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タックさん

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私の飛んでった人さし指

14/12/29 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:0件 タック 閲覧数:1162

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 朝起きると、私は目をこする。人さし指で、目一杯にこするのだ。しっかりと、目覚めるためである。小学三年生からの、癖なのだった。
 その日も私は、そうやって起きようとしていた。その日は夏休みの中ほどの日。一応の女子大生である私には午後から友だちとの約束があり、それがなんと、私の恋路に関わるかもしれないという「大切な」約束でもあったので、私はゴシゴシと目をこすって起きようとしていたのだ。いつもと、同じ様に。
 
 でも。違和感に気付いたのは、すぐのことだった。

 あくび交じりに両手を目に添えた時、違和感があった。右の目に、触れるものがなかったのだ。なんだかスカスカして、感触がない。そういえば右手が軽い感じもして、妙な浮遊感が、右手にだけつきまとっている。

 あれ? と思いつつ、開き具合の異なる二つの目をこじ開け、光景をうかがった。視界には陽光に白く光る手。白魚のような美しさを保っている。それは普通なのだけれど、問題は、その一部。苦楽を共にした、愛すべき指にあったのだ。

 朝日に輝く、横向きの右手。手前には親指。当たり前の風景。
 そしてその次に見えたのが、中指だった。親指の次が、中指だったのである。

…………? 親指の次が、…………中指!?

――すぐさま、枕もとのスマホを握った自分が少しだけ恐ろしい。大学の友だちのユウキちゃんに電話しようと考え、私は画面に触れたのだ。今日は行けないと、伝えるために。人さし指が無くなったため、使い慣れない、中指のスクロールで。

 そう、昨日までは確かにあった、私の右手の人さし指。
 それが痛みもなく、血も流さず、断面を石膏細工のようにつるりと綺麗に残して、右手から消え失せていたのだった。たぶん、私の寝ているあいだに。突然に。



「あれ、秋野? どうして僕の家に?」
「え、こ、ここ、高橋先輩のお家なんですか? そして、先輩、なぜ、ここに、あ、あらせられ?」
 ボロアパートの一室から顔を出したのは、高橋先輩だった。いつも眠たげで、ぼんやりしていて、でもなかなかに整った顔をしている、大学の先輩。その人の思わぬ登場に、私は驚いて、変な言葉づかいになったのだ。

 電話口のユウキちゃんに「今日、まどかのためにセッティングしたんだけど?」と怒られながら室内を右往左往していた、その最中だった。
 微弱な感覚がふと、脳の片隅にあることに気づいた私は、午前中一杯をかけてイメージを確定のものとして、その『爪きりどこだっけ。確かあそこに……あ、あった』的感覚に誘われるままに電車に乗り、見知らぬアパートを訪ねたら、そこには、高橋先輩がいたのだった。本来ならその時間、共に遊んでいるはずの、先輩が。

――私が恋焦がれ、あわよくばお近づきを、なんて考えていた、憧れの先輩が。

「ああ、うん。人さし指なら来てるよ。あれ、これ、秋野の指なの?」
 私の『ここに人さし指、来てませんか?』という頭の構造を疑われそうな質問に、先輩は見ていてふにゃっとなるような笑顔でなにげなく答え、私はふにゃっとした。ドアを開け放ち、ほら、と先輩が手を差し出すと、男性にしては細く綺麗な手のひらには、――私のと思われる人さし指。先輩の右手の中指付近にくっつき、猫が飼い主にすり寄るような、どこか甘えるような動きを、もぞもぞと繰りかえしていた。それは、実にホラーな動きではあったけれど、先輩は気にする様子もなく、ヘラリと笑っていた。痛くないの? と私の手を指さしたりする、無邪気さを見せて。――そういうとこ、好きだなあと、やっぱり思ったりもして。

「はい、じゃあ、指返すね。よかった。どうしようかなって、思ってたからさ」
「……あの、この指のせいで、遊びに行けなかったんですか? その、ごめんなさい」
 
 先輩の左手が、人さし指を優しくつまむ。それを見ながら私は謝った。すると先輩は微笑みを強くして、澄んだ瞳で――言った。

「ん、まあ、それもあるけど。一番は秋野かな。秋野が来ないって、秋野の友だちから聞いたから。僕もいいかなって、思ったんだ」
「……え? 先輩、それ――」
「はい、元通り。すごいね。簡単にくっついた」

 人さし指の断面は、先輩の手で問題なく繋がった。
――それ、どういう意味ですか?
 言いたい言葉が、言葉として出てくる前に。
 
 胸をスポンジで押さえられたように苦しくして、結局私は先輩の笑顔を前に、自分でもおかしいなと思う言葉を残して、ポンワリと帰った。帰り道は、なんだか妙に柔らかく思った。
「……あの、先輩。また、人さし指がここに来てしまったら、私もまた、ここに来ていいですか?」
「うん、いいよ。秋野の指、かわいいからね」

 それから私は、人さし指に向かって。
「また、先輩の家に行ってもいいよ」と呟くことにしている。


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