も聞こえたが、そのうちに、尻尾が自身の意思の通り動かせると分かってきて、第三の手として使用を提唱する者も現れはじめたが、衛生面が問題視されて、いつしか収まっていった。明確な線引きもないまま、言及すること自体が躊躇われるような雰囲気が、尻尾の問題を取り巻いていった。

 発生から1年が経ち、尻尾用の穴空きパジャマのズボンに足を通しながら、部屋の電気のスイッチを尻尾で押した。抱き枕を抱えて横向きに眠る。夢も見ないで朝起きて、居間に向かう。ちょうど、父親がテレビのリモコンを尻尾で操作しているのを母親に見つかって、怒られているところだった。「家でくらい、いいじゃないか」という父親の主張に母親の「だらしがない、はしたない」という苦言は止まらないが、言いながら手で閉め損なった冷蔵庫を無意識に尻尾で押している母を見ながら、そろそろと椅子を引き出して、目の前に用意された朝食に、口をつけはじめる。母のターゲットが父親に向かっているのを確認して、尻尾で首筋をかきながら、片手に牛乳を持って、パンをほおばって、短い朝食を終える。
「ごちそうさま」そういって、日常は、ただ始まる。


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