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光石七さん

光石七(みついしなな)です。 子供の頃から空想(妄想?)が好きでした。 2013年から文章化を始めました。 自分では気付かないことも多いので、ダメ出しを頂けるとありがたいです。

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Trauer(トラオアー)

14/12/27 コンテスト(テーマ):第七十二回 時空モノガタリ文学賞【 喪失 】 コメント:10件 光石七 閲覧数:1732

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 少年が最初に失ったのは故郷だった。平和な村に突然現れた異国の軍隊は、少年の遊び場だった水車小屋も、少年の家も、村人たちの家も、何もかも打ち壊して火をつけた。男は殺し、女子供は捕まえて連れ去る。二十人ほどの村人は兵にみつからぬよう村を抜け出した。少年も両親と共に逃げた。
 次に少年は家族を失った。他の村々も襲われており、父は他の村の男たちと義勇軍を結成して侵略者に反旗を翻した。しかし、敵の軍隊にはかなわず、父たちは命を落とした。隠れ家も突き止められ、美しかった少年の母は兵たちに辱められて自害した。
 次に少年が失ったのは自由だった。隠れ家の子供たちは異国の収容所に連れて行かれた。皆髪を剃られ、首輪と足輪をつけられる。少年は牢獄のような部屋に入れられた。同じ部屋には見知らぬ子供が十人。足の鎖は重く、鉄格子の扉には鍵を掛けられている。収容者同士の会話は禁じられており、挨拶しただけでも容赦なく鞭で打たれた。
 同時に少年は名前を失った。看守たちは少年を呼ぶとき、首輪と足輪に刻まれた『J-51』という番号を使う。父がつけてくれた名で少年を呼ぶ者は、もう誰もいない。

 少年は夢を見る。清水が流れる小川、規則的な音を奏でる水車、草花の絨毯。少年は父に手を引かれて歩いていた。父の手はごつごつしているが、大きくてなんだか安心する。父は長身で、父の腰のあたりに少年の肩がある。少年が父を見上げると、父は穏やかな笑みを返した。
「ユーベル」
自分を呼ぶ優しい声に少年が振り返ると、母が立っていた。少年は母に駆け寄り、思いきり抱きついた。母も少年を抱きしめる。柔らかく温かな母の胸。少年は存分にその温もりに甘える――

 まだ薄暗いうちに、収容所に起床の鐘の音が響く。看守たちは鍵を開け、少年たちに廊下に整列するよう急き立てる。十分以内に並ばない者には折檻が待っている。十五分後、少年たちの行進が始まる。行き先は近くの銀山。歩くたびに少年たちの足の鎖がジャラジャラと音を立てる。列を乱す者は鞭をふるわれる。
 銀山で少年たちは夕暮れまで働かされる。休憩は途中に一度だけ、それ以外休むことは許されない。怠けているとみなされれば、鞭や拳が飛んでくる。
 あまりの過酷な労働に、途中で倒れる者もいる。しかし、看守は殴りつけて仕事を続けさせようとする。倒れた者を庇おうとする者も殴られる。死人も出る。看守は死んだ者を蹴飛ばして脇に押しやり、後で首輪と足輪を外して汚物用の穴に放り込む。弔いなど一切しない。
 日没、少年たちはフラフラになりながら帰路を行進する。収容所に帰り着けば、一日でただ一度の食事の時間だ。握り拳半分ほどのパンに、野菜の切れ端が二、三枚浮いているだけのスープ。たったこれだけだが、その日銀山で働かなかった者にはこれさえ支給されない。食べ終わると、皆死んだように眠ってしまう。

 収容所の子供たちは次々と死んでいくが、新たな子供たちも次々と入ってくる。会話が無いため、お互いのことは知らないままだ。看守への返事以外誰とも話さない、重労働とわずかな食事の日々。いつしか少年は食べることしか考えなくなった。少年はいつも空腹だった。逆らわずに働けば、夜にパンとスープにありつける。誰が鞭で打たれようが、誰が殴られようが、誰が死のうが、少年は関心を持たなくなった。

 久しぶりに少年は夢を見た。だが、ひどくあやふやな夢だった。水と緑のぼんやりした風景、傍らには顔のわからない背の高い男。無骨な手を少年に差し出している。
「    」
女の声がした。自分を呼んだようだが、何と言ったのかわからない。振り返ると、やはり顔がわからない女が立っていた。女は少年に近寄って抱きしめようとする。少年は逆らわなかった。しかし、女の腕も体も少年を通り抜けて消えた。いつのまにか男の姿も消えている。少年は一人、ぼやけた色彩の中にいた。

