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櫻田 麻衣さん

小説を書くことが大好きです。なかなか上手には書けませんが、よろしくお願いいたします。

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自転車で駆け抜けた恋

12/07/09 コンテスト(テーマ):第十回 時空モノガタリ文学賞【 自転車 】 コメント:7件 櫻田 麻衣 閲覧数:2599

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 大学生活の4年間を過ごした町は、都会育ちの私にとって驚くほど田舎だった。

 バスは1時間に1本しかなく、電車を使うためにはそのバスにさらに1時間ほどもゆられなければならなかった。交通費だって恐ろしく高額だった。友人の大半は原付か車を所有していたが、当時の私は人生の中でも最大級に貧乏だったのでそれも叶わず、どこへ行くのにも先輩から譲り受けたぼろぼろの自転車を愛用していた。

 山に囲まれた盆地特有の地形で、ちょっとスーパーに買い物に行くのにも、自転車でうんうんいいながら坂道をいくつも超えなければならない。真夏なんか洒落にならない。10キロの米を前カゴに入れ、ハンドルの両方に生鮮食品をぶらさげて、もう化粧がはげようが髪が乱れようが気にもせず、ひたすらペダルをこいだ。ちょっとした地獄絵図である。

 そんなときでも、ひとなみに恋はした。

 当時の恋人は3つほど年上だったが、これまた私に負けず劣らずの貧乏具合だったので、やっぱりどこへ行くにも徒歩か自転車の2択だ。車に迎えに来てもらう、なんていう同級生に事故れ事故れと念を送りながら、学校帰りに彼のアパートまで、やっぱりいくつもの坂道に悩まされながらペダルをこいだ。

 夏は照りつける太陽の熱に死にそうになりながら、冬は吹きすさぶ寒風に涙しながら、それでも彼に会えるのなら苦にもならなかった。彼の顔を見て、よく来てくれたね、のひとことさえ聞ければすべての疲れが吹き飛んだ。若さってすごい。1円の得にもならないというのに、よくあんなことができたものだと思う。いまなら5万ほど積まれたって勘弁してくださいと頭を下げるだろう。

 雨の日も、台風の日も、吹雪の日も、毎日毎日ぼろい自転車で彼のもとに通い詰めた。恋とは恐ろしいもので、学校もバイトも友人も、彼以外のことはすべてどうでもよくなった。そんな調子で2年ほどが過ぎ、おかげであやうく単位を落として留年しそうになったところで、このままじゃいけないな、と目が覚めた。

 
 残り2年は、それまでのぶんを取り戻すために必死で勉強した。バイトもした。切れかけていた友達との関係も出来る限り修復した。もちろん、行き先が彼の家だろうが学校だろうが、乗るのはいつものボロ自転車だ。

 無事に卒業したら一緒に暮らそうと約束していたはずの彼は、どうやらそれまでの時間を待てなかったらしい。気がついたときには、彼の隣には別の可愛らしい女の子がちょこんと座っていた。ちくしょう、私にはお前だけだよー、と毎日私の尻の重みに耐えてくれていた自転車に抱きついてちょっと泣いた。友達はそんな私を見てげらげらと笑い、カラオケ行こう、と誘ってくれた。お互いにカネがないのは同じはずなのに、その日だけは全額おごってくれた友達の気持ちが嬉しくて、またちょっと泣いた。

 卒業するときにはボロ自転車はさらにボロボロになっていたけど、地元に帰るときに処分に困っていたら、バイト先の仲良しだったおじいちゃんが5千円で買い取ってくれた。長い間一緒にすごした連れ合いをカネと交換するようで胸が痛んだが、背に腹はかえられず、ワタシは5千円を握りしめて地元に帰った。

 あれから就職し、結婚し、車の免許も取ったけど、自転車には一度ものっていない。操をたてるつもりもないが、どうにも私にとってあれ以上の自転車が現れるとは思えないからだ。

 懐かしく甘く苦い思い出。それは自転車と共に過ごした青春時代である。

(実話です)
 


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このストーリーに関するコメント

12/07/11 汐月夜空

実話だったということで、とてもリアリティがある文章でした。
>若さってすごい。1円の得にもならないというのに、よくあんなことができたものだと思う。いまなら5万ほど積まれたって勘弁してくださいと頭を下げるだろう。
あぁ、確かに。と男の私にも分かる思いでした。全体的に私も似た経験をしているので、すごく共感できました。決して良い事ばかりがあったわけじゃないけれど、あの青春時代があったからこそ今がある。流れた時間がお金に代わってしまうのは悲しいことだけれど、それがお金の価値しかないなんてないことを私は知っている。
そんな青春時代、私は嫌いではなかったです。櫻田さんも良いお友達に巡り会えて良かったですね。

12/07/12 櫻田 麻衣

究理さま

コメントありがとうございます。
緑色の小汚い自転車でしたが、私にとって4年間の大切な相棒でした。でも地元に持って帰るには輸送費が・・・と悩んで、結局売ってしまいましたが。

読んでいただけてうれしいです。ありがとうございます。

12/07/12 櫻田 麻衣

汐月夜空さま

コメントありがとうございます。
お金は無いけど時間と情熱だけは、いまの5百倍くらいあった時代の話です。はい、私も当時のあの時間のことは嫌いじゃないです。
友達はしっかり者が多くて、厳しく優しくいつも支えてくれました。

読んでいただけたこと、また共感していただけたことがとても嬉しいです。ありがとうございます。

12/07/12 櫻田 麻衣

リビド・アナキリさま

コメントありがとうございます。
書きながら当時のことを思い出し、本当に馬鹿だったなあと苦笑いしました。うまくいかないこと、思い通りにならないことが多かったけど、忘れられない大切な時間でした。

読んでいただけて、またちょっと笑っていただけてうれしいです。ありがとうございます。

12/10/03 櫻田 麻衣

凪沙薫さま

コメントをいただいてからずいぶん時間がすぎてしまい申し訳ありません。ありがとうございます。

懐かしいと共にこっぱずかしい記憶が溢れてまいります。
お金が無く、いろいろと不自由だったけど、大切な時間でした。

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