 収容所での日々は更に続き、少年は病気になった。激しい悪寒に震え、節々が腫れて痛み、呼吸が苦しい。だが、休んでは食事をもらえない。少年は廊下の列に加わった。しかし、行進について行けず、何度も鞭で打たれる。なんとか銀山に到着したが、思うように体が動かず作業がはかどらない。看守は少年を鞭打ち、殴る。誰も少年を助けない。少年が誰も助けなかったように。
 とうとう少年は倒れて動けなくなった。看守は少年に平手を喰らわせる。少年は起き上がれない。痛みが、いや全ての感覚が麻痺しつつあった。
「そいつはもうダメだ、使えない」
他の看守に言われ、看守は少年を蹴飛ばした。少年はもはや、自分が転がっていることもわからない。
 ほどなく少年は命を失った。夕刻、『J-51』と刻まれた首輪と足輪が外される。もう少年は『J-51』ではない。しかし、少年をかつての名で呼ぶ者も悼む者もいなかった。


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このストーリーに関するコメント

14/12/30 滝沢朱音

光石さん、こんばんは。読ませていただきました。

まずは「Trauer」という題、いいですね〜
光石さんの作品、前の「アルマヘメラ」とかも素敵でしたが
異国情緒あふれる印象的なタイトルが多くて、心惹かれます。

過酷な運命の少年が、一つずつ失っていったもの。
夢さえもぼやけて曖昧になって、仮の名前も、そして命さえも。
淡々とした語り口に、「喪失」の悲しみを強く感じました。

14/12/30 草愛やし美

光石七さん、拝読しました。

このような現実が世界にはまだまだ存在すると思っています。昔の佐渡島では、銀山の発掘に流刑人を使っていました。過酷な労働、地の底から明るい場所に出られない喪失感は溜まらなかったと思います。
この少年たちは何の悪いこともしていないのにと思うと余計に切なくなります。名前も失くし、生きていくことが単なる飢えによる食べ物を得るためだけだったなんて、悲しすぎます。人が人として生きられないことは、喪失そのものだと思いました。

15/01/02 光石七

>朱音さん
コメントありがとうございます。
主人公の名前が“喜び”を意味する言葉なので、タイトルは反対の意味の言葉にしました。
少年が何を失ったのか、直接言葉で書いていない部分まで読み取っていただけるか不安でしたが、伝わったようでうれしく思います。

>草藍さん
コメントありがとうございます。
草藍さんはいつも作者以上に深く汲み取ってくださいますね。
今回も、少年が失ったもの、この作品の世界の中で失われているもの、しっかり受け止めてくださっています。
人権を無視した労働や児童労働への問題提起という意図は無かったのですが、こういうのはフィクション、せめて過去のものであってほしいと草藍さんのコメントで思いました。

15/01/03 泡沫恋歌

光石七 様、拝読しました。

世界では、こんな現実を体験している少年もいるかもしれないけれど、なんとも胸が痛くなる
ストーリーでした。
最後まで、救いがないのが悲しいけれど【 喪失 】というテーマには合っているのかも
と思いました。

15/01/03 光石七

>泡沫恋歌さん
コメントありがとうございます。
悲しい思いにさせてすみません。
自分でも、今までで一番残酷で悲惨なものを書いたと思っています。書きながら主人公に何度も謝りました。
とことん奪われ失っていく中で、そこまで失ってしまうのか……という話にしたかったのです。
特にモデルとか参考にしたものは無いのですが、現実にはあってほしくないですね。

15/01/06 霜月秋介

拝読しました。

この小説を読んで、自分がどれだけ恵まれた環境にいるかを実感しました。
好きな音楽も聴けない、人と言葉を交わすことも叶わない。そんな少年を思い浮かべると悲しいですね。

15/01/06 黒糖ロール

ストイックに綴られていて、悲しさよりも虚しさが伝わってきました。
最後の夢にどういう意味が込められていたのか私にはわからなくて、もどかしい気持ちになりました。

15/01/06 光石七

>霜月 秋介さん
コメントありがとうございます。
自分がどれほど恵まれているか、なかなか気付かないですよね。
主人公をこれだけ酷い目に遭わせておきながら、新年早々些細なことで家人に文句を言っている自分が恥ずかしいです……
主人公を思いやってくださり、うれしいです。

>黒糖ロールさん
コメントありがとうございます。
虚しさを感じてくださいましたか。嬉しいお言葉です。
夢の部分、わかりにくくてすみません。読んでくださる皆様に甘えすぎたかもしれません。
二つの夢は本来同じもので、「故郷の風景も両親の顔も自分の名前も思い出せなくなるほど、主人公は核を失い壊れてしまった」的なことを表現したかったのですが……
精進したいと思います。

15/01/10 そらの珊瑚

光石七さん、拝読しました。

世界のどこかにこういう境遇の子供はいるのだと思うと悲しすぎます。
戦争がない、平和な世界をあらためて強く祈りたい気持ちになりました。

15/01/11 光石七

>そらの珊瑚さん
コメントありがとうございます。
こういうのは現実にはあってほしくないですよね。
誰もが虐げられることなく人間らしく生きられる、平和な世界を願うばかりです。

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